第2話 転校生

眠い。午後一番の授業とあって、子守唄の様な地理の授業がよりいっそう深い眠りへと導いていく。机に顔を乗せて外を見ると、いつもと変わらず忙しそうに空を車が交差していた。そういえば車は昔地面を走っていて、その名残が「国道」という大きな歩道だと歴史の授業で聞いたなとふと思い出した。車が地面を走るなんて到底想像できないが。


「...はいじゃあ次は南アメリカについて..」


初老の先生はそう言いながら黒板を全て消してしまった。まだノートをとっていない。もういいか。睡魔と格闘することを諦め、机に顔を埋めた。


。。。



「いやー、よく寝てたねシガ。」


横からよく知っている声がした。人を小馬鹿にするような間延びした声。


「なんだよ、お前も寝てたんじゃねーの。」


顔だけ横を向き、ニヤニヤした顔でこちらを見る瀬戸樂(せとらく)にそう言い放った。瀬戸は高校からの知り合いで、なんの縁か、今年で2年目の付き合いとなる。


「俺は寝てるけど、テストの点がとれるからいいんだよーだ。それより前回地理欠点ギリギリだった志賀匠君は大丈夫なのかなー?」


「うっせー。」


神様よ。何故よりによってこいつに勉学の才能を持たせたのですか。あまりに不平等です。成績優秀、運動神経抜群、顔も爽やかイケメン、なんでもござれな瀬戸は当然女子人気も高い。が、本人曰く恋愛感情がよくわからず、告白された時は決まって「あー俺ゲイだから」と言って断るらしい。その甲斐あってか告白される回数は減ったが、代わりにいつも一緒にいる俺が度々女子生徒から謎の視線を受けるようになってしまった。本当にどうにかしてくれ。


「そーいえばシガは転校生の話聞いた?」


「なんだそれ。転校生?こんな中途半端な時

 期に?」


今は高校2年生になって2ヶ月経ち、ようやくクラスのみんなと馴染んできた頃だ。転校の時期としては不自然である。


「職員室で見かけたって人が言ってたけど、か

 なりの美人らしいよー。」


「ふーん...」


突然現れた転校生によって世界が変わる、なんてアニメ的展開には特に期待もしていないのであまり興味を引かなかった。まぁ俺が関わったところでロクな事が起きないのは目に見えているし。


「はいみなさん、4時間目の前に1つ重大発表

 があります。」


俺たちの担任であり、国語を担当している

前林遥香(まえばやしはるか)先生は教室に入ってくるなりみんなの方に微笑みを浮かべながら話しかけた。


「このクラスに転校生が来ました。ちょっと

 手間取っちゃって4時間目の私の授業での紹

 介になってしまったけど...あ、入って!」


「失礼します。」


教室がざわめく。それもそのはず、入ってきた転校生は瀬戸の言う通り紛れもない美少女で、窓から入る日光に照らされた長く艶やかな黒髪とほんのり白い肌が印象的だった。彼女に見惚れてしまうのはごく自然な事だと、そう思える綺麗さが、彼女にはあった。


「はじめまして。今日からこの羽瀬高校に通

 うことになりました...」


黒板の前のチョークを拾い、カッカッと音を立てて黒板にチョークを滑らせていく。その一挙一動にみんな魅入っている。しばらくすると黒板に「東雲麗」という達筆な文字が現れた。


「東の雲に綺麗の麗と書いて、しののめれい

 と言います。これから一年間よろしくお願い

 します。」


そういうと彼女は軽く頭を下げた。長い黒髪が揺れる。少し間が空いてクラス中から惜しみない拍手が起こった。


「よろしく!」


「やべー、すっごい可愛い。」


「綺麗な髪だねー。」


みんな口々に彼女を褒めちぎる。


「綺麗な子だねー。シガはどう?あの子。」


「馬鹿だなお前は。『美しい薔薇には棘があ

 る』って言葉があるだろ。きっと何かある

 に決まってる。」


「何かってなんだよー。捻くれてるねーシガ

 は。そんなんだから彼女が1人も...」


瀬戸の口を物理的に止めてやろうとした時、違和感を覚えた。あれだけ騒がしかった教室がいつの間にか静まりかえっていた。ふと隣を見ると、何故か先程の転校生が上から自分を見下ろしていた。


「あなたが志賀匠君ね。今日から私、絶対あ

 なたの隣の席に座るからよろしく。」


そういって彼女は不敵な笑みを浮かべた。






















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