第13話 メタメッセージの伝えること

授業の後に書く振り返りは何が目的で、誰のためのものなんだろう。本当は、授業を受けた側にプラスになる仕組みのはずだと思うのだけど、きちんと運用することって難しいのかもしれないと思う。


例えば、振り返りをいい加減に書く習慣を作ってしまうことがある。授業内で時間をとる予定が話がのびてしまい、ほとんど時間がとれないまま回収することを繰り返していれば、短時間で適当に書いて提出すれば問題ないと受け止められてしまうだろう。口では「きちんと書くように」と伝えていたとしても、「空白はまずいが、ありがちなことでもいいからすぐに書いて終わりとしよう」というメタメッセージが伝わってしまうのだ。


メタメッセージは、言葉の話し手が伝えたいことと異なることを受け手に伝えてしまう危険性がある。多くの場合、話し手は自分が伝えてしまっているメタメッセージについて意識していない。振り返りにしたって、きちんと書くのは当然だと思っていて、それを当たり前に伝えていると思っている。親が子どもの成績について、「なんでできなかったの?」と聞くときは、子どもを勉強嫌いにしようと思っているわけではなくて、成績が上がることを狙いにしているはずなんだ。


メタメッセージはしばしば、話し手の本音を伝えるとも言われる。言葉では相手を責めないようにしていても、本音は相手の責任を追及したい気持ちがあってそれが言外に伝わってしまう場合などだ。「なんでできなかったの?」というメッセージの裏には、「あれだけ言ったのにちゃんと勉強していなかったからこうなったんでしょ、言った通りにしなさい」という気持ちがあるだろうし、だから、「ごめんなさい、次頑張ります」という返答に満足してしまう。でも、それは自分の本音を伝えて気持ちに対してケアの要求を叶えてもらっただけだ。

メタメッセージは言葉にしないメッセージで相手をコントロールすることにも使われる。言葉以外の声色や態度などで伝える場合もあるし、社会的に認識されている言葉の裏の意味を相手が学習して伝わる場合もある。また、伝えにくい本音を伝えるだけでなく、プラスの意味でメタメッセージを使うこともある。相手の話を聞くときに体をそちらに向けて適度に頷きながら聞く、などというのも、「あなたの話を重要だと認識しています」というメタメッセージだ。


何かを伝えるときに、何を伝えるのかと同時に何を伝えないのか、ということもメッセージである。マスメディアがどのニュースを取り上げるかは、厳密な狙いの下に選ばれている。言葉になっているものの他にその背景や他の可能性がどんなものがあるのか、といったことに意識を向けることは、いつの間にか自分が受け取る情報をコントロールされてしまわないために大切なことなんだと思う。

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