第12話 アンケートで伝わってしまうこと

授業や研修が一通り終わると、振り返りやアンケートを書かされることが多い。答える側としては、印象に残ったこととか、改善してほしい点を具体的に書こうと意識している。単なる感想でも、「いろいろと勉強になりました」というより「この話が印象に残りました」みたいに書いた方が、受け取る側も嬉しいんじゃないかな、と。


使い回しのアンケート用紙でよくあるのが、この項目は評価できない、と感じることだ。特に資料が配られたりしていないのに「資料はわかりやすかったですか」みたいな項目があったりする。どちらともいえない、という観点で真ん中につける場合もあるし、そもそも存在していないのがマイナスという意味で低い評価をつける場合もあるのだけれど、この結果の意味はどれくらい伝わるんだろうと思う。


その講座にカスタマイズされたアンケートにしない理由のひとつは、他の講座と並べて比較したい、ということもあると思う。

この先生の授業はアンケートの結果がいい、みたいなことが評価項目になっていたりするのだろう。具体的な改善要望が多い人には改めてもらいたいと思うし、好意的な意見が多い人が評価されるのも間違いではないと思うのだけど、単に数値で比較するのはどうなのかと思うこともある。

例えば、「資料はわかりやすかったですか」という項目に対して、資料がない場合は資料がある場合に比べて低い評価が出るだろう。しかし、狙いをもって資料を配らない構成だった場合はどうなのだろう。「話し合いの時間が十分にありましたか」という質問に対して低い評価になった場合、マシンガントークが人気の講師は生徒同士の話し合いの時間をとることを求められたりするんだろうか。


さらに進んで言うと、学校などで共通のアンケートをとる場合はそのアンケート項目自体でメッセージを伝えることになるだろう。


「事前課題に熱心に取り組みましたか」

「話し合いで新しい気付きがありましたか」

「授業を通じて学んだことがたくさんありましたか」


というアンケートと


「教員の指示は明確でしたか」

「板書は見やすく書かれていましたか」

「授業はわかりやすかったですか」


というアンケートでは、イメージする授業のあるべき姿がまったく異なる。

自分でとりたいアンケートであれば自分の反省すべき点を中心に聞くのもアリだろうけれど、全体としてのアンケートの場合、その項目を聞いているということに関してみんながちゃんと認識し、合意することが必要だろう。

下手をすると、「講師の見た目は清潔感がありましたか」「講師は元気よく気持ちのいい話し方でしたか」「授業は時間通りに始まり時間通りに終わりましたか」みたいな、本質とは離れた部分を重視したアンケートになっているおそれすらある。

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