ヒーラーのクルト

第12話中央地方カッセル01冒険者が集う酒場

親方が扉を開けると、店から漏れていたざわめきが大音量へと変わる。



店内は込み合い、いろいろな人がいた。



黒いローブ姿の男女や、おそらく重装備の鎧を着て戦っているであろうガタイの良い男集団。



町の人と同じ服装ではあるが、常に背後を気使う半人前の暗殺者。



視覚情報的には冒険者とカテゴリーするのが手っ取り早い人間がほとんどだ。



そんな人混みを大柄な親方は、蹴散らすようにバーカウンターまで突き進む。



「おい、ミア!パーティー集まりそうか?」



「あら、いらっしゃい」



親方と親しく話すこの女性は、酒場と斡旋所の店主だ。



「ヴォルターさん、昨日も聞いたわよ?」



「もう、ひと月も足止めだからなぁ」



「いつものでいいわよね?」



「おう」



カウンター越しに酒を注ぐ仕草は、酒場の女性らしく色っぽい。



「人はいるにはいるのよ。ただヴォルターさんの参加条件がキツすぎるの」



「バカ言え、ヘッセンのアースドラゴンだぞ?並みのパーティーじゃ全滅する」



「クルトもいつものでいい?」



「あ、お願いします」



自分はアルコール度数の低い果実の甘い酒だ。



「んー・・・前衛職が2人と遠距アタッカー4人、ヒーラーが2人の合計8人で1パーティー・・・この構成でもう1パーティーだったわよね?」



募集で自分達以外に8人はもう決まったが、もうひとパーティーが揃わず、1ヶ月もこの町で過ごしている。



困った顔をしてミアは酒をカウンターに置き、親方に目を配った。



「ああ、大袈裟だが、オレたちを含めて合計24人の大討伐隊だ」



そう、通常のクエストと呼ばれる村や町で受注できる依頼は4人で行うことが多い。



その際、ジョブや役割の指定はなく、各々得意な武器を担いでこなす。



それと比べれば自分達は常時8人パーティーで、役割分担がハッキリとしたプロ集団になる。



この8人パーティーだとクエストの内容も高難度の物が受注でき、確実に仕留める要望の依頼をこなしやすい。



更に8人X3などパーティー数が増えると、作戦を遂行するために演習なども要し、普段の数倍高い難易度のクエストも受注できる。



まあ、そのレベルのクエストになると、公的プロジェクトや国防的な任務がほとんどだが。



「しかも、A級モンスター討伐経験があって、装備はAランク品が最低2つ・・・そんな凄腕、こんな町にそう何人も来ないわよ」



「まあ、言いたい事はわかるんだが、次は失敗したくねーからな」



ヘッセン山の中腹付近にいるアースドラゴン討伐は初めてじゃない。



過去に2度失敗していて、最初の失敗では親方のひとり娘で、自分のヒールの先生でもあったカトリン先生を亡くしている。



「最初はレア素材収集の依頼だったが、今となっちゃあ・・・ただの敵討ちだ」



親方が一気に酒を飲み干す。



そう、今回のアースドラゴン討伐は、完全に親方の私財を投げ売っての復讐劇だ。



「今回の募集は、ちゃんと参加条件を書いているから前回のように逃げ出す冒険者は来ないと思うんだけど・・・」



ミアが親方の空いたグラスに酒を注ぐ。



「前回は報酬金に目が眩んだ実力詐欺が多すぎた・・・」



前回は前金に加え、成功報酬は前金の3倍。



おまけに討伐したドラゴンの素材は心臓以外、全部山分け・・・



その報酬に目が眩んだ冒険者がいすぎて、いざ戦闘になると、最初の炎のブレスで半数が逃げた。



おまけにA級モンスター討伐初見なんていう、寄生虫のような冒険者もいてすぐに撤退せざるおえなかった。



「あれだけはもう勘弁だな」



「だからA級モンスター討伐経験と、装備にAランク品を提示させるって・・・気持ちはわかるんだけど・・・」



金で買えるAランク装備は多くある。



鉄鉱石を多く使ったAランク装備は大概購入品だ。



ただA級モンスターの素材を使った装備は、そうそう出回らないし、そもそもオーダーメイドのためフィット感を見ればすぐにわかる。



A級モンスターの討伐経験があれば、おのずと装備品に反映されるので、簡単に証明できるという訳だ。



「まあ、それだけの実力者なら2パーティーでも充分行けるとは思うんだが、念には念を・・・だ」



確かに親方率いる自分たちのパーティーは、A級モンスターの討伐が主な仕事だし、装備品も大半が狂獣系でAランク品だ。



通常、8人でA級モンスター討伐に苦戦したことはない。



とは言え、ひとくちにA級と言えど、上位から下位まで難易度の差はある。



今回のヘッセン山のアースドラゴンは、A級上位にあたるモンスターだ。



実情、自分たちはA級中位辺りのモンスターが主戦場で、そろそろA級上位に挑んでも問題はないと思ってのアースドラゴン討伐受注だった。



あの日、途中で大雨が降り土石流がこなければ、カトリン先生の魔力切れを招かなかったと思うし、先生の犠牲で全員を逃がす作戦にはならなかったと思う。



「ねえ、ヴォルターさん、アタッカーはどうしても遠隔ジョブでないとダメ?」



「オレたちのパーティーに近接アタッカーが3人いるし、ドラゴンのブレス時に遠隔攻撃が有効だっていうのもわかっている・・・なぁ、クルト」



「欲を言えば、遠隔ジョブもマジシャン2、アーチャー2が理想ですね」



いっちょ前に意見して、甘い酒を飲む。



「正直、募集で来る近接屋に、うちの連携技の対応はできると思えんしな」



うちのパーティーには、長年ともに戦い抜いたソードマン、モンク、ランサーの連携技で高火力攻撃がある。



そこへ慣れない近接アタッカーが来て、連携技の邪魔をされるのは避けたい。



「ひとり異国の剣士がいるんだけど、会うだけあってみない?ナイショらしいけど、チート持ちだそうよ」



「異国のチート~?」



正直、チート持ちは実際戦闘になってみないと怪しい。



報酬と討伐素材欲しさにチートと偽ってくる輩は多い。



あと、異国というのも怪しい。



大陸の南西部に存在するという幻のネオジパングだが、自分も噂話程度で実際行ったことはない。



「幻のネオジパングの剣士か・・・そもそもネオジパングとこの町は交流があるのか?」



「あるわよ。ヴォルターさんは飲まないけど、穀物から作るネオジパングのお酒は、古くから扱っているわよ」



「ほ~、どんな穀物だ?」



「コメって言うネオジパングの主食らしいの」



「コメ?聞いたことねえな」



「あら、この辺では有名よ?」



そう言いながら陶器の入れ物に入った白い酒を見せてくれた。



「まあ、異国の剣士さんは、そのお酒を持って来てくれる商人の紹介なんだけどね」



「おいおい、商人の紹介って、大丈夫なのかぁ?」



「たまたま今回の募集が集まらなくって、話しをしたら教えてくれたのよ。戦歴、装備は問題ないわ。どう?会うだけあってみたら?チート持ちよ?」



まあ、チート持ちは期待しない方が良い。



「それで24人そろうのか?」



「うーん、揃うと言えば揃うかな~」



「なんだ、どのジョブが足りないんだ」



「その異国の剣士さんを入れてくれるなら、足りない遠隔ジョブの人は、野良の魔法使いさんがエントリーしてて、条件を緩くしてくれるなら揃うわ」



「なにを緩めるんだ?戦歴は緩めんぞ」



初見とか経歴詐欺はもう懲り懲りだ。



「その野良の魔法使いさんの装備が、Aランク以上が1部位しかないの。だけれど、戦歴は申し分ないと思うわ。なにせその1部位の装備が古龍素材の籠手だったから」



「Sランク装備・・・エンシェントか!」



「しかも暴風龍!銀の紋様の鱗で作られたモノ!私も初めて見たわ」



驚いた。



古龍の装備を通常着けて歩けるとは、余程の実力者か大金持ちだ。



ただ、大金持ちのコレクターが討伐クエストにエントリーするわけないので、おそらく実力者であろう。



大方ドラゴン系の素材を集めている収集家かなにかだろうか。



「あとは・・・ヒーラーのふたりの実力は怪しいのよ・・・けど、装備品のAランクは2部位揃ってる」



「クルト、どうだ?」



「実際、ドラゴン攻略の難関、炎のブレスは24人全員食らうわけではないので、僕とハンスで充分カバーできると思いますし、決まっているもう1パーティーのヒーラーふたりは、かなりの腕だと思いました」



1ヶ月も待っていたので、ちょっとした町のクエストに誘って実力は見させてもらっている。



「じゃあ、会うだけ会うか」



「ありがとう!じゃあ、明日、斡旋所の方でお願いね」



「おう!」



親方は返事をすると、酒を一気飲みしてバーを後にした。



バーから出て宿に向かうと中、夜空の月を見上げ、拳を握ったのが見えた。



多分、異国の剣士がどうであろうと、これで討伐の演習を2、3回して出発すると思う。



やっと・・・やっとカトリン先生の敵が討てる。

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