第8話中央山岳地帯ジュノ、06貧しい村の裏手の山
この山も子供の頃はよく来ていた。
春は山菜が取れ、夏は中腹の滝を見て涼んだり、秋には冬の蓄えのために木の実を取りによく登っていた。
16歳になると村の警備隊に入り、かつて遊んだ山も畑を荒らす害獣の駆除に行く仕事場へと変わっていた。
ここ1、2年は、山の洞窟に住み着いたゴブリンが村に下りてくる度に実戦演習と言って、隊長に連れられ苦戦しながら帰ってくるというキツイ現場へと変わっていた。
そんな山に、今日は竜騎士バウルと旅の格闘家と隊長、俺達の身の安全のため無理やり連れてきたカールで山を登っている。
実はゴブリンで手一杯の俺達が、全く手に負えない大蛇の討伐に同行するにはかなりの覚悟が必要だった。
警備隊全員の覚悟を決めさせたのは、王都から送られて来た竜騎士バウルがあまりにもインチキ臭く、この目で討伐を確かめるまで、村の大事な金は払いたくないという隊長の本音に俺も賛同したからだ。
「この岩を越えた先の洞窟に大蛇はいるぜ」
先頭を歩く旅の格闘家が振り返り、「引き返すなら今しかないが」と俺達に言う。
「我々は邪魔にならないようにするので、気にせず戦って下さい!」
隊長は同じ事を俺達の遥か後ろを歩くバウルにも言う。
バウルからは返事より荒い息づかいしか聞こえなかった。
「わかった、とりあえずバウルを待つか」
ゼーハー言いながらバウルがやっと追い付き、どっかり座り込むと大槍がゴロンゴロンと転がった。
「バウル殿、大事な槍が・・・」
大槍を拾ってやろうと手に取ったが、余りの重さに驚いた。
30、いや50キロはあるんじゃないのか。
「バウル殿・・・」
プルプルと、産まれたての子鹿が立ち上がったような足取りで必死に大槍をバウルの所まで運ぶ。
「お、マルクス殿、すまん、すまん」
そう言ってバウルはそのデタラメに重い大槍をひょいと片手で肩にかけた。
マジか・・・
「なんだマルクス、足でも痛めているのか?」
「隊長・・・」
驚きの事実を話そうとした時、シュルシュルと地面を這う音が近付いてきた。
「おいおい、向こうから来たぞ」
こちらの動きを知ってか、まさかの大蛇が先に攻撃を仕掛けてきた。
「え!」と驚くカールに、素早くデカい塊が飛び掛かる。
一番最初に狙われたのはカールだ。
「カール!」
カールは冷静だったのか、岩の下から見えたのか、大蛇の飛び掛かる攻撃をまさかの横っ飛びでかわすと素早く起き上がってこちらに走ってきた。
「早く予定地まで走れ!」
隊長の指示を聞いてか、カールはすぐに俺の隣を通り過ぎ、一目散に走り去った。
隊長の「早く走れ!」という大声で俺にもスイッチが入り、道中にあった比較的広い山道、その予定地まで全力で走る。
元々戦闘が始まったらその位置まで退却して、バウル達が討伐するまで待機する予定だった場所だ。
その予定地まで行けば安全だ。
その一心で全力で走る。
後ろから木の葉を巻き上げシュルシュルと大蛇の這う音が近付いてくると、恐怖で視野がどんどん狭くなり、俺の息づかいだけが大きく聞こえた。
まだか、まだかと見える予定地が近付いて来ないのに、大蛇のシャラシャラと這う音は耳元まで迫る。
一足先に予定地に着いたカールがカチカチと火打石を叩くが、一向に火が付かない。
そう、この火を素早く付けるという特技のために、嫌がるカールを連れてきたのだ。
いつもは2、3回でつくのに・・・
滑り込む様に隊長と俺も予定地に入った。
振り替えると大蛇がもう数メートルと迫っている。
「早く!」
隊長が大声を上げたと同時に火が付き、事前に撒いた油に一気に火が回る。
炎のバリケードがぐるりと円を描き、大蛇はそれ以上近付いて来なかった。
たださっき滑り込んだ部分だけ油が無くて、入り口の様に空いていたので、追加の油をささっと足した。
「間に合った・・・」
胸を撫で下ろすカールに、「よくやった」と隊長が額の汗を拭いながら労った。
「よーし、ここからは竜騎士の番だな!」
追い付いてきた旅の格闘家のテンションが高い。
まだバウルの姿は見えないが、大蛇討伐開始だ。
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