無名の弓使い

第2話東地方コトブスの戦い

黄昏の空に上がる大粒の水しぶきは、オレンジ色の反射を受け眩しく光る。



ジャングルの木々で全体は見えなかったが、想像よりも大きい尾ビレが力強く水中へと消えていった。



「今みたいに水面から出たところを狙ってくれ!」



走りながらそう叫んだリーダーは、湖を囲むジャングルの唯一突出した岩場に行けと、自分ともうひとりのアーチャーに指示を出した。



そしてリーダーは何本もの銛を僅かに見える黒い大きな影に向かって次々と投げ込む。



すると投げ込まれる銛を避けるように湖面を黒く長い影が素早く西へ西へと進む。



このまま追い込めば、指定された岩場は丁度真正面になる。



村で練った作戦を思い出し自分は大弓を担いでジャングルを走る。



これは自分の腕力のチート能力、"速射"を頼っての作戦だ。



「音爆!」



遠くに聞こえたリーダーの言葉は、巨大ボウガンの打ち手が水中花火を打ち込む合図だ。



ドーーーン!



直ぐに湖に太い水柱が上がり夕焼けを隠す。



程なくして所定の岩場にたどり着いた自分は身の丈程の大弓を引く。



「来るぞ!」



先程の音爆に驚いた巨大魚は湖面から高く跳ね上がった。



初めて見たその全貌は、魚と言うより竜に近く翡翠色の鱗が夕陽を反射する。



自分は構えた大弓の照準を巨大魚の目に合わせタイミングを測る。



今だ!と思った瞬間、湖面へと落ちる巨大魚の濁った目が自分を睨んでいるのを感じた。



背筋に悪寒を感じたが、その忌々しい目へ立て続けに5本撃ち込む。



瞬時に5本の矢を連続で射れるのは自慢のチート能力、"速射"の成せる技だ。



矢は全部命中し、ドボーンと大しぶきを上げ巨大魚は湖に落ちた。



「やったか!」



湖面からは巨大魚の血と思われる赤い揺らぎが見えるが、一ヶ所に留まらずゆっくり移動している。



「血が移動している!まだだ!」



巨大ボウガンの男が湖面を見て叫ぶ。



「音爆をもう一度やるぞ!」



また水中花火で驚かせ、もう一度巨大魚を飛び上がらせるらしい。



「遅いぞ!」



リーダーがやっと岩場に着いたもうひとりのアーチャーをどやす。



「高い報酬金を分配するんだ。それに見合った仕事をしてくれ」



「あぁ、ならもっと巨大魚を水面から出せよ」



「はあ?」



ボウガンの男に噛みつく。



もうひとりのアーチャーの言うこともわかるが、水中花火の音爆弾は高級品だ。



音爆弾1発で、もうひとりのアーチャーの持つ弓は軽く買える。



それに音爆弾の費用はボウガンの男持ちだ。



そう易々と無駄撃ちはできんのもわかる。



「まあまあ、さっきも5本全部命中したし、自分が頑張るから・・・」



ギスギスするのが嫌で自分がなだめた。



「チート持ちなら5本じゃなくて最低10本は射てよ」



もうひとりのアーチャーがディスってきた。



「たくよ、矢を沢山持ってきてんのに射てねぇとはな!」



「てめえぇ!」



ボウガンの男の怒りが爆発した。



「おい、仲間割れだけは止めてくれ!」



リーダーが仲裁に入る。



「次の"速射"で決めよう。それで全部終わる。村で美味い酒を飲もうよ!」



このアーチャー・・・使えん。



田舎のクエストだったとはいえ、なんでこの程度の冒険者が混ざっているんだ。



「俺が目と脳天を狙うから君は援護射撃で体全体を狙ってくれ」



俺ひとりの攻撃で充分とは思うが、クエストを円満にクリアするには彼の活躍も混ぜておきたい。



「さあもう一度、追い込むぞ!」



リーダーがなんとかまとめ、意識を巨大魚に向けようと活を入れる。



仕切り直しと、リーダーが銛を持ち、雄叫びを上げながら湖面に近付いた瞬間、水面から一筋の何かがリーダーを貫き上半身を吹き飛ばした。



即死だ。



「な!」



ボウガンの男が驚くと、その声に反応して透明な一筋の何かがグルンと向きを変えた。



謎の一筋は木々を切り刻んでいるのか、ジャングルの葉が勢いよく舞い、一瞬のうちにボウガンの男を胸の辺りから分断した。



こちらも即死だ。



自分は絶句して、ボウガンの男の体から血の噴水が打ち上がるのをただ呆然と見ていた。



唖然としていると、湖面になにか大きいモノが潜っていくのが見えた。



巨大魚だ。



しかも巨大魚は人間の声に反応して攻撃をしてくる。



なぜならさえずる小鳥やざわめく猿達には攻撃が飛んで来ないからだ。



「あ~あ、期待ハズレだったわ」



「バカ!」



「ああ?」



「しまった!」と、声を上げた自分に焦った。



直ぐに透明の一筋が、もうひとりのアーチャーめがけて湖面から発射された。



あ・・・アイツも死んだと直感が走る。



しかし直感とは裏腹に、リーダーを貫きボウガンの男を真っ二つにした透明の一筋は、もうひとりのアーチャーの胸に当たると煙を上げて消えていた。



「え!」



なんでなんともないんだ?



あの透明の一筋でリーダーの上半身は吹き飛んだのに・・・



「さて、どうするかな・・・」



頭をかきながら湖に背を向けるもうひとりのアーチャー。



「に、逃げるんだ!」



「はぁ?」



もうひとりのアーチャーの声に反応してまた透明の一筋が放たれた。



しかし先程と同様に、もうひとりのアーチャーに当たると煙を上げて消えていく。



なんで巨大魚の攻撃がなんで効かないんだ?



「なんだ、これ・・・鬱陶しい」



煙たそうにそう言うと、もうひとりのアーチャーは突然、右手に膨らんだ光る玉を雑に湖に投げ入れた。



すると一瞬眩しく光り、辺りが真っ白になる。



あまりの眩しさに自然と目を覆った。



そして辺りがムッと息苦しくなり、直ぐに異臭がジャングル中に立ち込めた。



腐った魚を煮込んだような・・・嫌な臭いだ。



気持ち悪さの中、眩しさがなくなり目を開けるともうひとりのアーチャーが目の前に立っていた。



「何が・・・どうなったんだ?」



「別にどうもなってねぇよ。湖がひとつ無くなっただけだ」



言っている意味がわからなかったが、さっきまでと風景が違っていた。



夕陽をキラキラと映していた湖が無くなり、地面に大きな黒い穴が空いている。



その穴にうっすら白い巨大な骨の様なものが見えた。



まさか・・・あの巨大魚なのか?



いやいや、それより湖は?



湖ごと一瞬で蒸発させる魔法など聞いたことがない。



ん・・・リーダーはもうひとりのアーチャーが魔法も使える事を知っていたのか?



そもそも、もうひとりのアーチャーがこんな超魔法を使えるならなんで最初からやらない?



「あのさぁ、お前の"速射"、チートじゃねーよ」



何を言っているんだ?



そんなはずはない・・・一瞬で5本も射てるアーチャーなんていない・・・はずだ・・・



チート持ちなら10本は射てよ、が頭をよぎる。



いやいや・・・



ただ一瞬で湖を蒸発させたあの魔法に比べ、自分の"速射"は・・・



クソ、頭がパニックだ。



「まあ、闇市で売ればいいか・・・」



何を・・・なんだ?



目の前で起こる出来事が目茶苦茶過ぎて、何を考えていいか解らなくなった。



「それほどの魔力があれば、もっと高難度の」



いや、今それを言うタイミングではない。



もうひとりのアーチャーは虫けらを見る様な目で自分を見る。



直感が自分は死ぬと言っている。



もうわからない。



「その、その魔法はいったい・・・」



俺はこの期に及んで何を聞いているんだ。



「うるせよ、お前には関係ない」



気だるそうにそう言って、右手を開きゆっくり自分の胸へと近付ける。



来る・・・湖を一瞬で蒸発させたアノ超魔法、本物のチート魔法が・・・



そして俺は死ぬ・・・



冷や汗が脂汗に変わり、極度の緊張で息がうまく出来ない。



額の汗を拭おうにも腕が動かない。



一切動けない事に今、気が付いた。



蛇に睨まれたカエルとはこの状態か。



「まあ、一応貰っていくか」



そう言うと彼の右手が自分の体にめり込んでいく。



「うわあああああああ」



今まで体験したことのない恐怖が自分を襲う。



し、死ぬのか?



痛みはないが男の手が自分の体内にある。



恐怖のまま体の奥から何かを引き抜かれた。



引き抜いた右手には輝く宝石が見える。



「やっぱりな。これただの腕力のマハトーマだ。チートでもなんでもねーよ。普通よりちょっと速く動ける程度だな」



彼はまじまじと輝く宝石を見てそう言った。



すると体全体の力が抜けていく。



立っていられなくなり、膝から崩れ落ちどんどん意識が薄れる。



もう何がなんだかよくわからない。



こんな死に方って・・・



俺の人生なんだったんだ・・・



瞬時に矢を5本も射てるようになると、周りからチートと呼ばれるようになって・・・



こなすクエストの難易度が上がる度、チートは本物だと言われ・・・



でも、いま見た超魔法こそがチートだと実感する。



井の中の蛙とは自分の事だ・・・



そんな事を思い意識が薄れていく中、背中に違和感を感じるとなぜか体に力が戻ってきた。



「これ、闇市でも値段付かねぇから要らねーわ」



なんとか起き上がると、目の前に湖を消したあの光る玉を突きつけられた。



「命は助けてやる。ただ俺の事を他のヤツに喋ったら・・・お前を探し出して殺すからな」



目が本気だ。



頷く事しかできなかったが、充分だたようだ。



そして彼はゆっくりジャングルの奥へと消えていった。

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