【chapter2】大広間への石段

私はいつも塔の窓から隣国の城を眺めている。


そして眼下には今日も民が賑わいをみせていた。


「姫さま、お召し物をお着替えなさってくださいませ。」


メイドがドレスを持ってやってくる。


私はヤレヤレと思いながら窓辺に置かれたイスから立ち上がった。


このメイドは父の代から城にいる。


60を超えたその年齢には似つかわしくない淡いブルーにプリントが施された仕着せを身につけていた。


午前中用のメイド服は彼女には少々若すぎるデザインだが家事使用人の装いなので仕方ない。


「はいはい、わかりました。着替えますよ。」


「姫さま…。」


「はい、口の聞き方に気をつけます。」


私がそう言って舌をペロッと出すと、彼女は肩をすくめ首を振った。


彼女は、私が生まれた時から乳母を兼ねて城のメイドとして従事している。


私のことは我が子同然大切に思ってくれていることは、その接し方から伝わってきていた。


今日のドレスは私の好きなオフホワイトだ。


ふんだんに使われた柔らかいレースが心地いい。


「姫さま、ご朝食の準備が整っておりますので階下へどうぞ。」


そう言われて私は塔の階段に向かった。


ドレスの裾を踏んでしまわぬように軽く持ち上げながら一歩ずつ石段を踏みしめる。


シャンデリアの輝く大広間には大きなテーブルがひとつ。


そして、そこには一人分の朝食が用意されていた。


(いつもながら、この空間に一食分の朝食は不似合いね…。)


そう思いながら席に着くと、スープを喉に流し込む。


城の専属シェフの腕は確かだ。


今日の料理も申し分ない。


私の好みに焼き上げた卵、サラダ、フルーツ、パン。


だけど、いかんせん私がどんなに大食漢だったとしてもこんなには食べきれない。


使用人達は、別のもっと粗末な食事をしているのを見かけたことがある。


そうなると、これは私専用に作られた料理。


私が食べなければ処分される。


あらかた料理を食べると私は言った。


「パンは部屋に持ち帰って食べるわ。あとは下げてちょうだい。」


「かしこまりました。」


近くに立っていたバトラーがこうべを垂れる。


パンの入ったカゴを持ち上げると私は再びドレスの裾を掴み、塔への石段を登り始めた。

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