#28 童貞と公開訓練



「は? 俺達の訓練を公開?」


『はい、ハクヤ様。お願いできませんでしょうか?』



 毎朝恒例となっている王女アンリとの通信で、そんな突拍子もないことを頼まれる。

 なんでまたそんな話が出て来たんだか。俺はとりあえずアンリに訊ねてみることにした。



『実は、ハクヤ様達のご活躍に懐疑的な者が、特に軍部に多く居りまして……。わたくしも再三言葉は尽くしたのですが、中には王家の誇張だのと言い出す輩も少なくなく……』


「なんだよそれ? 不敬罪か何かでしょっ引いちまえよそんなモン」


『それが、言い出しているのは主に上層部……騎士団長や軍団長達なのです。特にその……ついこの間敗戦を喫した者がなどと……』


「フローラのことか」


『はい……。僅かな期間でそこまで手柄を挙げられる訳がないと。まことに申し訳ありません』


「アンリが謝ることじゃねぇよ。しかしなるほどなぁ」



 まあ気持ちは分らんでもないけどな。

 ちょっと前まで……いや、今もだけど、自分達が国の最前線で身体を張ってる連中だし、ぽっと出の俺みたいな奴にデカい戦功挙げられてばっかじゃ、そりゃたまらんわなぁ。


 だからって最高責任者であるアンリエッタ王女に楯突くのもどうかと思うけどな。

 軍人である以上上の命令は絶対なはずなんだがな。それもまた爵位だの家柄だのの貴族制の弊害かもなぁ。



「まあ、戦時中に何を暢気なと言いたい気持ちもあるけどよ、要はそいつら納得させないと、指揮に支障が出てきてるんだろ?」


『恥ずかしながら、その通りですわ。身内の恥を晒すようで、面目次第もございませんわ……』


「まあ、気にすんなよ。それでお前に逆らう奴が減るなら、俺は協力するぜ。それに何より、お前やフローラのことをバカにされんのも気に食わんしよ。いつになりそうだ?」


『ありがとうございます……! 日時は、一週間後の正午となりますわ。全ての軍上層部の者達が城に集いますので、その場にて』


「了解したよアンリ。フローラ達には俺から話しとくわ」


『よろしくお願いいたします……』



 俺の可愛いアンリやフローラにイチャモン付けてきやがって……! タダじゃおかねぇぞ……?


 アンリとの通信を終えた俺は、早速家のみんなに話をするために、自室からリビングへと向かった。





 ◇





 そしてあっという間の一週間後。

 俺はフローラとバモスの二人を連れて、アンリの待つ城へとやって来た。



「(アレが例の……)」


「(汚らわしい魔族などを……)」


「(敗戦の将が、どの面下げて……)」



 ……あ、暴れてぇ〜! 黙らせてぇ〜!!


 普段と城の中を行き来する顔ぶれが違うのはもちろん分かっている。今日は国内全ての戦場に散っている将軍級を集めた、いわば軍部の全体会議の日だからな。

 騎士団長や軍団長、あとは国境を任されている辺境伯なんかの、グリフィオーネ王国の実力者達が一堂に会する特別な日なんだ。普段の文官達ばかりでなく、自分の腕に覚えのある武官達が多いのだって当然だ。



「ハクヤ、堪えろ」


「いや、俺は良いんだよ。だけどお前やバモスの陰口は聞き捨てならねぇな」


「ハクヤは優しいね。我は大丈夫だから、早くお姫様の所に行こうよ」



 見返してやる気満々で来たは良いものの、思ってた以上に俺達……胡散臭い〝異世界人〟で〝勇者〟の俺や、部隊を敗北させたフローラ、そして魔王軍から囚われた(保護なんだけどな)異種族のバモスへの風当たりや悪印象は強いようだ。

 こうして広い回廊や広間を横切るだけで周囲からヒソヒソと、隠す気も無いのか色んな揶揄や野次が聴こえてくる。


 俺は二人に逆に宥められながら、王女アンリエッタの待つ執務室へと歩みを進めたのだった。





「それではこれより! 〝異世界の勇者〟様たるハクヤ・コクトウ殿とその一党の公開訓練を執り行う!」



 観覧席で国王の隣りに立つ宰相が、防壁の下に集まった俺達や軍人達に向かって声を張り上げる。

 集められたメンツはいずれも身分も立場もある、グリフィオーネ王国の軍事力を支えている面々らしい。


 第一から第八騎士団の騎士団長達。辺境伯率いる国境軍の軍団長や、辺境伯本人。そして主要都市の防衛軍の軍団長や、近衛騎士団長や果ては軍務局のお偉いさん方まで。

 元々王国所属で内情に詳しいフローラなんかは、その錚々そうそうたる顔ぶれに緊張を隠せない様子だ。


 あとはソイツらが王都に集結するに当たって、護衛だったり見栄だったりで引き連れて来た各軍の精鋭の騎士や兵士達だな。



「訓練に関してハクヤ殿より提案があった! 実力を示すには実戦形式が最も効率が良いとのことにて、各軍より有志を募り、模擬戦の形式にて執り行うこととする! 組み合わせは――――」



 広い演習場にざわめきが起こる。

 どうやら俺の悪知恵は効果ありみたいだな。


 だってそうだろ? こちとら王国の協力者だってのに、やれ胡散臭いだの何だのとさんざっぱらバカにされて腹も立つっての。フローラやバモスを貶されたことだってそうだし、アンリ……アンリエッタを舐めてやがるのも気に食わねぇ。


 実力を疑われてる? 上等だ。骨の髄まで分からせてやるよ……!

 ってなワケで、お偉い軍の上層部のお歴々の胸をお借りすることにしたんだな。


 逃げたりしねぇよなぁ? 散々扱き下ろしてくれたんだもんなぁ?



『ハクヤ様、それではあまりにも貴方様に不利ではないですか……?』


『結局のところ妬みとやっかみだろ? しかもその大半は前線で身体を張ってる連中だ。そんな連中とこの先協力しなきゃいけねぇ可能性だってあるんだから、実力を認めさせるにはやっぱコレしかねぇだろ』



 訓練が行われる前に、俺はアンリにある提案をしたんだ。『フローラとバモスが二人で三十人と、そして俺は一人で五十人を相手に模擬戦』をしようってな。

 俺らを舐め腐ってる連中だったら簡単に挑発に乗ってくるだろ。どうもこの国の軍人さん達は国民の安全よりも自分のメンツや手柄の方が大切らしいからな。



「ふざけおって……!! 第一騎士団! あのならず者共に分からせてやれ!!」


「我らをどこまでコケにすれば気が済むのだ!? 第三騎士団! 出るぞ!!」


「第六騎士団! 奴らを完膚なきまでに――――」



 ほらな。案の定顔を赤くして唾まで飛ばして食い付いてきたぜ。

 中には我関せずで静観を決めている連中もチラホラ居るが、まあそれでも大多数を釣れたんだし、ソイツらをコテンパンにのしてやれば様子見の奴らも理解するだろ。


 ――――一体誰がこの国で最強なのかをよ……!



「まったく、ハクヤと付き合っていると退屈とは縁遠いな」


「ホントだよねぇ。だけどそれも、ただ漫然と生きるよりは良いんじゃないかな?」


「違いないな。少なくとも私はもう敗戦を喫した時の私ではない。それを陛下や殿下、さらには元同僚達に示すことができるのだから、きっと私は良き出逢いを得られたのだろうな」


「我だってあのままハクヤと会えなければ、魔王軍の一員としてレイラやモカ、ショコラやココア達も襲うことになってたかもしれない。そうでなくてもいつかは負けて、その時こそパパの……ううん、我を拾い育てたブレキオスに実験材料にされてただろうしね」


「二人揃って、面倒な男に目を付けられたものだな」


「そうだねぇ。だけどフローラ、満更でもないって顔に書いてあるよ?」


「ば、ばかもの! それはバモス、お前だってそうだろうが!!」


「う、うん……それは認めるかな〜」



 まずはフローラとバモスのタッグバトルだ。


 なんだかんだ一度命のやり取りをしたからか、一緒に暮らすことになる前から既に打ち解けていたこの二人。最近の訓練ではコンビネーションもだいぶ神懸かってきて、生意気にも俺のセクハラを結構防げるようになってきている。

 まあ、その後ムキになった俺が頑張って触りまくるんだけどな。


 今のお前らなら三十人程度に苦戦することもないだろうが、一応気を付けてやってこいよ。



「それでは模擬戦の第一戦は、騎士フローラ卿と龍人族ドラゴノイドのバモス殿! 対するは三十名で執り行う! 双方準備はよろしいか!!」



 腰に愛剣を佩いて不敵に笑みを浮かべるフローラ。腕を部分的に龍の物へと変化させて真剣な顔になるバモス。


 俺は二人の肩を軽く叩いてやって、短いシンプルな言葉を贈る。



「さあお前ら。見返してやれ!」


「「応っ!!」」



 俺の言葉に力強く返事を返して、二人が並んで前へと進む。



「模擬戦闘第一戦、始めぇ!!」



 実力者が集う広い演習場に、戦闘開始を告げる号令と銅鑼の音が響き渡った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る