#29 童貞と模擬戦闘・第一戦



 宰相の号令と共に、二人対三十人の戦いの幕が開いた。


 女騎士フローラと龍人族ドラゴノイドのバモスの二人組に対するのは、各軍の精鋭達の寄せ集めだな。

 両陣営共に前進し、人数で勝る軍人達は定石セオリー通りに包囲しようと広く展開し始めた。



「第三・第六は後背へ回り込め! 第一我々はこのまま接敵し味方の包囲する時間を稼ぐ!!」


「「「おうっ!!」」」


「「「承知ッ!!」」」



 一応各軍の連携訓練も日頃からされているようで、指揮系統は軍団の数字が若い方が上位になるようにされてるのかな?

 第一騎士団から選出された騎士の中でも隊長格と思しき人物の指示に、迷い無く連携して素早く動いているみたいだ。


 いやいや、日頃からそういう協力体制布いてるなら、素直に俺らも迎え入れろよ。第五騎士団の……何て名前だっけ? アイツもだけど、一応俺らは最高指揮官である王女に〝頼まれて〟協力してる立場なんだけどな?



「第二・第八は側面に展開しろ! 左右から押さえ込んで機動力を封じるのだ!!」


「「「了解!!」」」


「「「任された!!」」」



 お、そうこう考えている内に包囲網が整いつつあるな。オーソドックスな包囲を敷くつもりらしく、各方面均等に戦力を割り振っているようだ。


 だがそりゃ悪手だな。



「はぁああああッ!!」


「てやぁあああッ!!」



 こちらも、未だ包囲の完成していない後方の薄い層を目掛けて突進するフローラとバモス。

 息ピッタリなタイミングで、囲もうと回り込んできた騎士達に一気に乱戦を強いているな。



「コイツら!? くっ、迎え撃て!!」

「は、速い!?」

「クソっ!? 何だこの力は!!??」



 そもそも騎士達コイツらは、自分達がだということに気付いてすらいない。


 、自分達の取った行動が如何に〝無謀〟か……すぐに分かると思うんだけどな。



「ハクヤの動きに比べれば止まって見えるぞ!」



 元々が19歳という若さ、加えて女性という身の上ながらも一軍団の長にまで抜擢されていたフローラ。都市の防衛に失敗こそしたが、その当時ですら騎士達コイツらを率いる才覚と地力を持っていた騎士だ。

 それが今や、〝将級〟且つ〝ネームド〟の魔物を単騎で屠れる程の実力を備えてるんだ。精鋭とはいえたかだか一般の騎士が数人寄り集まったところで、止められるはずもない。

 鞘から剣を抜くこともせずに、相手の持つ剣を叩き落として一合すら合わせることもさせずに打ち据え、一人一人丁寧に無力化していっている。



「全然怖くないねぇ。我とハクヤが戦った時は『殺される』って思って、凄く怖かったんだけどねー」



 片や魔王軍の四天王に才能を見初められ育て上げられたバモスは、等級で言えばさらに上の〝王級〟の、しかも〝ネームド〟だ。本人は実戦経験は乏しく意欲に欠けていても、魔王軍の幹部候補の筆頭と言われていた実力は伊達じゃない。

 【龍化魔法】で全身を変身させることすらせずに、部分的に龍の物と化した腕を薙ぎ払うだけで、数人セットで人形のように騎士達が吹き飛んでいる。



「私はこちらから攻め上がるぞ! バモスは反対を頼む!」


「了解だよー! どっちが多く倒せるか競走だね!」


「「「ぎゃああああああッ!!??」」」



 早々に後背の脅威(笑)を無力化し、二手に別れ左右の包囲陣形を切り崩しに掛かる二人。

 フローラの基礎を大切にした剣術(鞘だけど)で次々と屈強な男達が打ちのめされ、バモスの身体能力を活かしたダイナミックな打撃で大の男達が木の葉のように舞い飛んでいく。


 魔法を使うまでもないくらい圧倒的だな。

 元々心配なんかしちゃいなかったが、それでも共に鍛練を繰り返してきた仲間の活躍は、思いの外俺の心をスッキリさせてくれていた。


 いいねぇ、剣を振る度にたわわに揺れるプルルンも、駆けるたび躍動するセクスィーなおみ足も、前傾になる度に後ろで観てる俺にクイッと向けられるプリリンも……!

 あのプルルンやプリリンをいつも好き放題触れる俺って、かなりの幸せ者だよなぁ〜。二人とも美人だし。



よこしまな視線で観るんじゃないハクヤ!!」


「エッチな想像しちゃダメーッ!!」



 おっといけない。どうやら目で観戦していたことがバレてしまったようなので、ここからはもうちょっと真面目に見学しよう。


 とは言っても、もうあとちょっとで終わりそうだけどな。



「あと……五人!」


「負けないよフローラ!」


「な、なんなのだ貴様ら!? なんだその出鱈目な強さは!?」



 多分第一騎士団の中でも上位に居る騎士なのだろう、各軍に指揮を飛ばしていた男に迫る二人。

 言ってみれば本丸の司令部に食い込んだ形となり、その男を護るように残る騎士達も剣や槍を構え直す。だいぶ及び腰になっちゃってるけどな。



「私達などハクヤに比べればまだまだなのだがな」


「そうそう。ちょっとでも油断するとすぐオッパイ触られちゃうしね」


「ば、バカ者バモス! そんなことこんな所で言うんじゃない!!」


「あはは! フローラは相変わらず恥ずかしがり屋さんだね〜」


「恥ずかしがり屋とかそういう問題ではない! 他者の前で話す事ではないと言っているのだ!」



 それぞれ十人以上の騎士を無力化していながらも、フローラとバモスは息一つ乱していない。どころか、敵大将の前で力むこともなく、お喋りまで始める余裕っぷりだ。



「くっ!? バカにしおって!! お前達、一斉にかかれ!!」


「「「おおおおお!!!」」」



 最後は数の利を活かして総力戦か。最初からそうすりゃあ、もしかしたら有効打の一つも与えられたかもなのになぁ。

 まあ、俺らの戦功を誇張だ何だとバカにしてた連中にはいいお灸になっただろ。



「はあッ!!」

「ええいッ!!」


「「「ぎゃああああああああああッッ!!??」」」



 勝負あり……だな。

 最後は集団の先頭をバモスが正面からぶつかって防ぎ、密集隊形を一撃で崩しちまった。その隙を突いてフローラが最短距離の騎士を無力化しつつ、一気に指揮官の男に接敵し、その首に剣を突き付けて降伏を迫った。



「それまで!! 模擬戦闘第一戦は、フローラ卿とバモス殿の勝利である!!」



 宰相の宣言と共に銅鑼が打ち鳴らされ、観覧席に居る貴族達から歓声が上がる。お、アンリもいい笑顔で拍手してくれてるな。だから大丈夫って言ったろ?



「二人ともお疲れさん。いい動きだったぞ」


「お前との鍛練に比べれば、まだまだ準備運動といったところだな。これほど力が増していたとは自分でも驚きだ」


「そりゃあ毎日ハクヤと戦ってれば嫌でも強くなるよねー。あの人達もハクヤに鍛えてもらえばいいのにね?」


「冗談はよせ。男なんぞ触っても俺が楽しくねぇだろうが。俺の訓練は女子専用だ!」


「胸を張って言うことかバカ者っ!」


「あはは。ブレないねぇハクヤは」



 ハイタッチを二人と交わし、勝利を祝う。


 っていうかバモスたんてば、恐ろしいこと言わないでよね!? むっさい男達と汗水垂らして訓練なんて、怖気が走るわ!!

 だがまあ、女騎士限定でなら教官を引き受けるのもやぶさかではないぞ、俺は!!



「これでフローラ卿の手柄が誇張でないことは理解できたであろう! 既にその慢心も砕かれたはず! それではいよいよ、〝異世界の勇者〟たるハクヤ殿との模擬戦闘である! 我こそはという五十名の騎士・兵士達よ! いざ名乗りを上げよ!!」



 宰相が俺の要求通り・・・・に、フローラの手柄の正当性を各軍のトップ達に知らしめてくれる。そしていよいよメインイベントである俺の出番となるわけだが……。


 第一戦の衝撃が抜け切っていないのか、困惑にざわめく各軍の騎士や兵士、そしてその長である騎士団長や軍団長達。

 あーあー情けねぇ。そんなんで国を、民を守れんのかお前らよぉ。


 俺は散々陰口を叩かれた意趣返しをしてやろうと、二人を下がらせ自身も前へと歩み出る。



「おうおうてめぇら! さっきまでの威勢はどこ行ったよ!? 俺のことを胡散くせぇだの、フローラを敗残兵だの、バモスを汚らわしいだのとバカにしてくれた安っすいプライドまで折れちまったか!? てめぇらが敵対してる魔王軍には二人みたいな連中がゴロゴロ居るってのに、それで国を守れるつもりかよ!?」



 挑発する。それはもう口汚く。


 アンリを軽んじたこと。フローラを負け犬呼ばわりしたこと。バモスを魔族だからと汚物でも見るような目で見たこと。そして俺をイロモノ呼ばわりして見下してきたこと。

 それら全てをマルっと投げ返してやるつもりで、声高に誇りだのを謳ってさえずる、自称〝国の守護者〟達を罵り倒す。



「まだ誇れるモンがあるんなら。それでも国のため民のために戦う根性があるんなら! ボサボサしてねぇでかかってこいやぁ!! 俺にてめぇらの覚悟を見せてみやがれ!!!」


「「「う……おおおおおおおおおおおおッッ!!!」」」



 はんっ! 最初っからそうしてりゃあ、ちったぁ見直してたのによ。


 俺の罵倒に怒ったんだろう。俺の嘲笑に誇りを傷付けられたんだろう。当初の予定の五十人より遥かに多いだろう騎士達兵士達が、俺に向かって剣を抜き走り出した。



「足りねぇぞ腰抜け共!! 俺を殺したきゃ将軍も軍団長も辺境伯も誰も彼も全部でかかってこいやぁあああッッ!!!」



 それでいい。なんもかんも捨てて、全身全霊でかかって来い。そんくらいの覚悟で戦わなきゃ、どっちみちバモス程度の敵が来たらアッサリ負けちまうぞ?

 そして何よりてめぇら全員ボコしてやらねぇと、俺の気が治まらねぇからな!!



「お、お前達!!?? ええい! 第二戦、始めえッ!!!」



 演習場に再び、銅鑼の音が響き渡った――――




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