#24 帰還する童貞



 そーらーはーひろいーなーおおーきーいーなー♪ っと。いやー! 空を飛ぶって、きんもちいいー!!



「ばばばばバカ者っ!? 動くな! 立つな!? 落ちるだろうがあああッ!!??」


「落とさないってば〜。ちゃんと障壁張ってあるし、仮に落ちても地面に着く前に捕まえるって」


「おいおいフローラたん、しがみつかれても鎧がジャマで気持ちくないし、こんなの遊覧飛行だろー? それでも俺の相棒かよー」


「う、うるさいっ! 空を飛ぶなんて初めてなんだから怖いに決まってるだろうが! いいから座れ! 掴まらせてくれ!!」


「はいはいしょうがねぇなー。まあ怖がりなフローラたんもカワイイから良しとしよう」


「可愛くなどないっ! いいからじっとしてろ!!」



 俺は現在、お空を飛行中だ。正確には、【龍化魔法】で翼竜ワイバーンに変身したバモスに乗せてもらって飛んでいる。

 クロイツの砦で指揮官だったデブ男――名前何だっけ? また忘れた――をシメた後、その副官だった男に通信魔導具で、国王自らが戦後処理を命じた。そこで俺の今回のお仕事は終了となったので、そのまま王都へと帰還中というワケ。


 王都で待ってるみんなへのお土産を買いに、砦の近くのクロイツの街にちょこっと寄り道はしてたけどな。


 あ、そうそう! その寄り道で荷物が増えそうだったからアンリエッタ……アンリに相談したら、軍事物資だけど〝魔法鞄マジックバッグ〟を砦から融通してもらえたぜ。見た目は普通の肩掛けカバンだけど、なんと200キロもの荷物を入れることができる優れものだ。

 ダンジョンで手に入れられるらしいが、中には何トンもの容量を持つ物や、入れた物の時間を停止させるようなヤツもあるらしい。


 いいなーダンジョン! やっぱ定番だよなーダンジョン! 行きたいなーダンジョン!!

 戦況が落ち着いてたら一度レベル上げついでに行ってみようかなー? 伝説の剣とか憧れるよなやっぱ。まあ俺は装備しても剣なんて使えねぇからフローラにあげるだろうけど。



「ごめんね二人とも、まだ〝天龍スカイドラゴン〟にはなれなくてさ。というか我、四大龍ではまだ地龍アースドラゴンにしかなれないんだよ。スカイドラゴンなら大きいから落っこちる心配もないんだけどね」


「気にすんなよバモス。ワイバーンでも充分快適だし、何より速いし。フローラもその内慣れるだろうしな」


「そ、そうだぞバモス。わ、私のことは気にしなくていいからなぁ……!」



 俺達に気を使うバモス。そして俺に一生懸命しがみついて強がっているフローラに、思わず苦笑する。

 コイツら、すっかり打ち解けてるよなぁ。真剣に戦ってお互いの力を認めてるんだろうな、きっと。


 バモスの【龍化魔法】は、文字通りドラゴンに変身する魔法だ。〝龍人族ドラゴノイド〟の固有の魔法らしく、自身の能力が上がれば上がるだけ変身できるドラゴンの種類が増えるらしい。


 ちなみにバモスは、〝亜竜種〟と呼ばれるドラゴンの眷属――翼竜ワイバーン多頭竜ヒュドラ大海竜シーサーペントなどだな――だったら既に一通りは変身できるそうだ。

 今は真にドラゴンと呼ばれる〝龍種〟で代表的な四大龍――地龍アースドラゴン天龍スカイドラゴン水龍アクアドラゴン炎龍フレイムドラゴンのことだ――への変身を目標に修行中なんだとか。



「それにしてもアースドラゴンは強かったなぁ。さすがは次期幹部候補筆頭ってとこか? 他のドラゴンに変身できるようになる日が楽しみだなぁ」


「や、やめてよぉ……! あんなの周りのみんなが勝手に盛り上がってただけだから……! で、でもパパ……〝ブレキオス〟は、その歳でアースドラゴンになれるのは凄いことだって言ってたかも……?」



 〝ブレキオス〟……。幼いバモスを拾い育てたという、魔王軍の幹部――四天王の一人の名だ。


 今まで謎に包まれていた魔王軍の幹部の名が明かされたことは、少なくない衝撃を王国の有力者達に与えた。

 そりゃそうだろうな。何しろ各国は今まで同盟も連合もロクに組まず、国単位で魔王軍に対抗してきて、挙句滅ぼされてしまったんだから。情報共有も何もされてないんだったら、分からなくて当然だ。


 そんな思いがけない利益を国にもたらしたっていう点も、バモスを俺の身内にすることを認めてもらえた一因だろうな。


 ……って、うん? 『その歳で』……?



「なあバモス、お前って何歳なわけ?」


「ふえ? 言ってなかったっけ? 我は16歳だよ。一応ドラゴノイドでは成人扱いみたい」



 マジかよ!? 王女アンリとタメ!?

 人形態の時の大人っぽい顔つきといいスタイルといい、フローラ(19歳)と同じかもっと上だと思ってたのに!?


 推定Fカップはありそうな胸にキュッとクビレた腰。柔らかそうなお尻に、スラリと伸びた手足。そのスタイルと170はありそうな長身で、モデルやグラドルなんかかと思うくらい大人っぽい身体なのになぁ。

 そっかぁ、二つも歳下だったのかぁ。モカが聞いたらまたうるさくなりそうだなぁ。



「それにしてもハクヤはホントに動じないね? お空飛ぶの初めてなんじゃないの?」


「んー? 確かに竜に乗って飛ぶのは初めてだけどな。だけど俺の世界には飛行機やヘリコプターもあったし、ジェットコースターとか絶叫系の遊具やらもあったしなぁ」



 ちなみにバモスには、俺が異世界人であることは既に伝えてある。この世界は人類と魔王軍の魔族や魔物が争う世界だからな。異世界から来た俺には偏見なんて無いことを伝えて、納得させたかったんだ。



「ヒコーキ? ヘリコ……? よく分からないなぁ。ジェットコー……??」


「んー、何て説明したもんか……」



 地球の乗り物を説明とか、したことないしなぁ。特に困るのが遊園地の絶叫系シリーズだが…………あっ。



「バモスたんバモスたん。ちょっと耳貸せよ」


「ん? なぁに?」



 ふふふ……いい事を思い付いてしまったぜぇ……!


 俺はワイバーンの長めの首をもたげて、俺の顔に耳を寄せてくるバモスに、を伝授する。


 そして数分後――――



「いいいいいいやあああああああああああッッ!!??」


「ヒャッハァーーーーーッ!!」


「イヤッホォーーーーッ!! コレ楽しいね、ハクヤ!!」


「だろォ!? いいぞ、〝バレルロール〟はカンペキだ! 次は急上昇からの〝木の葉落とし〟だ!!」


「うん! えぇーーーーいっ!!」


「もうやめてえええええええええええええええええッッ!!??」



 どこまでも広い青空に、俺と龍の少女の歓声が……そして女騎士の絶叫が響き渡ったのだった。





 ◇





「大変申、し訳、ありません、でした。ほんの、出来、心だったんです。どう、か許して、ください」


「うるさいッ!! ホントに……! ホントに怖かったんだからなぁッ!?」


「ふ、フローラ? さすがに殴り過ぎじゃないかな? 何故かあんまり効いてないけど……。それよりみんなに見られてるから……!」



 王都に帰ってきた俺達三人。正確には一人は初めてだけどな。

 そんな俺達は道行く人にジロジロ観られながら、俺はそれに加えてフローラに殴られながら、我が家を目指して歩いていた。


 そして。



「さて、残念ながら時間切れだフローラたん。家に着いたから、残りの鬱憤は明日の鍛練で発散してくれ」


「むぅ、まだまだ殴り足りないというのに。しかしココアを怖がらせる訳にはいかぬしな、このくらいにしておいてやる。あといい加減〝たん〟はやめろ」


「え、ええ……?? それでいいの……? いや、殴り続けるのもどうかとは思うけどさ……」



 愛しの我が家に無事帰り着いたので、フローラの拳を受け止めてそこで終わりと宣言する。フローラも俺の考えはちゃんと理解しているから、尚も掛かってくることもなく拳を納めてくれた。

 唯一事態について来れていないのは、我が家の新入りとなるバモスだけだ。



「怖がりな子供が一人居てな。『鍛練以外では暴力禁止』ってのと『みんな仲良く』が一応ウチのルールだから、バモスも覚えとけよ?」


「わ、分かった……」


「さーて、みんなただいまー!」


「今帰還したぞ!」



 前庭を通り過ぎ玄関の扉を叩く。しばらく待つと、やがて扉の向こう側が賑やかになり、警備員として雇ったというか買ったモカが扉を開き、顔を覗かせた。


 のだが……何ニヤニヤしてんだ?

 チョイチョイとニヤけた顔で手招きしてくる。ちなみにバモスは、フローラの背中に隠れている。まあモカなら気付いてるんだろうけどな。


 なんかくだらないイタズラでも思い付いたのか? 訝しみつつ警戒しつつ、俺を先頭に家に入ると、玄関からすぐの居間に留守を任せていたみんなが並んでいる。


 一体なんだ……?

 嫌な感じはしない。どころかみんな笑顔だし(ココアだけ何故か緊張してるみたいだけど)。



「ほら、ココアちゃん」


「頑張って、ココア」



 ますます分からん。家政婦メイドのレイラと、ココアの双子の姉のショコラに背中を押されて、おっかなびっくりといった様子で、ココアが一歩前に出てきた。

 俺はフローラと顔を見合わせるが、お互いその意図するところが読めずに、ひとまず様子を見ることに。


 すると。



「おか……えりなさい。ご、ごしゅじん……さま。フローラ……さま」


「「え……?」」



 は? 何が起きた?

 え、今……ココアが……ッ!?



「お、お前……!? 喋れるようになったのか!?」


「なんと!? 凄いではないか!!」


「ひうっ!?」



 ぬああしまった!? あまりの衝撃につい驚いて大声出しちまった!?


 俺とフローラが驚いた声を上げたせいで、頑張って挨拶をしてくれたであろうココアがビクッと震えて、慌てて姉の後ろに隠れてしまった。



「ああ……!? すまんココア! 驚かせちゃったな……!」



 いやでも、ホントに驚いたわ!

 あのココアが……。小さい頃に酷いことをされたせいで、言葉を失うほど塞ぎ込み、全てに怯えていたあのココアが、声を取り戻しただなんて……!!


 そんな俺に。



「もう、ハクヤさん! そうじゃなくて、頑張って『おかえり』って言ったココアに、何か言うことは無いんですかっ」



 感動やら慌てるやらで混乱している俺に、双子の姉ショコラの背中に隠れてしまったココアの頭を撫でながら、少し怒ったような顔で俺に声を掛けるレイラ。よく見ると当のココアも、姉の背中から片目だけでオドオドと俺を窺っていた。

 その言葉に俺はハッとして、そしてそんなココアの様子を見て、なんとも言えない、温かい気持ちが込み上げてきて。



「ああ、そうだな。ただいまココア。今帰ったぞ」



 そう、優しく返事を返したのだった。





「あ、ちなみにコイツ、魔王軍から連れてきたドラゴノイドのバモスな。今日からうちで一緒に暮らすから、みんな仲良くしてやってくれな」


「「「えええええええええええええッッ!!??」」」

「…………ッッ!!??」



 だいぶタイミングを掴み損ねたけど、その後でバモスを紹介して我が家が大騒ぎになったのは……言うまでもないな。




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