#25 身の危険を感じる童貞



「ハクヤ様? お顔色が優れませんが、如何なさいましたの?」



 どうして……どうしてこうなった……!?

 俺は夢を見ているのか!? 何だこの状況は!?


 何故俺は『高級なキングサイズのベッドに全裸で仰向けに縛り付けられて』、どうして『スケスケなネグリジェのアンリエッタに馬乗りに乗られて』、そしてその両手にはどうして『鋭く冷たい光を放つ短剣が握られている』んだ!?



「貴方様が仰いましたのに……『わたくしが欲しい』と。なのにもてあそぶかのようにこれ見よがしにご自宅に次から次へと女性を招き入れて……。ふふふ……」


「んーっ! んんーッ!?」



 オマケに猿轡さるぐつわまで咥えさせられてるし!? 待て、違うんだアンリ!?

 落ち着け、落ち着こう! 落ち着く時落ち着けば地獄落ち……ってちゃうがな!?



「フローラは美人ですわね……胸も大きく、何よりも強い実直で真摯な女性ですわ。レイラ様は慈愛に満ちて、素敵な女性ですわね。モカ様は明るく快活で、おイタをなさってもどこか憎めませんわ。ショコラ様はとても健気で、妹様をお守りする決意を持たれた芯の強い、とても強くしかし儚い女性ですわね。ココア様は触れれば割れてしまいそうな繊細な硝子ガラス細工のよう。守って差し上げたいというそのお気持ち、よく分かりますわ。そしてバモス様はわたくしと歳が同じなんですってね? それでいてフローラのように美しく恵まれた肢体で、モカ様のように快活で、ショコラ様やココア様のように純真無垢でいらして……」



 こ、ここここここ怖いッ!? 怖いよアンリたん!?

 目が!? 顔は微笑んでるのに目がちっとも笑ってないんだよアンリたん!!??


 ブツブツとお経を唱えるように感情も抑揚も無い声で我が家の女性達を評しながら、短剣を片手に持ち俺の身体をもう片方の手で撫で擦るアンリ……アンリエッタ王女。


 俺は心底から凍える思いでいながらも、16歳の少女とは思えない蠱惑的な笑みを浮かべるアンリの唇に、スケスケのネグリジェから仄見える白い穢れない肌や、形が良く上向きで、手の中から少しはみ出るだろう大きさの二つの果実やその先端のツンと布を張るピンク色の突起、緩やかな曲線を描く腹部やそこに存在を主張するヘソ……。

 要するにその扇情的な肢体カラダに目が釘付けになってしまっていた。そして俺の〝聖剣〟様はアンリの柔らかいお尻が腹に乗るその後ろで、聖(性)なる力をこれでもかと溜め込んで天を衝いているのが感覚で把握できる。


 アンリたん……!? いやホントどうしたんだ!?

 どうしてこんな状況に……ってその前にそのナイフは何なのかなっ!?



「酷いお方……。わたくしを欲しておきながら歳も見目も色々な女性を集め、愛でられるなんて……」


「んんーッ!?」



 これはマズい! 非常にマズい状況だ……ッ!



「大丈夫ですわハクヤ様……。わたくしはハクヤ様の協力者ですから、ハクヤ様のお好きになさって下さって構いませんの。ですが貴方様はこの世界をお救いになるまでは性交渉をしてはいけない身の上……」



 艶然とした笑みを浮かべ俺の頬を撫でたアンリは、俺の身体の上でクルリと向きを変える。プリンとした桃が、俺の視界一杯に映し出される。



「んんッ!?」



 後ろ向きで俺に跨ったアンリのたおやかな手が、俺の〝聖剣〟を優しく撫で、包み込む。

 そして背中越しにチラリと俺を振り返り、アンリは光の無い瞳で。



「ハクヤ様がご使命を果たせられるよう……わたくしがお手伝いいたしますわ……」



 そう口元にだけ笑みを浮かべ、アンリは手に持った短剣を俺の〝聖剣〟に……ってバカよせやめ……ッ!?



「そう、無ければ、ハクヤ様は女性とまぐわう事はできませんわッ!!」


「んんんーーーーーーーーッ!!??」



 俺の〝聖剣〟は暗い微笑みを浮かべ続けるアンリによって……物理的に切られて引っこ抜かれた――――





「ぎゃあああああああああーーーーーーーッッ!!??」



 布団を跳ね除け絶叫を上げて飛び起きる。


 ……夢!? 夢なのかッ!? ココは俺の家の俺の寝室だよな!?

 スケスケネグリジェのアンリは居ない。ベッドも普通のダブルサイズだ……ハッ!!


 慌てて寝巻きにしているローブを脱ぎ払って下半身を確認――――よかった、ちゃんと俺の〝聖剣〟が『朝だよ!』と若さを主張していた。血まみれでもなければ切り離されてもおらず、ちゃんと俺の身体とくっ付いている。



「なんっつー恐ろしい夢を見とるんだ、俺は……!?」



 まさかあのアンリが……いや待て、割とシャレになってねぇかもしれねぇな……!?


 よく考えたら夢でアンリが言ってたことはまさに今の状況そのままで、俺は彼女を求めておきながら他の女にうつつを抜かしているのはその通りで……。


 つまり予知夢!?

 いや、有り得なくもない。ここは剣と魔法のファンタジー世界。予知夢くらい見ても不思議は……ということはアンリたんがあのスケスケのえちちなネグリジェを!? ってそうじゃなくて!!



「マズい……! このままではアンリたんが闇堕ちしてしまう。何より俺の〝聖剣〟が未使用のままアンリにコレクションされてしまう……!?」



 時刻はまだ早朝と言っていい時間だが、この悪い予感ゆめは無視してはいけない気がする! だとすれば……!



「とりあえず、アンリに会いに行く! それしかねぇ!!」



 そう心に決めた俺は、部屋の鍵が閉まっていることを確認してから、大切に引き出しに仕舞っているメガパン――女神のおパンツを取り出したのだった。


 ナニをするって? 朝のに決まってんだろ!





 ◇





「ようこそいらっしゃいましたわ、ハクヤ様」


「急にすまんなアンリ。どうしても直接会いたくなってな」


「まあっ。嬉しいですわっ」



 花のほころぶような笑顔を咲かせて、応接用のソファの対面の少女――アンリエッタがコロコロと笑う。


 可愛いなあオイ。とても今朝の夢で見た闇堕ちアンリとは似ても似つかないその笑顔に、俺は心底、この笑顔を守らねばならないと決意を新たにしていた。



「それで、お急ぎのご用件とはいったい……?」


「ああ、そんな大袈裟なモンじゃないんだけどな」



 俺はそう断りを入れてから、クロイツの砦で貰った魔法鞄マジックバッグに手を突っ込む。

 アンリは興味津々といった様子で、俺の取り出した物に見入っている。


 ちなみにだが、今は人払いをしているのでこの応接室には俺とアンリの二人きりだ。フローラも城までちゃんとついて来ていたが、今は渋々扉の向こうで警護中だ。



「いつも面倒なことはアンリに押し付けてるからな。それに今回は色々と嫌な思いもしただろ? 詫びになるかは分からんけど、クロイツの街に寄ってお土産を買ってきたんだ」



 取り出したのは大きめの箱と、小さな宝石箱ジュエルケース。家のみんなのお土産とは違って、王女である彼女に渡すために、しっかりと選んで包装してもらってある。



「わ、わたくしにこれを?」


「ああ。大きいのは自分の部屋で開けてくれ。お楽しみってヤツだな」


「分かりましたわ。こちらの宝石箱は……」


「そっちは今開けてもいいぞ。お姫様にとっては見慣れた、物足りないモンかもしれないが、一応アンリに似合いそうな物を選んできたつもりだ」


「嬉しいですわっ。拝見いたしますわね」



 ジュエルケースから出てきたのは、一本の首飾りネックレスだ。クロイツの街でお土産を物色している最中に、宝石店で一際目に付いて、アンリにと即決で買った物だ。



「綺麗……」


「気に入ったか?」


「ええ……! ええ、とっても!」



 それは王族が着けるには地味なのかもしれない。

 細いネックレスチェーンも、デカデカとした宝石が付いているわけでもないネックレストップも、装飾品それその物よりも着用者を引き立てるための物だろう。



「俺が着けても良いか?」


「……よろしいのですか?」


「ああ。俺がそうしたい」


「では……お願いいたしますわ」



 ソファから立ち上がり、アンリからネックレスを受け取って座る彼女の後ろに回る。

 長い綺麗な金髪をアンリが手でどかすと、白く細い首根が、うなじが露出される。


 やべ、メッチャ良い匂いする。香水なのか香油なのかは分からんけど、フワリと鼻腔をくすぐる少女の香りに、俺の理性が一瞬大ダメージを受ける。



「ハクヤ様……?」


「ああ、悪りい。綺麗な首だなって見惚れてたわ」


「イヤですわハクヤ様。恥ずかしいです……」



 イカンイカン。

 中々着けようとしない俺に催促するような声に、慌てて我に返る。ほんのりと朱に染まるその白い肌を前にして、俺は煩悩を捨て、華奢な首にネックレスのチェーンを回す。


 落ち着きなさい俺の〝聖剣〟よ! 今朝ヌいたでしょ!?


 慣れない行動にドギマギしながらも、なんとかチェーンのフックを繋いでやる。



「見せてくれるか?」


「はい……」



 着け終わった俺の言葉に、アンリがゆっくりとソファから立ち上がり、俺に振り返る。


 細い首に掛けられ、胸元の開いたドレスの鎖骨の真ん中に揺れるネックレストップ。

 彼女の瞳と同じ色の青いティアドロップの宝石から、天使のような翼が両側にあしらわれたデザインのそれは、決して大きくも派手でもないが精巧に作られており、白金プラチナの輝きが彼女の白い肌に良く映えていた。



「如何でしょうか……?」


「ああ、良く似合ってる。綺麗だよアンリ」


「……嬉しいですわ……」


「大事にしてくれるか?」


「はい、もちろんですわ……!」



 重責からかいつも大人びて、少女で居られないアンリエッタ。しかし今俺に向けて笑顔を浮かべている彼女は、間違いなく16歳の少女だった。

 決して今朝夢で見たような光の無い目や、闇堕ちヒロインのような妖しい笑みではない。


 断じてあんな笑みを彼女にさせてはならないぞ、俺!



「あ……」



 今朝の夢見のせいもあったんだろう。俺は気付くと、可愛らしい笑顔を浮かべるアンリの頭を撫でていた。

 サラサラで艶やかな金色の髪は、まるでシルクのような肌触りで、いくらでも撫でていたくなる。



「たまには息抜きに俺の家に遊びに来い。みんなも紹介したいし、仲良くなってもらいてぇ」


「ですが、わたくしには王女としての責務が……」


「んなモン国王に押し付けてやれよ。たまには王女の肩書きなんか下ろして、ただのアンリとして振舞ったっていいだろ? お前ばっかり苦労すんのは俺が納得いかねぇ」


「まあ。相変わらずご自分勝手なのですわね……?」


「そうとも。俺はこの世界で、俺の納得いくように生きていきてぇ。それに俺は国のためにじゃなく、お前のために協力してるんだしな」


「ハクヤ様……」



 頬を赤く染めるアンリの、蕩けるような微笑み。


 って、イカンぞ俺!? 何をいい雰囲気作っちまってるんだよ!? 今はまだダメだ! このまま抱きしめて唇を奪ってそのままセッ〇スしたいけどまだヤっちゃダメなのだ!


 完全に自爆して理性崩壊の危機に陥る俺。

 ソファ越しで良かった。マジでコレが無ければ抱きしめてたわ。



「ま、まあ俺も、これからはちょくちょくこうやって遊びに来るつもりだからな。息抜きだと思って、気軽に相手してくれよ」


「ええ……。ありがとう存じますわ、ハクヤ様。わたくしはいつでも、貴方様を歓迎いたしますわ」



 俺は(自業自得だが)鋼の理性をフル動員して、なんとかそう誤魔化して彼女の頭から手を離す――――ってやめてアンリたん、そんな残念そうな顔しないで!? マジで理性がヤバくて本能が煩悩だから!


 こりゃあ、もした方が良いかもしれんな。


 そんな落ち着かない気持ちでいた俺だったが、その後はメイドさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、しばしアンリとのお喋りを楽しんだのだった。





 ――――しかし、あの夢はヤバかったなぁ。

 あんなスケスケのネグリジェを着たアンリにだったら、ナニをされても許しちゃうかもしれん。さすがに現実の彼女は〝聖剣〟を切ったりしないだろうし。


 そう思いながら、の中身を着た彼女を妄想し続けていたのは、ここだけの話だ。




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