#20 初体験をする童貞
「くっ……!? この……ッ!」
速いな……。さすがは狼男とでも言うべきか、獣じみた大胆な動きから、知能も有るぞ的なトリッキーなフェイントから、多彩な攻め手を駆使して俺を翻弄してくる。
鋭く伸ばした爪を振るい、その自慢の脚で蹴りを見舞い、物騒極まりない牙の生え揃った強力な顎で喰らい付いてくる。
「なん……!? くそっ……!」
まさに獲物を追い詰める狼の如く、途切れることのない怒涛の連撃。爪牙による斬撃に、強靭な肉体による格闘にと、なるほど自分のことを特別だと豪語するだけあって、他の数だけ居る魔物共とはひと味もふた味も違っていた。
「オノレ……! なんなのだ、貴様はッ!?」
「だから名乗ったじゃんよ。ハクヤだって」
ま、だからどーしたって話ですけど。
俺は頭を狙い突き出された鋭い爪を、それを突き出す手首を掴んでピタリと止めてやる。
いくら長い爪とは言っても所詮は爪だ。日頃殺意を込めて振るわれるフローラたんの剣に比べりゃ短いし、ギリギリまで引き付けて止めるのも余裕だな。
「くっ!? 放せ!」
「あいよー」
ご要望通りに手首を放してやると、警戒を強めたのか一足で跳び退り、俺との距離を確保する。
狼男……ベオはその野性味溢れる牙を剥いて、忌々しそうに俺のことを睨んでくる。
「貴様……! まさか人間にも、貴様のような強者が居るとはな」
「うんまあ、基礎スペックはさすがにお前らの方が高いみたいだけどな。だけどまあ俺はともかくとして、それも訓練次第だろ? 見てみろよ」
「ぬっ……?」
対峙するベオの視線を、俺は様子を見ていた方向へと指差し誘導する。そこでは――――
「ゴォオオオオオ!!」
「遅い! 【
ベオと同じくボスの側近らしいサイクロプスのハガくんを相手に、魔法と剣術を駆使して互角以上の戦いを繰り広げるフローラの姿があった。
それを見たベオは、より忌々しそうに唸り声を上げて、殺意を高めて俺を睨み付けてくる。
「アイツだって死に物狂いで訓練したんだ。〝将級〟だか〝ネームド〟だか知らんが、人はあそこまで……いや、もっと強くなれるさ」
「貴様が鍛えたと言うのか……? 一体何をした!?」
吠えるように、噛み付くように問い質してくるベオ。
いいだろう、教えてやろうじゃないか。
「特別なことは何もしちゃいねぇよ。ただ毎日、俺を殺す気で剣を振ってきただけだ。ただし……」
「ただし……?」
「ただし胸や尻を俺に触らせまいと、とにかく必死になってな!!」
これぞハクヤ式セクハラ
「いやぁ、やり始めた当初は、俺もここまで効果が現れるとは思ってなかったけどな? でも実際、五回に一回は俺の
「ふざけるなァッ!!」
おおう。さすがは狼男、怒鳴り声がクソデカくてうるさいな。
しかしコイツめ。せっかく俺の考案した強化メソッドを教えてやったというのに、聞いといて怒鳴るとは何事だ、まったく。
「ここまでコケにされたのは生まれて初めてだ。そんな
「だが事実、アイツは強くなってるぞ? 分かってねぇな。毎日毎日圧倒的格上の攻撃を防いだり、殺そうとしたりするその意味がよ?」
「ナニを……!?」
「試しに防いでみろや」
俺は大地を蹴り、一気にベオに接近して拳を振るう。
ベオは辛うじて反応が間に合い、顔と拳の間に腕を挟み込んで防御した。しかし威力は殺せておらず、防御ごと吹き飛ばされてしまう。
「分かったか? この攻撃に毎日身を晒してんだ、彼女はよ。強くなるに決まってんだろ」
「うご……ぅぐぐっ! き、キサマは……いったい!?」
「もう誰にもアイツを侮らせやしねぇ。アイツは、俺と一緒に魔王を倒す女だ」
俺もアイツももっと強くなる。そのためには、こんな所で躓いてるわけにゃあいかねぇんだよ。
だから悪りぃな、ベオ。お前はここで退場してくれ。
俺は再び地面を蹴って、拳を振りかぶった。
「キ、キサマァアアアああぷひゃッ!!??」
一発目のパンチで既にガタガタだった狼男――ベオに、トドメのパンチを叩き込む。ベオは今度は防御すらできずにマトモに喰らい、俺の拳で胸に風穴を開けながら吹き飛んでいき、その命を終えた。
「一発で倒せなかった敵はお前が初めてだったよ。あの世があるなら自慢してきな」
さて、〝
「はあッ!!」
「ウゴァアアアアッ!!??」
おお!? ちょうどサイクロプスのハガくんの大きなクリっとした一ツ目に、フローラの剣が突き立てられたところだったな。
断末魔を上げたハガくんは空を仰ぐようにして倒れ、動かなくなった。ハガくん……安らかに眠ってくれ……!
「私が……、〝将級〟のネームドを一人で……」
引き抜いた剣に付着した体液を眺め、肩で息をしながら呆然と呟くフローラ。
なんだかなぁ……。強くなったって実感が、今更ながら湧いてきたって感じだな。
「ああ、お疲れさん。見事な戦いだったよフローラ」
「ハクヤ……。お前の方は……などと、聞くのもバカらしいな」
「当然っ! 俺達の仲を引き裂こうとした間男は打ちのめしたからな、安心してくれよフローラたん!」
「バッ……!? だからなんでそうなるのだ!?」
喚くフローラの頭を、笑いながら撫でて宥める。
ほんと、からかい甲斐のある可愛いヤツだよなコイツは。次はどこを撫でてやろう――――
――――ゴルオオオオオオオオオオオオッッ!!!
「ッ!? ハクヤ!」
「ああ……。いよいよ
そんな、未だに包囲されながらもふざけていた時だった。腹の底を震わせるようなけたたましい咆哮が、戦場に轟いた。俺とフローラは即座に声の出処へと振り向き、身構える。
大地が地響きと共に揺れる。規則的に起こるその揺れは徐々に強く大きくなり、何か巨大なモノが歩いてくるのだと、容易に想像できた。
「ば……かな……!?
「おお、ドラゴン! 初めて見た!!」
なんだか驚いているフローラそっちのけで、俺はまさにドラゴンドラゴンした威容のソイツを見て、テンションをブチ上げていた。
緑色の鱗がビッシリと覆った巨大な
頭部に生えた二本の捻れた角で天を衝き、黄金色のギョロリとした大きな目玉が、俺達に向けられた。
「よもや、ベオとハガを倒すほどの猛者が居ったとはな」
俺なんか一口でパックリいけそうなほど巨大な口が開かれ、ズシリと威圧感すら感じるほどの重低音ボイスが、頭の上から浴びせ掛けられる。
「存外人類も侮れぬものだ。人間の小僧、そして小娘。我が許す。名を名乗れ」
もはや威厳すら感じる威風堂々たる佇まいで、俺達に名を問うてくるアースドラゴン。
チラリとフローラを横目に観れば、冷や汗を垂らして、歯を食いしばって威圧に耐えている様子だ。
「人様に名を訊ねる時は、まずは自分からってママに教わらなかったのか?」
気に入らねぇな。てめぇ誰に断って、俺のフローラたんを怖がらせてやがんだよ?
イラッとした俺は、逆にアースドラゴンに名を訊ね返してやった。
有るんだろ? ベオやハガと同じく、てめぇにも名前がよぉ?
「カッ……! 龍を前にして豪気な人間が居たものだ。良かろう、名乗ってやろう!」
声の圧が増す。ただでさえうるさかったその声はさらに大きく重たくなり、腹を震わせてくる。
「我が名はバモス! 【
いよいよ大詰めって感じだな。
名乗りを上げたアースドラゴン――バモスに、改めて名を問われる俺達。
だけど、その前に……!
「オラ、いつまで固くなってんだ!?」
「ひゃあんッ!!??」
剣を構え緊張に身を強張らせていたフローラの、ドレスアーマーの裾から手を突っ込んでその尻を……揉むッ!!
うむ! こちらは緊張知らずの良い柔らかさなり!
「な、なななナニをするんだ、お前は!? こんな時に!!??」
顔を真っ赤にして混乱に目をグルグルさせて、フローラが俺に食って掛かってくる。
「解れたかよ?」
「なっ!? …………むぅ……!」
ビックリして大声出して、緊張も解れただろ?
さあ、とっととこのデカブツをぶっ倒して、アンリの所に帰ろうぜ!
「俺の名は、ハクヤだ。お前を倒し、いずれ魔王も倒す男だ」
「私はハクヤの専属騎士、フローラ! この軍の総大将バモス! その首……貰い受ける!!」
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