#21 ドラゴンをいぢめる童貞



「魔王様を倒す? お前達たった二人でか? ようも大言を垂れるものだ」


「うーん? いや、まだ仲間は増やすと思うぞ?」


「え……? おい待てどういう事だハクヤ?」


「え、ちょ、フローラさ……ぐえっ!?」



 クロイツ砦近郊の戦いで、遂に魔王軍の総大将である地龍アースドラゴン――【地揺れアースクエイク】のバモスとやらと対峙した俺達。


 見上げるほど巨大なドラゴンに名乗りを上げた俺達だったが、俺ちゃん何故か愛しい俺の騎士様に襟元を絞め上げられておりますっ!?



「聞いてないぞ? どこのどいつだ? 私では不満なのか? いつそんな話になった? アンリエッタ殿下はご存知なのか? 言っては何だが今の私は相当強くなったはずだな? まだ誰か女を囲うつもりか? レイラは? モカは知ってるのか?」


「お、おい……娘よ……?」


「黙っていろバモス!」


「うぐ……!?」



 ちょ……くるっ、苦しいよフローラたん!?

 そっかーこの肉体からだでも首が絞まれば苦しいんだなー。これは発見だなー、ははっ!

 じゃねぇっての!? マジで! マジで絞まってるから! 無呼吸でどれだけ保つかもいずれ調べたいけど今じゃない! 今じゃないのよフローラたん!?


 っていうかさっきまで散々ビビってたアースドラゴン相手に怒鳴るとか、これはアレか!? 嫉妬ってヤツだな!? ヤダもうフローラたんってばかわいい……って、じゃなくて苦しいから! 首絞められてたらお返事できないからぁっ!?



「お、おい? その男、お前の主ではなかったのか……?」


「黙っていろと言っている!!」


「ぐぬっ!? こ、こやつ……!」



 おお、バモスさんもタジタジだな。とりあえず俺は襟を絞め上げているフローラたんのお手手をペチペチしよう。



「不敬だが殿下をお求めになったのは国への協力の対価だと聞いている。それは良くはないが私ごときの領分でもないから置いておこう。レイラも家の世話に欠かせぬ。モカも留守には必要だ。ショコラとココアはこの際人助けだと納得しよう。それで? まだ女を増やす必要があると言うのか?」



 いやあのフローラさん!? 顔が怖いんですけど!?

 笑って!? 美人なキミには笑顔が良く似合う……って、まだ絞める力増やすの!? なんか横目で見たらバモスさん若干シュンとしてるし! ドラゴンでも落ち込むと顔に出るんだね!?


 ああもう! 話が進まねぇ!?



「さあ答えろハクヤ。私以上にお前の横に立つに相応しい者は居ない。そうだろう? なあ?」



 ぐぬぬ……! このままではフローラ闇堕ちヤンデレバッドエンドになってしまう!?

 こうなれば多少リスクは伴うが……! 秘技ッ!!


 俺は目にも止まらぬ速さで、それでいて繊細に手を動かした。

 俺の顔を圧力と共に見詰めているフローラの視界の外で彼女の胸鎧の脇にある留め具を外し素早く取り払い、いつもの訓練時とは違う肌にピッチリ張り付くようなインナーを露出させる。

 そしてたわわに実ったその二つの楽園の果実を……掌握する……ッ!! ムニュン、と。



「……ん? 『ムニュン』?」



 これぞ秘技【コッソリおっぱい掌握拳】!

 あはぁん、やわらかぁ〜♡


 ええはい。俺はその後、思いっきり殴り飛ばされましたよ。いやぁ、身体のキレも上がってるからいいパンチだったぜ、マジで。





「……もう、痴話喧嘩は良いのか?」


「ち、痴話喧嘩などしていない!!」


「そうだぞバモス。あれはどちらかと言えば一方的なドメスティックバイオレンス……いえ、何でもございません麗しのフローラさま。あとおっぱいごちそうさまです」


「ば、バカ者ぉおお!!!」



 胸鎧を付け直したフローラと共に、改めてアースドラゴンのバモスに対峙する。

 コイツもコイツでよくもまあ大人しくコントが終わるの待ってたよな?



「龍は長命ゆえ、気が長いのでな」


「いや心読むなや」



 戦闘前の緊張感も今となっては何処へやら。俺達は完全にリラックスした状態で向かい合っていた。



「まあ、良い。いい加減我も砦を落としに向かいたいのでな。お前達には悪いが、踏み潰してくれよう」


「ハッ、抜かせ。お前なんぞ俺がイイコイイコしてノドもゴロゴロしてお腹もワシャワシャしてやんよ!」


「痴話喧嘩じゃないもん……っ」



 思考を切り替えたのか、バモスの雰囲気がガラリと変わる。殺意が風のように叩き付けられ、威圧感が実際の重圧となって身体にのし掛かってくる。


 俺や未だにブツブツ言っていたフローラも臨戦態勢となり、ボスの手前勝手に動けないのだろう周りを囲む魔物共が、一斉に数歩後退った。



「会う時と所が違えば、また違った関係となれたやもしれぬな」


「同感だが、情けは要らねぇ。全力で来いや、バモス」


「応とも」





 ◇





「たああっ!!」


「ぬぅっ!? ちょございなッ!」


「オラこっちがガラ空きだぞ!!」


「ムグォッ!?」



 俺とフローラの連携に、アースドラゴンのバモスが苦悶の声を上げる。

 フローラが鋭い剣戟で傷を負わせ、注意の逸れた隙に俺の拳が鱗を叩く。時には役割を交代し、俺が引き付けてからフローラが魔法を撃ち込む。



「ははっ! なんだかんだで息ピッタリだよな、俺ら!」


「毎朝殺し合ってれば呼吸も読めよるようにもなる! それより油断するな! 来るぞ!!」


「ガアアアアッッ!!」



 フローラの鋭い声と同時に、バモスが咆哮を上げる。長く強靭な尾がしなり、鞭のように凄まじい速度で振るわれる。



「おぅらッ!!」


「なにィッ!?」



 振るった際の凄まじい風圧で、周りの小型の魔物達を吹き飛ばしながら俺達に超高速で迫るその尾を、俺はフローラを庇うように立ちはだかって身体全部で受け止める。


 ちったぁ痛てぇけど、まだまだ余裕で耐えられる程度の痛みだ。例えばそうだな、『血の繋がってない義理の妹が朝ベッドで寝ているところに、お兄ちゃん起きて♡ ってフライングボディープレスをカマしてくる』くらいの衝撃だ。そう思えばむしろご褒美! お兄ちゃん頑張っちゃうからっ!!



「どっせぇええええいっ!! 地龍一本背負いじゃあッ!!!」


「バカなッ!? 龍である我が力で負け――――ギャブウッ!!??」


「今だフローラ! ボコれボコれ!!」


「おう! はああッ!!」


「グガアアッ!!??」



 受け止めた尾をそのまま引き込み、背中に担いでバモスを地面から引っこ抜く。そのまま勢い任せに大地に叩き付けて、仰向けとなり晒された腹部をフローラが斬り付ける。


 いや、ノリでカマしてみたけどさ、俺ってばドラゴンに力比べ勝っちゃったよ。マジでチート過ぎん?



「ち……調子に乗るなァアアアアッ!!!」


「どあっ!?」


「きゃあッ!? くっ、土属性の魔法か!?」



 バモスが再び咆哮を上げると、ヤツの周囲の地面が突然揺れ出した。それだけでなく大地に亀裂まで走り、揺れと共に勢いよく隆起しやがった。



「【大地の怒りアースクエイク】!!」



 それはヤツの二つ名の通りの、強烈な地震だった。俺達は堪らずバモスから距離を取り、隆起した地面や迫る地割れの範囲から離脱する。


 いやこの魔法って、王国軍との衝突中に使われたら一発でアウトなヤツじゃん!? あっぶねー! 援軍に入った時に連中逃がしといて良かったわぁー。



「魔法ってのはこんなこともできるんだな。俺も使ってみてぇなぁ」


「呑気に言っている場合か!? 次が来るぞ!!」



 フローラに叱られながらバモスに視線を戻すと、何やら頭をもたげて喉元を膨らめている――――ってまさか!?



「【大地の咆哮グランドハウリング】!!」



 やべぇビームだ!? ドラゴンブレス撃ちやがった!?

 おま、こんなとこで撃ったらテメェの配下共まで巻き込んじまうぞ!?



「死ぃねぇえええええええ!!!」



 あ、こりゃダメだわ。コイツ頭に血ぃ昇って俺らのことしか見えてねぇわ。だったらしょうがねぇ……!



「フローラ、俺の後ろに!!」


「わ、分かった!」



 俺はフローラに背に隠れるよう素早く伝えると、これまでで最も強く、女神からもらった祝福ギフトを意識する。


 身体を強く、どこまでも強く。力を増せ、何よりも誰よりも!

 足を踏ん張り、拳を握りしめて、迫る極光に振りかぶる。



「どぉおおおおりゃああああああッッ!!」



 俺の渾身のパンチと、バモスが撃ち放ったブレスがぶつかり合う。


 まだだ、もっとパワーを! 弾いただけじゃ周りに被害が及んじまう。もっと強くパンチを振りきれ! そのままアイツに跳ね返せるくらいに……!!



「いっ……ちまえええええええええええッッ!!!」


「ば、バカなぁああああああああッッ!!??」



 俺のパンチの圧力のせいか、ビームに見えて実はボールだったのか。拳を振り切った時には見事にブレスは跳ね返り、バモス自身に牙を剥いた。

 ヤツはあまりの事態に躱そうとすることすらできずに、自身が放ったブレスをモロに喰らった。


 轟音と衝撃、そして大爆発が、魔王軍の本陣の真っ只中で猛威を振るい、周囲に湧いていた大量の魔物諸共に消し飛ばした。



「……やればできるもんだなぁ」


「信じられん……! 龍のブレスを跳ね返すなど……!? しかも殴って!?」



 いや、できちゃったモンはしょうがないじゃん。

 だからフローラたん、そんな信じられない変態を見るような目で見ないでくれる? 俺傷付いちゃうぞ?



「むっ!? ハクヤ! まだヤツの魔力は消えてないぞ!」


「マジか!? あんだけの大爆発で生き残るとか、ゴ〇ラかよ……!?」



 まあ、そうは言ってもかなりのダメージは受けたはずだ。驚きはしたが切り替えて、トドメの一撃をカマしてやる!


 俺は地面を強く蹴って、爆心地のクレーターに一気に飛び込んだ。

 アイツの、バモスの魔力は確かに残っていて、俺はその魔力に向かい拳を振り下ろした――――



「ふぇえええええんッ!! ひどいよぉ〜っ!! パパにもこんなにされたことないのにぃ〜っ!! もういぢめないでぇ〜〜っ!!」



 ――――振り下ろした拳は、止めざるを得なかった。


 だって、そこには……。

 16歳くらいの見た目の、角は生やしていたがめっちゃカワイイ美少女が、べソをかいていたのだから。




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