#17 色々思い出したので八つ当たりで分からせる童貞



 その人は、いつも俺には笑顔を向けていた。

 仕事がしんどくても泣き言を言わず、暴力を振るわれても大丈夫と言い張り、身も心も痩せ細っていたその人は……俺の母親だった。


 子供ガキの頃には分からなかったが、俺の父親だった男はいわゆる〝毒親〟というやつで、日常的に母にDV……家庭内暴力ももちろんだが暴言なども浴びせていた。


 小さな頃に母と一緒に風呂に入った記憶で蘇るのは、顔以外に無数の痣や傷をこさえた母の身体だ。いつもはそれを人に見せないよう、夏でもタートルネックの長袖の服は脱いでいなかった。

 俺はいつも母に抱かれ、庇われて、耳元で『大丈夫』と繰り返しながら背中を蹴られる、そんな母の痛々しい笑顔を見て育った。


 小学校高学年になり自分の事はある程度できるようになると、俺は個室を与えられて父親が居る時は出てこないように言われた。それから高校に上がるまでの五年間は、仕事から帰った父親の暴言や暴力の音を。呻いたり、父親の情欲の捌け口になって喘ぐ母親の声を扉越しに聴く毎日を過ごした。

 俺にできたのは、父親が居ない時に家のことを手伝ったり、母の手が届かない箇所に湿布や絆創膏を貼ってやることくらいだった。あとは母の希望通りに、ひたすら全寮制の高校を目指して部屋と学校で勉強に励んでいた。


 志望していた全寮制の高校に無事合格し、俺は母に携帯を持たされた。母は何かあれば実家に行くからと俺を安心させ、母の連絡先しか入っていない携帯と共に家を出た。


 高校では進学は考えず、卒業と同時に働いて母と暮らそうと決めていた。あんな男でも一家の大黒柱で、俺と母はあの男に生かされていたからだ。

 母と二人で働きながらなら、充分に普通程度の生活はしていけるはず。そう思って定期的に母とメールのやり取りをしながら、学校生活を送っていた。


 しかしそんな高尚な決意も、母とのやり取りも。電話帳に友達の名前が増えるにつれて薄れていき、愚かにも段々と煩わしいとすら思えてきた。


 高校を卒業し就職も決まり、その時にはすっかり頻度を落としていたやり取り相手……母に報告に帰った。

 そんな俺を待っていたのは、母の遺影と位牌、そして遺骨だった。父親の男はそんな母の、仏壇すら用意されていない遺影に向かってクダを巻き、酒に溺れていた。


 俺はすっかり体格が逆転していた父親だった男を殴り、蹴り、散々に打ちのめして気絶させた後に、母の遺影と位牌と遺骨を奪って、母に教えられていた実家へ向かった。

 実家の祖父母は悲しんで、それでも温かく迎え入れてくれたが、俺はアパートを借りる金と当面の生活費だけを貸してもらい、その家も後にした。


 後ろめたかった。祖父母の優しさが辛かった。あの家で父親から俺を守り続けてくれていた母を、俺にしかできなかったのに助けてやれなかった自分に憎しみしか湧かなかった。


 なぜ連絡を怠った? どうして母の窮状に気付いてやれなかった? 教師に相談していれば。実家ともちゃんと関わりを持っていれば。


 〝たられば〟ばかりが頭の中を巡り、当初の希望に満ちた新生活は味気ない始まりを迎え、その日から俺はただ目的もなく一人暮らしをしながら、就職した会社で働いていた。


 同期や先輩、会社の同僚の男達は働きながら恋人を作り、一人また一人と家庭を築き、幸せそうにしていた。

 だけど俺は怖くて。あの男の息子である俺もいつか恋人となった、妻となった女性に暴力を振るうのではないかと怖くて、特定の相手は作れなかった。





 作り笑顔ばかりが上手くなり、一人寂しく暮らす毎日。

 動画と右手が俺の恋人で、そのまま一生そうして生きていくんだと考えていた、29歳になっていたある日。


 『俺にも恋人ができた』と、童貞の友であった同期の男から満面の笑みで報告を受けた。

 スマホの待ち受けの彼女を見せびらかし、セッ〇スの良さを得意満面にご高説下さった元童貞の友の言葉に、俺は久し振りに悔しさというか……とにかく心を揺り動かされた。


 そうして意を決して財布に十万ほど突っ込んで、俺は風俗店へと行ったのだった――――





 ◆





 ……エラい久々に昔の夢を見たな。


 時刻は朝の6時前。

 階下ではレイラが朝食の支度を始めているのであろう良い匂いが、寝起きの顔に風を当てようと開けた窓に届いてくる。


 その窓に肘を掛け、俺は今の拠点となっている王都の街並みを眺めながら、夢の内容を反芻していた。


 俺の原点にして原風景。

 力無い俺を守る、強く儚い笑顔を浮かべていた母親だった女性。そんな彼女を痛め付け虐げる、父親だった男。


 この世界に転生して、童貞を捨てるために世界を救う決意をした俺の元には、将来制約が消えたら肉体関係を結びたいと思える女性ひと達が集まっている。


 この国の王女アンリエッタ……アンリとは、既に魔王軍を退けた後は身柄を寄越すよう、なるように話を着けてある。あの賢いお姫さんなら承知の上だろう。


 しかし俺専属の騎士となったフローラや住み込みメイドのレイラ、ムカつくメスガキのモカには、まだ俺の能力のことや制約については話をしていない。

 アンリにも話した訳じゃないが、彼女は城暮らしで同居はしていないから、まず話すべきは共に暮らしている彼女達だろう。


 それと一緒に改めて彼女達に誓おう。

 俺は父親のようにはならないと。前世の29年間の記憶は確かに存在しているけど、せっかく転生し若返ったのだし、まったく別のハクヤとしての人生を楽しもうと。


 俺が前世でできなかったことをしよう。

 セッ〇スももちろんだが、母を助けてやれなかった分だけ、女性には優しくしよう。すっかり女性に暴力を振るうのは嫌いになっているが、それをこれからも大切にしよう。


 きっとあんな夢を久し振りに見たのも、レイラの家族を思う決意に触れたり、故郷さとで虐げられていた双子の目を見たりしたせいだろうな。

 もっと言えば、頑張ったのに責められていたフローラや、国や民のために俺に身体を捧げたアンリのような女性のせいもあるかもしれない。


 ……モカ? アイツはいつか犯して分からせる。絶対にだ。



「ハクヤ、何をしてる!? もうとっくに朝の鍛練の時間だぞ!?」


「まだ眠いよ〜フローラ〜。ウチは充分強いしぃ、ご主人様(笑)と仲良く二人で鍛練しなよぉ〜」



 そんな物思いに耽る俺を、庭から呼ぶ声が聞こえた。

 今日も今日とて真面目ちゃんな女騎士フローラたんと、クソ生意気なメスガキのモカだ。


 鍛練は裏庭でやるが、勝手口を使うのは朝食の支度をするレイラの邪魔になると思ったんだろう。玄関の前の庭で身体を解しながら、ブー垂れるモカをフローラが叱咤している。



「おーう、今行くわー」


「早く来るのだぞ? 私は先にモカと軽く打ち合ってるからな」


「やーだなー。ていうかご主人様(童貞)って戦えるのぉ? 動きとかも素人クサイし、しかも童貞だし! 訓練に乗じてイタズラしちゃおっかなぁ〜♪」



 ……ほう? いいのかモカ、そんなこと言って……?


 俺は未だにブーブー文句を漏らしているモカの横顔を見て、思わずほくそ笑む。

 このメスガキが……! セッ〇スはまだ無理だけど、ほんっとに分からせてやろうじゃねぇか……!


 お前が言ったんだぞ、『イタズラする』ってな?

 イタズラしてもいいのはされる・・・覚悟がある奴だけだってことを、そのチミっぱいなスレンダーボディに叩き込んでやるッ!!





「んやはぁああッ!? そ、そんなとこ触っちゃダメぇー!?」


「オラァ! 必殺の裏モモ頬擦りじゃー!!」


「きゃうぅっ!? ごめ、ごめんってばー!?」


「まだまだだぜッ! 奥義! 二の腕プニプニ&脇クンクンんんーッ!!」


「いやぁあーーんッ!!??」



 オラどうしたメスガキがぁ! そんなモンでこの家の警備員が務まると思ってんのかァ!?



「オラ喰らいやがれ! 臀部振動掌握拳(振動バイブ強め)!!」


「いいいやあああああああッッ!!??」


むごいな……! 私も傍から観るとあんなコトをされていたのか……」



 安心してくれフローラたん!

 このメスガキに存分に分からせたら、次はお前との訓練だからな!!




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