#08 童貞は号泣した



「死ぬかと思った! 死ぬかと思ったぁっ!!」


「よしよしフローラたん……! 俺の胸でたんとお泣きっ! 俺が慰めてあげるよ!」


「やかましいっ! 全部貴様のせいだろうがぁッ!! あとフローラ『たん』って何だ『たん』って!!」



 さてさて。あれから前線となった街の魔物共を蹴散らして、無事に援軍の騎士達が到着したから雑魚狩りと生存者の捜索は押し付けて、俺は王都へと帰って来ていた。

 街の防衛を任されていた美人女騎士、フローラも一緒だ。


 彼女も報告やら何やらあるだろうし、戦争で情報は何よりも価値があるってことくらいは俺でも知ってたからな。

 馬の速度じゃかったるかったもんだから、とりあえず俺がおんぶして連れて来たのよ。ついでに報告の材料になると思ってブラッドオーガも引きずってきました、ハイ。



「そう怒るなよ。馬より遥かに早かっただろ?」


「速過ぎるのだバカ者ぉ! あんな速度で落ちたら死んでしまうだろうがっ!! あと貴様、人の尻を触りたい放題に触っていただろうッ!?」



 ふっ、甘いぜフローラたん。

 あ、いや、お尻はもちろんまさぐらせて頂きましたがね? とても柔らかくてお手手が幸せでございました!

 騎士だからって甲冑じゃなくてドレスアーマーってのが最高だよな! スカートみたいな腰鎧の下はもうインナーとフトモモなんだもの!!


 だが、それだけではないぞ!!



「あとはフローラたんがしがみついてくれたおかげで、お背中が大変気持ち良かったです!」


「力説するなバカ者ぉおおおおおおお!!!」



 上半身裸の俺の背中に、俺が貸したシャツ一枚越しに押し付けられ潰れる柔らかな感触……! しかも振り落とされまいと必死にしがみついてくるもんだから、わざとジャンプしたり蛇行したりして感触をたっぷり味わえました!


 ああーっ、早く夜になってくれないかなぁーー!! 感触を思い出しながらのが、今から楽しみでしょうがないぜ!!


 ちなみに羞恥と怒りでお顔が真っ赤なフローラたんは、現在腰を抜かしてへたり混んでおります。まあ馬より速い乗り物になんか乗ったことないだろうしね、無理もないか。


 ちょこっとだけ、またマウント取って殴られるかなーって期待してたんだけど、残念だ。

 ……公衆の面前で公開暴行プレイか……。新しいな!



「は、ハクヤ殿! 並びにマクシミリアン卿! 馬車と荷車の支度が整いました!」



 そうこうやって女騎士フローラをイジって楽しんでいると、王都の入場門の警備兵が慌ただしく走ってきて大声で伝えてくる。

 俺はブラッドオーガの死骸を荷車に放り投げてから、フローラと共に馬車に乗り込んだのだ。



「なあ。マクシミリアンって、フローラのこと?」


「そういえば家名は教えていなかったな。どこにでも在る騎士爵の家の名だ」


「ほーん。武家の娘ってことか」



 微妙に表情が曇ったのが気になるところだが、お家の事情に深入りはすまい。愚痴をこぼしたくなりゃそん時聞いてやればいいだろ。


 そうして俺は馬車に揺られながら、正面で姿勢正しく座る女騎士様の、たゆんたゆんやおみ足を眺めていたのだった。





 ◇





「そうでしたか……。防衛軍は全滅と……」


「まことに面目次第もございません。現在王女殿下がお送り下さった援軍による、生存者の捜索と都市の復旧作業のための調査が行われております」


「そうでしたか。報告ご苦労様でした。まずは身体を休めなさい。今後の事は追って通達します」


「はっ」



 女騎士……フローラによる報告がアンリエッタ姫に対して行われている間、俺は部屋の隅っこで椅子に座って、メイドさんが淹れてくれたお紅茶を啜っていた。


 ついでにステータスも確認したんだが、昨日と今日だけでレベルは一気に20に上がっていた。

 まあブラッドオーガって強いらしいしね。経験値的なものがたくさん得られたんだろう。



「ハクヤ様からも、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「擦り合わせか? 構わないが、手早く頼むぞ?」



 俺に話を振ってきたアンリエッタに振り返る。フローラは一礼して執務室から退室していった。


 急がねば……! フローラは謁見に際して正装に着替えてきていた。ということは、は脱がれており、彼女の私室なり借りている部屋なりに在るのだろう。


 俺は今夜のの無事を祈りながら、俺の半裸に頬を赤く染めるアンリエッタに、事のあらましを語っていったのだった。


 なぜ服を着ないかって?

 決まってるだろう! その方が自然にシャツを返してもらえると思ったからだ!!





「ハクヤ様、本当にご苦労様でございました。兵達は残念でしたが、街を奪還して下さって心より感謝申し上げます」


「礼なんかいい。俺のためにしたことだしな。それじゃ、もう行くぞ?」


「は、はいっ。褒賞のお話などはまたまとまり次第に。ハクヤ様にはこの先この国で――――」


「ところでなんだが」



 俺はなにやら小難しい話を始めそうなアンリエッタを制して、逸る気を鎮めながら落ち着きを装いながら、目下最重要となる情報を聞き出すために口を開いた。



「フローラの部屋って何処なんだ?」





 急げ……! 急げ急げ急げ……ッ!!


 未だ把握できていない広い城内を、それでもアンリエッタ姫の引き攣った笑顔(なんなんだろうな、アレ?)の助言に従いながら駆け抜ける。



「くっそ! 無駄に広すぎだろお城ってのはよぉ!? やっぱあん時半分くらいは壊しとくべきだったか……!」



 急がなければ、早くしなければ俺のが……!



「あそこか!!」



 アンリエッタに教わった場所に遂に辿り着く。

 俺は石の廊下を滑りながら減速し、目標の部屋の前でピタリと止まりドアを連打する。



「オラ開けろフローラ! 居るのは分かってんだぞ!!」



 生真面目そうなアイツのことだ。王女殿下に休めと言われたら否も応もなく休んでいるに違いない。俺はさらにヒートアップしノックの速度を上げる。



「コノヤロウてめぇフローラ! 居留守使ってんじゃねぇぞ!? 早く出てこねぇとこのドアぶち破るぞコラ!?」



 なんだよあの女騎士めぇ!! 助けてやった恩を忘れたのかッ!? ちくしょうこうなったらマジで力ずくで――――



「ハクヤ? 何をしているのだ人の部屋の前で?」


「ああんッ!?」



 聞き覚えのある声に顔を巡らせれば、俺が来た方角とは反対の廊下の角から顔を覗かせた女が一人。誰あろう、俺が探していたフローラ本人だった。


 マジで留守だったんかい……!? と、いうことは俺ってば無人の部屋に向かって怒鳴り続けてたってこと!? あらヤダ恥ずかしいっ!?



「や、やあフローラ……! ごごご、ごきげんよう?」


「……先程別れたばかりだろうに。それに部隊を全滅させた指揮官にご機嫌も不機嫌もあるまい。嫌味か?」



 おっと不味いぞ!? フローラたんってば思いの外落ち込んじゃってるみたい!?

 いかんぞこれは! 彼女には快くオカズ……もとい俺のシャツを返して貰わねばならないのに!!



「すまない、嫌味のつもりはなかったんだ。ところでフローラ、走ってきたせいで疲れてしまったから部屋で少し休ませてくれ」



 よし、我ながらナイス言い訳だ! 疲れてると言えば実直な彼女はもはや追及はできまい。さらに自然に部屋に入れてもらえるというオマケ付きで――――



「休ませるわけなかろうバカ者! 未婚の女性の部屋にホイホイ来るな戯け!」



 あっるぇえええ??

 おかしいぞ? 完璧なる俺の計略が瓦解したぞ!?


 いやいや、フローラたん!? そこは快く頬を染めながら迎え入れるところ――――



「いいからお前も自室に戻れ。敗戦の将と居てはハクヤの名にも傷が付いてしまう」


「いや、そんなのは別に……」



 んだよ……! 今になってそんな辛そうな顔すんなよ。

 部下達の仇も討ったし、街も取り返した。それでいいじゃねぇかよ……!


 俺は思わず、綺麗な顔に陰を落とすフローラの頭に、ついつい手を置いてしまった。



「あんま気に病むんじゃねぇぞ。街は多少壊れたが、まだ俺らのモンなんだからよ」


「ふっ、なんだ? 優しい言葉も吐けるのだな、その口は」


「てめぇ、人が気遣ってやってるのに……! まあいいや、戻るわ。汗かいて風邪引きそうだからシャツ返せよ」



 よっし! 予想外のアクシデントだったがちゃんと言えたぞ!! さあ返せ! 今返せ! さっさとお宝・・を返しやがれ!!



「ああ、お前のシャツだったら、つい先程洗濯場に預けてきたところだ。明日の朝にはシミひとつ無くなって返されるはずだぞ」


「……え?」



 なん……だと……?

 お、おいおいフローラたん。冗談はよしてくれよ……?



「マジで? 洗濯しちゃってるの……?」


「ああ。ここから少し離れた所だし、もう洗ってるだろうな。ハクヤの物だから急げとも言っておいたしな」



 な、なんてことを……! なんてことを……っ!?

 こ、これがぁ……!



「これが人のやることかよぉおおおおおおおお!!??」


「は、ハクヤ!? 何だ急に!?」



 俺は泣いた。泣き崩れた。


 フローラの汗が! 香りが!! フェロモンが!!!

 泡と共に水に流され消えていく様を思い浮かべ、男泣きに咽び泣いたぞド畜生がぁあああーーー!!!



「俺の今晩のがぁあああああーーーーッ!!!」



 あとにはただ俺が号泣し上げた絶叫だけが、城の廊下に木霊していた。




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