#07 童貞に目を付けられた女〜アンリエッタ・サンク・ド・グリフィオーネ〜
「
「ぎゃああああああああああああ!!??」
あの日、わたくしの世界は一変してしまいました。
わたくしの名は、アンリエッタ・サンク・ド・グリフィオーネ。このグリフィオーネ王国の王女ですわ。
この世の支配と人類の隷属を目論む魔王軍に対抗する、人界の最前線となっている国、それが我が国グリフィオーネなのです。
国交もあった隣国が魔王軍に打ち滅ぼされ、明日は我が身であった我が国の上層部は、グリフィオーネに伝わる秘術、【勇者召喚の儀】によって異世界より勇者様を招くことを決定しました。
儀式に必要なのは〝帝級〟の魔石と、ただ一度しか使えない召喚陣の刻まれた国宝の魔導具です。
かくして、国軍の総力を以て討伐するような強大な魔物から得られる魔石と、召喚の魔導具は砕け散り、あのお方――ハクヤ様がこの世界へとやって来られたのです。
……全裸で。
「あ? ステータス? って、うお!? なんか出た!? あ、ちょ!? 勝手に見んなよ!?」
衣服を貸し与えられることもせず、真っ先に確認されたステータス。そこには確かに【異世界の勇者】という称号が、燦然と輝いていたのですわ。
しかし愚かな我々はその横にある【操を守りし者】という称号に触れ、あろうことか笑い物にしてしまいました……!
激怒されたハクヤ様は、ステータスでは確かにレベル1であったはずなのに、その場で大立ち回りを演じ、信じられないことに我が国の近衛騎士達を圧倒してしまったのです……!
その後は玉座を明け渡し、なんとかお怒りを治めていただきましたが、我が父親である愚王によってまたも逆鱗に触れ、歴史ある玉座の間は半壊させられてしまいました……。
修復にどれだけの金額が掛かることか、あの愚王はちゃんと解っているのでしょうか……。
その後異世界のお方を貴賓室へとご案内し、わたくしは愚王の……父上の元を訪れました。
目的はもちろん、今後の異世界のお方の扱いについて決定するためです。
「父上、やはりあのお方に全てをお委ねするより道はないのでは?」
「じゃがの、アンリ! あヤツめ、このワシに対しあのような無礼をっ――――」
「それは父上が彼の逆鱗に触れたからでございましょう!? 危うく我等の城が破壊されるところだったのですよ!?」
「うぐ……っ!」
「そのようなメンツなど、あの玉座の間と共に既に崩れ去っておりますっ。近衛騎士団総掛かりでも止められないお方を、どのようにして罰すると言うのですか!?」
「うぐぐぅ……っ!」
本当に、プライドだけはご立派な父上を糾弾する。
思わず溜息が出そうになるのを堪え、わたくしは頭を冷やしながら今後の対応策を思案いたしました。
「レベル1ですらあの鬼神のごとき強さなのです。彼は間違いなく勇者様ですわ。ここは我らがへりくだり、ご助力を願うしかございませんわ」
「じゃが……、あヤツまだ怒っとらんかのう……? ワシは本当に殺されるかと思って、本当に怖かったんじゃ……!」
「はぁ……! 分かりましたわ。父上は確認だけで結構です。彼との折衝は、わたくしが担いましょう」
「んな!? き、危険すぎる! よすのじゃアンリよっ!?」
「危険だろうと何だろうと、やらねば国は滅び民は殺されてしまいますっ! じゃあ何ですか!? 父上が彼のご機嫌をお伺いして、首尾よく魔王軍への援軍に就いて下さるようお願いできるのですかっ!?」
「うぐっ!? そ、それはじゃな……!?」
「我が国の王を筆頭に、あの場に居た重鎮全てが彼を嘲笑ったのですよ!? 王族がお相手を務める理由が、これ以外にまだ必要と仰るのですか!?」
「ふぐぅ……っ!」
本当に、情けのない……!
我等が愚王は戦争に臨むには気性が
「今後、我等がグリフィオーネ王国に安寧が訪れるまでの間は、彼と共にわたくしが先頭に立って魔王軍に相対します! 異論はございませんわね、陛下!?」
「いや、そのな、アンリよ……」
「ご ざ い ま せ ん わ ね ッ!?」
「はいぃっ!」
……コレって
こうして、わたくしは彼の処遇と戦さに関する全権を手中に収めたのですわ。
◆
「魔王軍を討ち滅ぼし、魔王を倒した暁には……。アンリエッタ、お前をもらう」
なっ、何を仰っておりますの、このお方は!?
わた、わたくしをもらうですって!? そそそそれはつまり、き、求婚……ッ!?
しかし無条件ではなく、ハクヤ様はわたくし共に三つの条件を課されました。
一つ、国政への不干渉。
二つ、彼を政治の駒としないこと。
そして三つ目が彼が仰ったように、わたくしの身柄でした。
ど、どうしましょうどうしましょう!?
わたくし、殿方からこのように求められたのは生まれて初めてですわっ!? 父上!? わたくしこの場合、どうしたら良いのですか!?
そう思い傍らの父上を窺うと……あ、これいけませんわ。顔を真っ赤にして怒ってらっしゃいますわ。これダメダメですわ。
「ふざけたことを
「それでかまいませんわっ!!」
「なっ!? あ、アンリっ!?」
父上の言葉を遮り、了承の意を伝えます。せっかくまとまりかけたご助力のお話を、愚王のせいで振り出しに戻す訳にはまいりませんっ。
ただでさえ愚王は二度もハクヤ様を怒らせているのです。三度目があるとは思えませんわ……!
今はわたくしが彼に関することでは全権を握っておりますから、たとえ国王たる父上でも文句は言わせませんわ!
「いいんだな、アンリエッタ? 一度吐いた唾は飲み込めないぞ?」
「かまいませんわ。わたくしの身を捧げれば、ハクヤ様はお力を貸して下さるのでしょう?」
「もちろんだ。そしてこうも約束しておく。俺は絶対に、お前を不幸にはしない……ってな。心も身体も愛し尽くすことをここに誓おう」
……なんでしょうか、この胸の高鳴りは。
生まれてより16年。既に亡くなられている母上やここに居る父上には、十二分に愛して頂いていたと思います。
ですがこれは、その時の歓びにも似て……しかし形容し難い何かがハッキリと違っています……!
……これが、恋なのでしょうか……!?
わたくしは夢見心地のまま、その後のお食事と会話の時を過ごしたのでした。
ハクヤ様は、己の力を高めるために、果敢に戦うことを望まれました。
わたくしはそれでしたらと、現在苦戦している都市の防衛戦へのご助力を願い出ましたが、彼はアッサリと了承してくださり、援軍の騎士達を引き連れて出撃して行きました。
それが既に、二日前のこと。
彼の戦功を、都市の無事を、我が国の民や兵達の無事を祈ります。ただ待つことしかできないこの身が恨めしく思えます。
「アンリエッタ殿下!! 勇者殿が! ハクヤ殿がお帰りになりました!!」
「……はい?」
執務室で窓から彼が向かった都市の方を眺め、祈りを捧げている時でした。
わたくしの側近が、そんな有り得ないことを伝えてきたのです。
「何を申しているのですか? 彼は一昨日出撃したばかりなのですよ? いくらなんでもたった二日で帰還するはずが……」
まず都市への移動に馬でも一日は掛かる。苦戦している都市の防衛戦に参加し、それから戻って来るなどどう考えても二日では不可能ですっ。
バカにされた気分で、そしてまさか彼が逃げ帰ったのではと、信じられない気分でそう問い質すと、わたくしの部下はこう言ったのです。
「いえ、そのまさかなのです! 都市は一時占領されるも、ハクヤ殿が即座に奪還! 防衛軍の長であるフローラ・マクシミリアン卿を伴い、たった今凱旋されました!!」
「な、なんですってぇええええーーーーッ!!??」
執務室に、最近上げてばかりのわたくしの大声が響いたのでした――――
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