プロローグ③


 とりあえず、まずは貰った服に着替えてみた。


「まぁ、悪くないかな」


 軽くて通気性も良く快適。染色料があれば好みの色にも染められそうだ。


「あ」


 靴はどうしよう。ずっとパンプスを履いているのも窮屈だ。


「あとでまるに聞いてみよう」


 パンプスを脱ぎ捨てベッドに倒れ込む。


「うっ」


想像していたよりずっと柔らかくなかった。倒れ込んだ衝撃で身体のあちこちが痛い。ベッドは木製で、マットレスは中がすかすかでここ数日は良い睡眠は期待できなさそうだ。

 そんなことを考え、痛い背中をさすりながら起き上がる。気を取り直して貰ったパンでも食べようとベッドサイドに腰掛け、パンの入ったバケットを手に取った。

 そういえばまるは私を聖職者だと言っていた。聖職者ってつまりヒーラーのことよね? 昔やったゲームの白魔道士を想像して顔が緩んでしまう。白いローブにド派手なとんがり帽子のかわいい装備。そんな憧れた世界が今ここに広がっているなんて。

 興奮気味にパンにかぶりつく。中にはイチゴジャムが挟まれているが、酸味が強くお世辞にも美味しいとは言い難い味に我に帰った。

 そうだ、ここはゲームの世界ではない。かわいい装備どころか、あったかいベットもなければお金もない。これからどうやって生活をしていけばいいのかもわからない。そして自分に聖職者が務まるのか、考え出したらきりがなかった。

 日はだいぶ傾いていたがまると約束した夜まで時間がある。少し外へ出てみよう。私は少し迷って仕方なく、パンプスを履いて部屋を出た。


 先程の賑やかさとは違った騒がしさ。遠くで装備を固めた人たちが何やら声を荒げ、揉めている様子だ。近づかないでおこう、そう静かに来た道を引き返す。

 広場ではあちこちに人の群れができていた。これはなんの集まりなのだろう。気になって近寄れば小柄な女の子がぴょんぴょん近づいてきた。


「トリックオアトリートォ! ギルドに入らないと悪戯しちゃうぞ!」


「うわぁ!」


 唐突にそんなことを言われて驚くと女の子はケタケタと声をあげて笑う。


「んやぁ、冗談冗談。どんな悪戯を期待しちゃった? ちょっとエッちな」


「ああああー!」


 饒舌に話す女の子の元に大声をあげて走ってきた大男。彼は息を荒げながらも慌てて女の子の口を塞ぐと私にぺこぺこと頭を下げた。


「すみません。何か変なこと言われてません? 大丈夫ですか?」


 間に合った? 大丈夫? とひとりごとのように何度も呟く大男。


「あ、だ、大丈夫です」


「本当? いやーそれなら良かった。で、もし良かったら体験からでもどう?」


 体が自然と彼らから遠ざかる。


「あの、私……」


「一から丁寧に、優しく教えますよ」


「こ! この後約束があるので失礼します!」


 頭を深く下げ、そのまま走り出す。後ろで大男と女の子が何やら話していたが構わず走った。



 宿に戻った頃には日は沈み、街は静かに闇に包まれていった。


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