プロローグ②


「ついたよ。一階が食事処で二階と三階が宿になってるんだ」


「そうなんだ」


「みぃさんいるかな」


 まるの後に続いて店内に入る。中はテーブルと椅子が所々に置かれただけの飾り気のない、良く言えばシンプルな空間で、所々に木彫りの梟がランプと一緒に飾られていた。


「あら、新顔さん?」


 カウンターの奥からやってきた着物姿の女性は気品漂う大人の女性って雰囲気を醸し出している。


「さっき表通りで会ったんだ」


 まるの座ったテーブルの向かいに腰掛ける。


「あら、それは大変でしたね」


「いえ、そんな」


「ゆっくり休んでください。今部屋と食べるものをお持ちしますね」


 どうぞ。と可愛らしい木のコップに並々と注がれたお茶を出されお礼を言って一口。渋みが少なくスッキリとした味わいが口いっぱいに広がりゴクゴクと音を立てて一気に飲み干してしまった。その間にもまるは着物姿の女性と親しげに会話を楽しんでいる。


「あとは服が必要そうね」


「そういうミィさんも結構場に似つかわしくない服装だと思いますよ」


「宿屋だったら着物も悪くないと思うんだけどやっぱり変かしら?」


「まぁ、リクルートスーツよりかはマシですね」


 そう言われてぎょっとした。


「わ、わたし!」


 今更ながら顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


「ど、どうしよう」


 慌ててまるに助けを求めると大丈夫大丈夫と笑いながらあしらわれてしまった。


「すぐご用意しますね。少々この場でお待ちください」


 ミィさんの和やかな雰囲気に一度は落ち着くも、すぐに顔の熱が戻ってきてしまう。


「まぁスーツならまだ大丈夫ですよ。中にはもっとひどい格好で現れる人もいますから」


 笑いを堪えながら言葉を濁すまるに、もっとその話詳しく聞かせて!と食いつきたい衝動を抑えミィさんが戻って来るのを大人しく待つことにした。

 そういえばずっと気にしていなかったが腰についた木製の鈍器。これはなんだろう。手に取って見ているとまるがやや興奮気味に食いついてきた。


「メイスだ! アミは聖職者なんだね!」


 メイス。聖職者。どちらも日常生活では聞きなれない用語に困惑する。


「あ、えっと、簡単に説明すると僕たちがこの世界に来た時に与えられた力って感じのものだよ。僕は剣だったし、他には大剣持ちとか魔法の杖とか」


 まるでファンタジーだ。


「まぁ、かくいう僕も数日前に来たばかりなんですけど」


「お、おお」


「長くいる人でもまだ2週間経たないみたいなので、正直この世界については分からないことだらけです」


「そうなんだ?」


 なんだろう、この絶望とも違う不思議な気持ちは。虚無感、喪失感、その類の言葉一つでは言い表しにくい感情だ。


「……大丈夫? 少し顔色が悪いけど」


「う、うん。ちょっと驚いちゃっただけ」


「皆んな最初はそうでした。数日もすればここでの生活にも悪くなく思えますよ」


「う、うん……」


 相槌に困っているとタイミングよくミィさんが戻ってきた。


「お待たせしました。どうぞ」


 渡されたのは少し黄色がかった白の生成色の長めのブラウスにシンプルなスカート。


「ブラウス、少し大きいけど平気そう?」


「はい、大丈夫です」


「良かった。では次は部屋に案内しますね」


「よろしくお願いします」


 先に階段を登っていくミィさん。


「アミ!」


 階段を上り始める手前、まるに呼び止められた。


「夜、またここで話そう?」


「うん。じゃあ……またあとで」


 そう返事をして小さく手を振ってミィさんを追いかける。


「二階が男性、三階が女性の居室となってます」


「はい」


 二階、三階と上った突き当たり。


「ここがアミさんの部屋ね。好きに使ってね」


 住居としては最高の角部屋。ミィさんはドアの正面に『アミ』と木で掘られた小さな名札を掛けた。


「何かあったらいつでも相談してね」


「はい。ありがとうございます」


「あとこれ。お店の残り物だけど良かったらどうぞ」


 渡されたバケットの中にはパンがいくつか入っている。


「わぁ、嬉しいです。服もご飯も、本当にありがとうございます」


「いえいえ。これからよろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします」


 そう挨拶を交わし部屋へ入る。鍵はついていない。室内は4畳半程で窓が二つとベッドが一つあるだけの質素な空間。まぁこの際寝床があるだけ有難い。

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