狩人たちの凱歌 終編

「……何かありましたか?」


 訝しんだ様子で雨水に尋ねる高坂。雨水は答えず、ひたすらに家の中の調度品を弄り回していた。


 現在、時刻は午前九時。場所は木村宅である。昨日の発言通り、雨水は高坂を引き連れて現場の捜査に当たっていた。


 入口には既に協会連合の構成員が数名待機していたが、話がロベルトから通っているのか、素通りであった。


 差し当たり、挟域索敵で周囲の状況を探り、結界の有無を確かめた後、今に至る。


 雨水は明らかに何かを待っている。高坂でさえ、それぐらいの事はわかる。そして、その内容は自分に教えられていない。高坂はそれが不満であった。


 曲がりなりにも数年間ツーマンセルで取り組んできたが、信用はこれっぽっちも無かったのだ。隠し事をするのは構わないが、それをひけらかされるのは、気分のいいものではない。


 察しが良すぎるというのも、時には考えものである。


「雨水さん。いい加減何を隠してるのか教えて貰えませんか?」


「あぁ……。そうだな」


 雨水はようやく重たい腰を上げた。今、答え合わせの時である。


「初めに、俺たちが訪れたのはこの家だった」


「ええ。元銀蛇の木村カエデが殺害されています。そして、張り巡らされた結界に異常が何も無かったとこから、我々が着いた時には既に居なくなっていたと考えるのが自然です」


「俺にはそれが引っかかっている」


「どういうこですか? 俺が索敵で、雨水さんは過去視で誰もいないことは確認済みでは?」


 雨水は、ついに触れざるを得なくなった。隠しておくべきであったかもしれない、己の違和感。長年培ってきた、捜査員の勘。


「車の中、初めて刀に触れたとき、少し周りに索敵を張った」


 目を見開く高坂。すなわちそれは、雨水の持つ能力、広闊遭逢こうかつそうほうを行使したことに他ならないからだ。ただの挟域索敵とは比べ物にならない距離、効果を有している。


「そこでは、ヤツは確かに家の中に居たんだよ」


「……それがどうしたんですか」


「俺たちが車に乗っていた時には居たヤツが、突入したら居なかった。……つまり、その数分の間に姿を消した」


「なぁアキラ。お前、この家の外縁に触れたか?」


「それが何か関係あるんですか」


「お前が車を停めたのは南、外縁に触れた形跡があったのも南。つまり、触ったお前が復讐者に乗っ取られちまったんじゃねぇか?」


「な……」


 絶句する高坂。雨水はそれ以上何も言わずに、彼の言葉を待つ。反論か、言い訳か、はたまた自白か。


「証拠はあるんですか?」


「ロベルトから、外縁に触った形跡があることが報告されている」


「それは俺が乗っ取られている事実にはならないでしょう!?」


 激昂しながら反論する高坂。雨水は真っ向から受け止め、諭すように、更なる事実を告げる。


「何よりの証拠は、お前が報道の前であっさり力を使っちまった事だ。てめぇの固有能力は『幻覚』その力の恐ろしさは自身が一番理解してるはずだ」


「少なくとも、俺の知る高坂アキラはそうだった」


 固有能力。優れた霊狩りは、他者が持たぬ異能を操る。高坂アキラが持つ力は「幻覚」。気化させた血液以外の体液を相手に浴びせることで幻覚状態に陥らせることができる。


 大衆にも影響を与えやすく、服従を強いることもできる為、あまり高坂はこの力を好んでいなかった。


 霊や敵対勢力にはともかく、一般人に使ったことは、雨水が知る限り無い。


 それを彼があっさりと使った。更に車内との矛盾する発言。雨水が疑う余地は、十分にある。


「アキラ。……いや、復讐者。覚悟しろよ。部下に手を出しやがって」


 薄緑を構える雨水。美しい刀身が、鯉口から覗く。午前九時半、空が唸り声を上げ、雲が迫ってきた。


「「何だよ……初っ端からバレてたんじゃねぇか」」


 高坂の声から聞こえる、彼ではない何者かの声音。同時に、腹の底から湧き上がる憤怒の感情。


「「よォ雨水ゲンジ。俺が復讐者だ」」


「テメェがやったのか」


「「 あぁ、面白かったぜ。この家も、この身体も、最期に見せる顔はいつも理不尽って顔だったよ!」」


「「アイツらが殺してきた同胞の、我らが王の仇、全て取らせてもらう」」


「いいだろう。来やがれ」


 刀を抜く両者。鉄臭い部屋の中で雨水の薄緑が、復讐者の「残雪」が顕になる。


 ――変則刀八枚刃「残雪」。かつて銀蛇の下部組織であった鍛冶集団「鉄狼」の品である。八枚の刃が互い違いにかさなる構造で、抜刀時は重たい鉈として使う。

 柄部分のジョイントを外すことで、刃が展開していき、最大で刃渡り百六十センチ、全長約二メートルの長刀となる。が、


 室内での戦闘。散らかったとはいえ、まだまだ家具は多く、刀を振り回すスペースは無いに等しい。

(……長柄武器によるハンデはほぼ無い)


 ならば、決着へと至る選択肢は、彼らの固有能力に委ねられる。


 雨水は一度距離を取り、左手を刃の側面に沿わせる。刃先に行くに従って、雨水の刃には赤い瘴気がまとわりついていった。


血刀ちがたな


 雨水ゲンジの固有能力は、液体の操作である。

 自らの水分や、外界の水分など、ある程度好きに操作できる。すなわち、血液を柄部分に充填し、刃の射程を伸ばすことができるのだ。


 これにより、雨水は復讐者が得られない射程を得られたのである。


「「面白ぇじゃねぇか! 武器展開!!」」


 同時に、復讐者も柄部分のジョイントを完全に外した。四枚だけ展開されていた刃が、小気味よい音を奏でながら、一枚、また一枚と尺を伸ばしていく。雨水が纏わせ終わると、八枚の刃が全て展開された。


 この姿こそが、「残雪」の本領である。パフォーマンスを発揮できない場所だろうと、合わせずにはいられなかったのだ。

 相手の強さに合わせ、それを叩き潰す。復讐とは、圧倒的に殺すことが全てでは無い。


 大事なのは、相手に屈辱を与えることである。

 すなわちこの行動は、相手に触発された訳では無い。創作物である様な慢心は復讐者には存在しない。全ては自分の勝利のため、極めて合理的な判断であった。


(射程を伸ばした? ……不利であることは百も承知だろうに)


 そのような事を知る由もない雨水は、復讐者の考えを理解できなかった。


「なぁアキラ! お前は何でこんなことになっちまったのか?」


 数合打ち合ったのちに、問いかける雨水。


「「アキラじゃねぇ、復讐者だ!」」


「ならば復讐者! こんな事に何の意味がある? お前らの王は帰って来ない!」


 高笑いで返す復讐者。その態度が癇に障る。力の篭もった打ち合いの火花が、復讐者のギラついた眼を妖しく照らした。


「「意味ねぇだと? ハッ、笑わせる! 意味なんかねぇんだよ! 俺は復讐者。復讐する事だけが生き甲斐なんだよ!」」


「狂ってるな……ゲス野郎」


「「俺は獲物が最期に見せるあの表情が最高に好物だ! 何で俺だけ私だけ。不条理に歪む顔が堪らねぇ!」」


 ニタニタと汚く薄ら笑いを浮かべて悦に入る復讐者。


「てめぇ……」


「「だがそれも! テメェらが先に始めたんだろうが! なぁ雨水!俺たちの同胞を理不尽に殺した時! どう感じた!?」」


 突如顔色を憤怒に染め、切りかかる復讐者。燃え上がる怒りを、雨水は受け流した。


「一丁前に感情を語るんじゃねぇ。てめぇら害虫を殺すことに、何の感慨がある」


「雨水ぃぃぃぃ!! それが殺した相手に言う言葉かぁぁぁ!!」


 完全に怒りを剥き出しにし、襲い来る復讐者。正に復讐に身を奪われた男の本性と言って良いだろう。


 生半可な狩人であれば固まるほどの怒気。相手に合わせることを心情としていた復讐者が、なりふり構わず殺しに来たのである。


「「死ね雨水!! あの世で我が同胞に詫びろ!」」


 二メートルはある長刀が、雨水ゲンジの胴を力任せに切り裂いた。左手の刀を取り落とし、赤い血が肉塊と化した上半身と下半身から吹き出して、部屋の中に雨が降る。

 ――が。


虚水霊技きょすいれいぎ水鏡みずかがみ


 繰り返すが、雨水ゲンジの固有能力は、液体操作である。

 虚水霊技・水鏡は、力によって自らのガワを作り、液体操作によって血液を詰める技である。言わば、自分のマネキンを作り出すのである。


「――根源解放こんげんかいほう


 その辺に落ちていた白装束を見に纏い、刀を握り直す雨水。体内の老廃物を体液操作によって漉し出し、身体を純粋な状態にする。これが根源解放である。


 身体の生理現象を無理矢理変更するため、掛かる負荷は尋常ではない。だが、純粋な状態で生み出される一撃は、ただの攻撃とは一線を画す力となるのだ。


「「ク……クソが……」」


 渾身の突きが、復讐者の、高坂アキラの心臓を貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る