狩人たちの凱歌 後編


「急に来られても困るんですよねェ。雨水さん」


 次の日、アポイントを取ってから協会連合の極東本部に出向いた雨水と高坂。

 お世辞にも歓迎されていない対応だ。白いシャツとズボンを身にまとった七三分けの男が苦々しい顔で睨みつけている。


「アポは取ったはずだが?」


「いやぁ、しかしですね。上の方からお達しが来ていまして……」


「何?」


 どこか煮え切らない態度の受付。多方、協会連合の上が持つ情報を秘匿したいのだろう。昔から、事件を独占している俺たち「銀蛇」が気に食わなかったのだろう。


 ――そもそも、霊狩りにはいくつかの組織が存在している。

 雨水、高坂が所属している組織は「銀蛇」と呼ばれる。かつては霊狩りの最大組織として辣腕を内外に振るっていたが、数年前の抗争の影響で死者が増え続け、勢力の衰退を余儀なくされた。


 その際、ほぼ壊滅状態まで追い込まれた「銀蛇」は他の組織との併合を余儀なくされ、当時次点であった最大組織である「金鳩」に呑み込まれる形となったのである。


 当時の構成員達も袂を分かつことになったため、現状では「銀蛇」に残った構成員と、「金鳩」に渡った構成員がいる。

 当然、残留組と転向組の間の溝は深く、心象も良くはない。


「てめぇじゃ話にならねぇ。ロベルトを呼んでこい」


 多少ドスを利かせた声で迫り、竦み上がる受付。逃げるように奥に引っ込み、慌ただしく話す声が聞こえる。数刻した後、件の男、ロベルトが姿を現した。


「お久しぶりです。雨水さん」


 オールバックの髪から、少し左側に前髪を垂らした頭。外国人らしく、少し彫りが深い顔立ち。そのどれもが変わっていなかったが、黒かったスーツやエンブレムは、協会の象徴の、真っ白な物へと変化していた。


 数年前、共に戦った仲間の面影はもう無い。協会連合に染まった男が、そこにいた。


「お前は随分変わっちまったなぁ。ロベルトよ」


「雨水さんは、少し老けました?」


「そりゃ歳は増えるわな」


 気兼ねの無い会話。何も知らない人間が見ると、旧友同士の談笑に見えたことだろう。


「でよ、ロベルト。最近あった元狩人の虐殺事件。知ってるか?」


「それは勿論。情報はそれなりに」


 それを聞いた雨水は、言いづらそうに本題を切り出す。


「情報交換といかねぇか?」


「こっちが教えるのではなくて?」


 こちらの意図はバレている。はっきり言ってこの事件、情報不足が過ぎるのだ。青葉は隣の市とは言え、我々の主な活動場所では無い。元々は銀蛇のシマであったが、協会連合に奪われてしまっている。


「俺たちは現地へ赴いて得た情報がある。だとしたらそれなりに価値はあるんじゃないか?」


「そうですね……。遺族が何故か銀蛇を優遇しているので、我々も手を焼いていましたからね」


「そりゃそうだろ、殺られたのは木村カエデだ」


 木村カエデ。元霊狩りで、銀蛇の構成員だった女である。基本的に後方支援や戦闘補助が仕事であった。物の形質を変化させる固有能力を持っていた。火薬を使わないグレネードの作成など、便利な局面もあった。


 そして、木村は先の大抗争が終わると引退。一戦から身を引き、平和に暮らしていたはずであった。


「……かつての仲間が無惨に殺されるのは、私としても気分が良くありません」


「事件の概要から洗っていくぞ。アキラ、準備はいいか?」


 急に振られたアキラであったが、はい。と問題なく返答した。そのまま手帳を取り出し、ページをめくる。


 アキラの手が止まった。そしてそれは、お互いの情報の開示が始まる合図でもあった。


 *


 同時刻、若葉市郊外


 若葉市内にある結界の張られた家屋内での霊による殺害事件が発生。協会連合の医療班による解剖結果のうち

 死亡時刻は、発見から半日ほど前。前日夜から深夜にかけて行われたことが発覚。

 そして死因は、霊による惨殺。木村家での事件との酷似性から、犯人は同一人物と考えられる。


 事態を重く見た協会連合本部は参入を決意。青葉市で活動を続ける手空きの全霊狩りに対して捜査を行うように司令を出した。


 更に本部は、その敵を護衛「復讐者」と呼称する事を決定。


 これは銀蛇に対する「シマ荒らし」以外の何物でもなかったが、現勢力では銀蛇極東本部は太刀打ちできないと判断し、捜査権限を協会に明け渡したのであった。


 そしてそれが、火急の知らせとして青葉地区一帯を取り仕切るロベルトの元へと届けられる。



「とりあえずはこんな所だな」


「ええ。他の事件との関連性も告示しています。これは明らかに先の戦いの生存者を狙っています」


 一息付き、窓を眺めると、雨水は空が朱くなっていることに気づく。それなりに話し込んでしまったようであった。首や肩の関節を鳴らし、伸びをする。腰にもきているようであった。


 しかし、それだけの価値はあった。捜査の現状、そして何より、犯人が先の戦いの生存者を狙っていることが割り出せたのだ。これから先の方針を固めるのに役に立つ。


 一度帰ろうと高坂を見たところ、扉が開く。先程の白シャツとズボンの男だ。ロベルトに耳打ちをしている。一通りの報告が済み、白シャツが部屋を出た後、こちらに向き直った。


「雨水さん。お待ちください。新しい事件です」


 上げかけていた腰を、もう一度ソファに下ろした。傍らでは、手帳を開く音。二人は、更に気を引き締めた。



 霊の中にも、ランクというものが存在する。ただただ暴れ回るものや、知能を持つもの。人語を解し、こちらに紛れ込むものなど、多彩な個体が存在する。


 その中でも一般霊の最高個体が「護衛」とされる。霊の王を護るための存在であった七名の護衛が元になっているが、王の封印を成し遂げた現在でも、最高個体の名称として残っているのだ。


 率直に言って、手練の霊狩りが両手の数は必要な戦闘力を有している。王の復活のために暗躍しているのか、ただ快楽を満たすためなのか。現状は不明である。


「護衛と来たか……」


 夜、雨水は一人バーに篭もり、酒をあおっていた。確かめたいことがあったからである。


 徐に小型デバイスを取り出した雨水は、ある男に電話をかける。コール音。出たのは昼に会話した男、ロベルトであった。


「どうしました? こちらも手配のため忙しいのですが」


「確かめたいことがあってな。木村の事件で、結果は出たか?」


「一応、調べときました。結界の外縁に触れた形跡があったようです」


 やはり。雨水は聞くうちに、パズルのピースが埋まる感覚を得ていた。絵図はほぼ完成し、空白はほんの僅かである。


 礼をロベルトに言い、もう一度木村の家から洗うと告げた雨水。通話は終了し、そのまま別の相手にコールをかける。


 今度はすぐに出た。相手は後輩、高坂アキラである。


「アキラ。明日もう一度木村の家に行くぞ」


 通話の相手は了解。とだけ告げ、接続を切った。デバイスを仕舞うとマスターにカクテルを頼んだ。彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに意味を知り、作り始めた。


「お待たせしました」


 差し出されるグラス。茶色がかった琥珀のブランデーに、レモンスライスと砂糖が乗せられている。ドイツ生まれのカクテル、ニコラシカである。


 雨水はマスターに礼を述べ、レモンに手を掛けた。そのまま口に運び、噛み締める。小気味よい音で崩れる砂糖と、レモン果汁が合わさって甘酸っぱい味が広がる。


 噛むこと三度、一番砂糖の甘さが強くなるこの瞬間に、ブランデーを流し込んだ。

 喉が焼けるほどの熱さだが、一気に目が覚める。が、これでいい。


 しばらく余韻を楽しみ、雨水は目を開けた。視界がクリアになり、情報を認識し始める。


 深呼吸をした後、雨水はバーを出た。外はいつの間に降っていたのか、酷い雨である。


 ふと、何の気なしに、傘置き場を見やる。そこには当然だが何も無かった。そしてそのまま、雨と夜の中に彼は消えていった。

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