狩人たちの凱歌 中編

 玄関から感じる異様な空気。死体は処理されているのか、あからさまな血の匂いはしなかった。

 しかし、鼻にまとわりつく嫌な匂いから、この場所が凄惨な現場であることを伺わせる。


 ふと隣を見ると、銃を構えながらも勢いよく踏み込む高坂。久しぶりの処理で緊張でもしているのか。


「おい、アキラ。流石に用心して無さすぎだ。いつものお前はどうした?」


「いや、その、雨水さん。感じませんか?」


 予期せぬ返答。それに合わせるように、感覚を研ぎ澄ます。……。変だ。報道陣に囲まれたときは感じていた大きな霊圧を、今は全く感じない。


「……ヤツは俺らが進む先にはいねぇ」


「やっぱり、でもどうやって出たのでしょうか。結界がある以上、無理矢理壊して逃げたのであれば痕跡が残るはずなのですが……」


 高坂の言うことは正しい。基本的に結界は、無理に出ようとすると、それなりの力を消費する必要がある。

 それだけの力を使えば、その痕跡は残らないはずが無いのだ。今回のような、強力な結界であれば。


「とりあえず、家の真ん中で視てみるか」


「そうですね」


 家の中の捜査に見向きもせず、雨水は部屋の中心のリビングへと足を運ぶ。時々視界に入る、赤い血糊に不快になるが、それは自分たちの領分では無い。

 警察には警察のやるべき仕事が、霊狩りには霊狩りの仕事がある。その領域を間違えてはいけない。


 家の中心に着き、雨水は刀を抜いた。美しい波紋が月明かりに照らされ、妖艶な鈍い光を放っている。

 刀が最も映える時期は夜であると、誰が言ったのかは不明だが、まさしくその通りだと高坂は思った。


「昔なら適当に刺せば好きにできたんだがな。今じゃ一々中心を探さねぇと隈無く視えねぇ」


 愚痴を零しつつも、刀に力を込めて、リビングの床に向けて突き刺した。


「アキラ。視てる間は頼んだぞ」


「お任せを」


「『残響ざんきょう』」


 そう言うと、雨水の周りに魔法陣のようなものが形成された。その中で雨水は意識を過去視に向けた。


 ――残響。

 雨水ゲンジの扱う、奥義の一つ。指定範囲内の過去を視ることができる技である。怪異捜査において絶大な効力を発揮するため、しばしば普通の捜査にも駆り出されることがあった。

 視界に監視カメラのように指定範囲を映す映像が流れる。

 現在でも有用であるが、全盛期は既に過ぎており、その効果は大幅に弱体化している。

 現状は、効果範囲を細かく指定しなければならず、さらに遡れる期間も短くなっている。


「雨水さんが過去なら、俺は現在«いま»かなっと」


 そう言って手に力を込め、部屋の床に叩きつけた。


「『簡易霊技かんいれいぎ挟域索敵きょういきさくてき』」


 雨水のものよりも小さい魔法陣のようなものが形成され、高坂の眼前にレーダーが現れる。自分を中心とした同心円が白線で示され、その中の生命体を探知する。


 挟域索敵は簡易霊技に分類され、修練を積めば誰でも習得できる技である。

 自分を中心とした短い範囲を索敵し、その中の生命体の位置を知ることができる。

 常に死の危険性が付きまとう霊狩りにとって、必須の技術とされ、この有無が生死を別けることも少なくない。


「……ん?」


 現在、範囲内に存在する生命体は二体。高坂と雨水の二人である。現状、この周辺。特に家の中には敵はいない事になる。


「「どういうことだ??」」


 二人の声が重なる。高坂は後ろを向き、雨水は残響を中断した。


「雨水さん」 「アキラ」


 お互いが名前を呼び、一呼吸置く。結果を伝えるだけであるが、どうしても、認めたくないのか声が出せない。


 ありえないからだ。結界が張られていて、何の痕跡も残さずに脱出するという芸当。間違いなく強者が潜んでいる。


「確信したが、ヤツは裏手の壁をすり抜けるように出ていった」


「結界は、家の外環を沿うようにぐるっと張られていました。すり抜けたなら、何かしら結界に反応があるはずです」


 結界は指定範囲を囲うという性質上、汎用性は非常に低い。そのため、何かしらの異常を感じ取る力は高く、霊が通り抜けるものなら間違いなく弾かれるなどの反応が起こる。


「まだこの部屋にいるんじゃねぇか?」


「一応索敵を発動してみましたが、俺と雨水さんしか家の敷地の中にはいません」


「嫌な予感は、まだあるんだがな。どういうことだ? 姿どころじゃねぇ、存在すら一時的に消せる霊なんざここ数年聞いた事ねぇぞ」


 いくら奴が「護衛」クラスであったとして、そのような事が可能なのだろうか。雨水は思考を巡らせるが、妙案は思いつかなかった。


「とりあえず、ここを出ませんか?」


「いい事は無いし、そうだな。車を頼む」


「了解です。一応、裏に停めておきましょうか? すり抜けた場所を確認しておくべきかと」


「そうだな、念の為見ておくか」


 高坂はそう言い残し、家から出ていった。反対に雨水は家の奥に行き、さらに思考を巡らせる。なぜ犯行に至ったかは今重要ではない。次の事件を防ぐためにも、今一番必要なのは、「どうやって結界に影響を及ぼさずに外に出たか」だ。


 念の為、広闊遭逢こうかつそうほうを発動しておくか? 刀に手をかけたところで高坂から連絡が入った。タイムアウトである。


 名残惜しく、拭えない違和感を胸に抱きつつも、雨水はその場を後にした。


 そとにはまだ報道陣がいたが、既に高坂の能力を行使されているのか、雨水には興味を示さなかった。対応している警官に会釈し、家の敷地内を出た。


 少し外観を歩いてみたが、ほとんど様子の変化は見られない。残響で視えた場所も遠目で見えたが、変わった様子は無さそうだった。


「手がかりなし……か。これで終われば迷宮入りしそうだな」


「雨水さん」


 声に釣られ、思わず顔を上げる雨水。見ると、既に高坂は車を裏に停めていた。


「早かったな」


「えぇ、まぁ、近くに停めていたので」


「そうか。……それより、壁だ。どう思う?」


 高坂は一度考え込み、徐に壁に触って確かめている。数刻、その動作が続いたが、すぐに手を離し、両手を広げてかぶりを振った。


 雨水は一つため息をつき、車に乗り込んだ。

 今日はずっとバーにいて、朝から何も食べてない。普段なら飯屋でも、酒の質で決める雨水だったが、今日ばかりは飯を重視している。


 それに、今日の捜査の総括をしなければならない。できるだけ騒がしいところで、客の会話など気にならないところで食事にしたかった。

 その旨を高坂に伝えると、そうですか。と無機質になったが、すぐに音声認識型のカーナビに検索をかけ始めた。


 いくつか調べ、適当な店を選択し、高坂は車を発進させた。店の様子と料理を想像し、雨水は生唾を飲み込んだ。自分でも、なかなかに不思議であったという。



 騒がしい店内。タバコとアルコールの混ざった、むせ返るような匂い。そして、所狭しと並べられた酒の肴。雨水は手当り次第に平らげ、舌鼓を打つ。

 高坂もある程度は食べたが、酒には手をつけない。運転があるためだ。雨水は、高坂が気を遣われることを好まないことを知っているので、構わず飲み、喰らった。



「……雨水さん」


 しばらくして、爪楊枝で歯をいじくっている雨水に対し、高坂が尋ねる。


「今日の総括といくか」

 ふぅ、と息を吐き出す雨水。


「はい。現場は青葉市内の一軒家。我々が突入する際に、容疑者は現場から逃走していました」


「ああ。だが、周囲には高度な結界が張られ、痕跡なしに脱出することは不可能だ」


「そこで雨水さんの残響と、自分の挟域索敵で視てみましたが――」


「特に反応はなかったな。一応、出た形跡があった裏手の塀を探ったが、特に変化は無かった」


 と、言葉を切り、今一度考える。奴の逃げ方におかしい点は無かったか。結界を破るような、技の行使の素振りは無かったか。だが、アルコールと満腹感で満たされた頭は、思考することを許さない。結局、総括で何も案は浮かばなかった。


「……これからどうしますか? 雨水さん」

 高坂の問いかけに、一つため息をついた雨水は、半ば投げやりな声で言った。


「明日、協会連合に頭下げに行くぞ」


「えっ……!?」


 そう言い、雨水は伝票を持って立ち上がった。

 ――協会連合。現状の霊狩りを取り仕切る最大組織であり、雨水達の商売敵でもある同業他社だ。雨水はそこに、頭を下げに行くのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る