第9話
リリムに散々噛まれたアリスの首筋の傷は、もうすっかりふさがっていた。普通の人間なら意識を失ってもおかしくないほどの出血量だったが、驚異的な回復力は神子である故だった。
「リリム様……」
声をかけても、揺さぶっても、もう返事はない。アリスは子供のように、大声で泣き叫んだ。
一方、リリムが催眠をかけた女性達は催眠が解け、逃げるように屋敷を出て行った。その中の一人——クロエはアリスの泣き声に気づき、リリムの部屋へと向かった。そして、アリスにも逃げるように促したが、アリスはそれを拒んだ。
「嫌です……私は……帰ったって私には居場所なんて無いから……私は残ります……放っておいてください……」
「居場所が無いなら私の家に——「いいから放っておいてください!なんと言われようと私は帰りません!私は……リリム様のお側に居たいから……」
言葉を失ったクロエを、別の人質だった女性が連れ出す。誰も居なくなった屋敷で、アリスは一日中泣き続けた。
そして落ち着いた頃、アリスはふとリリムから貰った鍵の存在を思い出した。服のポケットに入れっぱなしになっていたそれを取り出して、引き出しの鍵を開ける。中に入っていたのは手紙と小瓶だった。手紙にはリリムの字でこう書かれていた。
アリスへ。
小瓶の中にはあたしが調合した毒が入っている。きっとお前はあたしの後を追うことを考えるだろうと思って用意しておいた。
この毒は、普通の人間なら苦しむ間もなく即死する猛毒だ。ただし、神子は普通の人間より生命力が高いから、お前がこの毒で死に切れるかは分からん。効かなかったらすまん。あたしがお前にしてやれるのはこれくらいだ。
ただ、毒を用意しておいてこんなことを書くのもなんだが、今すぐに死を選ばなくとも、人はいつか死ぬ。せっかく生まれたのだから、時の流れに身を任せて死が向こうからやって来るまで生きてみるという選択肢もあることは覚えておいてほしい。
今すぐ死ぬか、寿命が来るまで生き抜くか、どちらを選ぶかはお前の自由だ。好きにするといい。どちらを選択をしてもあたしはお前を責めたりしない。お前自身が考えて決めなさい。
短い間だったけど、今までありがとう。お前に会えてよかった。あたしを愛してくれてありがとう。さようなら。愛してる。
「……リリム様……」
手紙を読み終えたアリスは、小瓶を開けて中身を一気に飲み干した。その行動に迷いは一切なかった。
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