第4話

「じゃあ、また明日」


「はい。おやすみなさい。リリム様」


「……うん」


 リリムはアリスと別れ、屋敷に戻る。


「……調子が狂うな」


 アリスには特別な血が流れている。リリムはそれを彼女と初めて出会った時に感じ取っていた。

 かつてこの世界には神の血を引くとされている神子みこの一族が居た。アリス本人は気づいていないが、彼女はその末裔だった。

 そして、神子の血は吸血鬼にとっては猛毒だった。不老不死の身体を滅ぼせるほどに。

 まだ若いアリスの血はリリムを殺すほどの毒性はないものの、飲めば苦しむこととなる。二十歳まで吸わないと言ったのは、彼女に自身の血が毒であることを悟らせずに、確実に死ぬためだった。


「いっそ、殺したいくらい憎んでくれた方が都合がいいんだけどなぁ……どうしたら良いと思う?」


 リリムは催眠をかけた女性の一人であるクロエに問う。クロエはリリムと目を合わせず虚無を見つめたまま「貴女様を憎むなどあり得ません」と答えた。


「……そういうと思ったよ」


 催眠術をかけた人間達は自分を否定しない。故に、問いを投げ掛けても全肯定のつまらない返答しか返ってこない。かといって催眠を解いたところで同じだ。怯えて、嫌われないようにと当たり障りのない答えしか言わないだろう。

 リリムはため息を吐き、考えるのをやめてクロエをベッドに引き倒し、彼女に馬乗りになる。


「……ごめんね。いつもいつも。本当に、ごめん。ごめんね……」


 謝りながら、リリムはクロエの首筋に牙を立てる。牙は皮膚に突き刺さり、クロエの首筋に血が流れ出る。


「んっ……」


「あぁ……っ……リリム様ぁ……」


 クロエは自身の血を啜るリリムの頭を抱き、甘い声を漏らしながら恍惚とした表情を浮かべた。吸血鬼の牙の先からは強い催淫作用がある毒が分泌される。クロエは甘えるように何度もリリムの名前を呼び、彼女の手を自身の身体に導く。


「触ってください……リリムさま……」


 吸血鬼にとって吸血欲は人間でいうところの食欲であり、そして情欲でもあった。

 求められるがままに、リリムは彼女に触れる。

 しかしリリムは吸血行動が嫌いだった。しなくても死にはしないが、定期的に血を飲まなければ餓えの状態が一生続くことになる。死ねない彼女にとっては地獄だった。故に彼女は仕方なく、三日に一度、必要最低限の吸血をしている。人間と同じ食事では飢えは満たされない。血液は生き血を直接摂取しなくとも、輸血パックなどでも満たせるが、それだけでは今度は性欲が満たされない。


「リリムさま……ぁ……」


「……っ……」


 ぽつりと、リリムの瞳から涙が溢れる。クロエは慈愛に満ちた表情をして、その涙を優しく拭った。しかしそれも催眠故の行動だ。本心で優しくしているわけではない。


『貴女のそばに置いていただけるだけで満足です』


 心からの笑顔を浮かべてそう言えるのはアリスだけだ。

 本当のことを知ったら彼女はどうなるのだろうか。罪悪感から逃げるように、リリムは目の前の彼女を激しく抱いた。

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