第12話 推しと現状把握 3


 ケルベロスに取り付けられている、後方確認用のミラー。




 そのミラー越しにアシェルはフィナを見た。


 眼鏡をかけ、長い赤毛を三つ編みにし背中に流している姿は、彼女の清潔そうな身なりと伸びた姿勢もあって、ガヴァネス家庭教師のようだ。




 女史と言われても信じそうなほど落ち着いた話し方をするので、十六才の女の子とは思えないほど大人びている。




 ピンと伸びた姿勢に、穏やかな口調、そして品のある所作。どこかの貴族の御落胤である、と言われても、アシェルは信じるだろう。




 そして彼女の祖母も、気品のある女性だった。貴族の籍を捨て、田舎に隠れ住んでいる過去があってもおかしくないほど。




 もしかしたら、本当に祖母であるアデルはかつて貴族の令嬢だったのかもしれない。そしてその血を引き、祖母から教育を受けたフィナが貴族のように育つのは道理というものだろう。




 城に戻ったら、きちんと調べた方がいいだろう。フィナ・サルソンがどのような素性の人物か精査しておいても損はない。




「ここは……」




 フィナ嬢が木枠のようなものに視線を落とし、それを指で操っている。しばし指先が彷徨ったあと、一点を示した。




「森ですね」




「森」とリリが反駁した。




「しかもここ、迷いの森として有名なエダレドの森では……?」




 エダレドの森。平衡感覚を狂わせる、魔の森として有名だ。そこにひっそりと、知能ある魔物が住んでいるという噂は聞いたことがある。──まさか、魔物が運命の相手だったりしないよな?




「……人外がそのお相手の場合もあるのですか?」




 後方確認用のミラーを覗き込みながら言うと、フィナ嬢の口端がわずかに引き攣ったのが見えた。しかし、あまりにも小さな変化だったために、普通の人間なら気づかないだろう。




「前例はありませんが、愛は不確定要素ですからね……。意思疎通ができれば、愛も芽生えることがあるかもしれません」




 愛は不確定要素。




 十六の少女の言葉にしては気に入った。




 アシェルの中で、愛とは不安定なものだった。


 人々が愛を求める気持ちもわからないではない。人間らしくそれなりに人恋しくなる弱さは、アシェルの中にもまだ生きている。しかしそれを握りつぶすことは、アシェルにとって容易いことだ。




 愛とは素晴らしいものだ。




 人生の意味だ。




 そう賛美する人間が疎ましいとは言わない。だが、愚かだと思う。




 愛が破滅を呼ばないと、愛が人生を断ち切らないなどと。誰がそう言い切れるだろうか。




 アシェルが異を唱えたところで愛の賛歌を唄う彼らは、そんなものはレアケースだと切り捨てるだろう。


 そして言うのだ。「可哀そうに」と。まるで他人事のように。


 同情という名をもって、アシェルを蔑む。




「二足歩行ならイケます」




 リリの言葉に、アシェルは脱力した。なにがイケるのか、絶対に聞かないでおこうと決意する。




 この部下はたいそう逞しいがゆえに、副団長であるアシェルの右腕をしている。しかし、たくましすぎるという点でマイナスポイントも加算されることについて、過去のアシェルは考えも及ばなかった。




「休暇はやれん」


「そんな!」


「ただでさえグラニテスの王が来賓されるんだ、警備体制に穴を作ることは許されない」


「う……」


「ただ、グラニテスの王が帰国されたら、申請を許可する」


「ありがとうございます!!」




「良かったですね」とフィナが微笑んでいる。知らず、アシェルの口もわずかに弧を描いた。


「お土産は生肉がいいのだろうか……?」というリリの声に、すぐに霧散してしまったが。

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