第10話 推しと現状把握 1
指紋採取の方法をウンウン悩んでいたわたしは、推しの重苦しい沈黙をすっかり忘れていたので、次の推しの発言にびっくりした。
「ルシア様の護衛の担当を外れた」
「なんでッ!?」
思わず悲鳴じみた声で叫んだわたしである。
二次創作投稿サイトで「アシェルシ」と検索し、0件という表示にキレ散らかしたという悲惨な前世を持つアシェルシ過激派のわたしである。
原作はレオルシ確定なんだから、二次創作で夢を見させて欲しかった。
そしてここが果たして本当に原作通りの世界なのか、極めて原作に類似した世界なのかはわからない。
やはりここでもレオルシの壁は厚いのか!?
しかし第四の壁を乗り越えてきた女がわたしである。
決めた。推しを応援する。
どうせ王太子レオナルドだって正妃だけじゃなく側妃ももらうんだから、ルシアちゃんだって秘密の愛人がいたっていいはずだ。
推しが愛人とかいうシチュエーションに興奮しているわけではない。はず。たぶん。
落ち着け。未来は薔薇色。落ち着け。
大丈夫、顔色は変わらないよう訓練されている。
これもおばあさまの教育のたまものである。
おばあさまには頭が上がらない。
「……失礼しました。思わず取り乱してしまいました」
「フィナ様が不安に思うのも当然です。護衛騎士として瑕疵があるとみなされてもおかしくはない」
推し、がんばれ、推し、負けるな。
そして今本当に原作の何巻?
本当に原作添いのストーリーなのかこれは。
「ルシア様の護衛から外れたのは、その方が円滑にことが進むからです。殿下は私に別の重要な任務を任せるとおっしゃっていました」
推しはそれだけ言って、黙った。
はっきりとした物言いをする推しにしては、歯切れの悪い言葉だ。
なので、わたしは聞いた。
「……あの、エスティオーレ様は今おいくつなんですか?」
「二十五になります。年がなにか?」
「いえ、若いのにご立派だと思いまして。騎士道精神の体現者ですね」
「そんなに立派なものではありません。フィナ様はたしか十六才でしたよね」
「はい」
「その年で一家の家計を支えている。フィナ様の方が立派です」
推しに褒められてしまった……。
というか、推しが二十五才ということは、確かルシアちゃんとは七才差だったはず。
ということはルシアちゃんは現在十八才。そうすると王太子であるレオナルドが十七才。
原作の七巻はたしかルシアちゃんの成人のお祝いをする描写があったから、そうなると。
ちょうど原作の七巻を終えたところか……!!
未来がわかるというアドバンテージはわたしにはないらしい。
というかこれからどうなるんだろう?
たぶんストーリー的に戦争が起こるのは間違いない。
この大陸では三番目の強国であり、新興国のグラニテス国が、ウィリデ帝国とヒュドール王国を虎視眈々と狙っていたはずだ。
グラニテス国の歴史は浅く、三十年戦争の跡で建国された国だ。
血の気の多い者が多く、国内外で争いが絶えないらしい。
たしか、グラニテス国の王様がヒュドール王国に来訪する前で七巻が終わっていた。
八巻でおそらく、グラニテスの王であるカインがヒュドールを訪れるのだろう。
戦争はやだなあ。
ライトノベルの枠だから、たぶんそこまで悲惨な戦火にはならないと思うんだけど。
それでも、無辜の民を思うと気が重くなる。
わたしはひっそりと息を吐いた。
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