第4話 報告書

 寿はその頃、お店で報告書をまとめていた。この類の物が少々苦手な寿だが、仕事上どうしても必要なので、仕方なしに書いてる。そこに同僚が報告書を取りに店へ顔を出した。




「よっ!寿ちゃんやってる?なんだ、まだまとめてなかったのか。早くしないとまた部長にドヤされるぞ。」




「うるさいですよ、猪本さん。最後まで見届けないと報告書が書けないのはご存じでしょうに。」




「まぁそうだな。最後の最後まで、生き返る可能性も無く、お墓に入るとこまで見届けないとダメだしな。ところでこの後ヒマ?飲みに行かない?もちろん寿ちゃんのオゴリで。」




 寿はため息をつきながらパソコンで報告書を作っていた。猪本という男が苦手だというのは見ての通り。この猪本、スラっと見た目も良く、イケメンなのだがチャラいのである。厳格に仕事へ向き合ってる寿には天敵ともいえる存在である。




 しかめっ面をしながら報告書を作ってる寿に対して猪本は、




「そんなに嫌わなくたっていいじゃん。せっかくの同僚だし。もっと人生楽しまなきゃつまらんよ。それともなんかあったん?」




「お客様に対しては何の感情も持ったことはないんですけど、今回の案件はなんか後味悪くってですね。本人がああいう風になるのは自業自得としても、母親がね・・・。」




 ん?と首をかしげる猪本だったが、そんな中報告書を仕上げた寿は、猪本にその報告書を渡し話を続けた。




「田上様の意識を刈り取る時、上着の内ポケットには数百万の現金があったんですよ。おそらくこちらへ払いに来るための現金だったと思うんですけど。それを見つけた母親が隠してしまったというのと、葬式の時に母親は顔を覆って泣いていたんですよね。ところが覆ってた手の隙間から顔が見えた時、ニヤっと笑ってたんですよ。一応気になってその辺の事も調べたんですけど、あの母親、田上様に保険金を掛けてたんですよ。それも4000万ほどの。事件性もないので、おそらく普通に支払われるとは思いますけど。母親から死を願われてる子供って、なんだか悲しいですね。それも報告書にまとめております。」




 猪本は不思議そうな顔をしながら、渡された報告書を目を通していった。




「へぇ・・・。けどそんな保険を掛ける余裕がよくその母親にあったね。パートしかしてなかったんでしょ?」




 寿はため息をつきながら、




「若い時に掛け始めてると、そこまで高くないんですよ。遡って調べてみると、田上様が大学出た当時からずっと掛けてたみたいですね・・・。」




「なるほど。それなら納得出来ちゃうね。でもちょっと驚いたな。寿ちゃんにもそんな感情があったんだ。仕事に関しては何の感情も挟まない、鉄仮面と言われてた寿ちゃんがねぇ・・・。でも仕方ないんじゃないかな。そんなことを考えても、こちらに何か損得があるわけでもないし、寿ちゃんもそのうち母親になったらわかるかもよ。なんなら種まき、俺が手伝うよー。」




 寿はため息をつきながら、手でシッシと追い払うような仕草を見せて、




「早く報告書を持っていかないと部長にどやされるわよ。それでなくても猪本さんはリストラ候補なんだから。」




「マジ?俺ってリストラ候補なの?やべぇ!」




 慌てて店を出ていく猪本を見ながら、いつものコーヒーで一息つく寿だった。そして今回の事を考え出した。




(今回の田上様の事については少々思う事がある。普段ならそんなことは考えないのだが、田上様に関しては自業自得としか言いようがない。もっとも楽して金儲けする事しか考えてない時点で終わってる人生と言えなくもないけど。楽してお金を儲けれる人は最初から楽して稼いでた訳ではない。それなりの知識は必要だが、学べば誰にでも身に付ける事は出来る。が、その知識を生かして知恵を生み出すにはなかなか至らない人が大半だろう。また目の前に来たチャンスを見極め、それを掴み取るにはセンスが必要だ。これは持って生まれた才能という部分も大きい。持って生まれた才能というのなら、親もそれに当てはまるだろう。田上様はそういう意味では才能に恵まれなかったと言えるかもしれない。しかし努力は出来るものだ。努力をして来なかった田上様に浮かび上がる術はなかったのかもしれないですね・・・。)




 溜息を一つついて、寿はコーヒーを飲み干した。




(母親に保険金を掛けられて、亡くなった時ニヤけられてるってどんな気分なんでしょうね・・・。)




 寿はそんな事を考えながら、自分の母親に思いを馳せた。しばらく会ってないなぁと思うが、この仕事の事を明かす訳にもいかない。一応会社の方でダミーを作ってもらってるのだが、たまに仕事の事を誰かに話したくなる。とはいえ、話す相手は同僚に限られるのだが。そんな時にお店の電話が鳴った。




「ありがとうございます。ライフスパンでございます。」




「おう、寿か。まだ報告書あがってないぞ。猪本はそっちに行ってないか?」




「あっ、部長。お疲れ様です。猪本さんなら、先ほど報告書持って出て行かれましたけど。」




「そうか。じゃあ待ってみるわ。それと寿よ。来週出張あるからな。準備しとけよ。」




 へっ?っとちょっと間の抜けた顔をした寿であった。




 出張には何度か行ってる寿だが、これだけ唐突に言われたのは初めてである。いつもなら一ヶ月ほどの期間を持たせてくれるのだが、今回は一週間もない。戸惑う寿だが、社命とあれば仕方がない。




「急でスマンな。どうも最近は社員の質が悪くってな。そこで人事が成績トップクラスのお前に、また研修の講師を頼んできたわけだ。しっかりこの仕事を叩きこんでやってくれ。」




「またですか?仕事なので行きますけど・・・。それで留守番は誰に頼むんですか?店を閉めておくわけにもいかないでしょう?」




「その辺はまた人事が考えるやろ。じゃあ頼んだぞ。」




 寿はため息をつきながら電話を切った。




 このライフスパンの仕事、申し込みがあるとまず名前、生年月日、住所などを元に本社外にある調査部へ照会を掛ける。そして、その人が歩んできた人生とこれから歩んでいくであろう人生が端末に出てくる。それと同時にその人の人生そのものを表したものが金額として表示される。それは預貯金や借金、その年の年収や使った金額、それは寿命が尽きるまでの物が事細かに表示される。それを買い取る時の査定の参考にするのである。そして寿命一年あたりいくらという最終的な金額をはじき出すのは、寿のような店を任されてる者の役目である。




 寿はここまで金額として表示されるのなら、査定額も機械が弾きだせばいいんじゃないかといつも考えている。そこは社長の方針で、人物を見て判断するべきというのがあるみたいなのだが。成績はこの査定が正しかったかどうか、報告書などを元にそういった部署が専門で判断する。その案件の査定が正しいものかどうか。つまり、査定される寿らの側も会社から査定されているのである。




 何を持って成績トップと言われるのかは不明なのだが、会社は給料面でそれなりの評価をしてくれている。その待遇に不満はない寿だったが、やはり人使いの荒っぽさは否めない。部長が言うように、確かに質が落ちてきてるというのは事実だとは思う。その育成に寿らベテランが使われるのである。




 仕事にプライドを持ってやっている寿にとっては、査定などに私情を挟む事などあり得ない。しかし、若くて経験の浅い人間は感情を流されやすいのもまた事実である。それを研修如きでなんとか出来るとは思ってはいない。鉄仮面と揶揄される寿は、仕事に対して一切の感情を排除する。仕事に感情などは必要なく、ただ淡々と粛々と査定をし、その案件を終わるまで観察しているだけである。そこに感情移入してしまうと、やはり手心を加えてしまうといった人間も今までにいた。それも1人や2人ではない。そういった事を見てきた寿には、どうしても理解できない部分である。ある意味、人の人生を預かっているのである。そこに自分の感情を挟めば、その人そのものの人生を弄ぶ事となる。だから査定に関しては厳格にする必要があるのだと。




 そんな事を考えながら、寿は来週の出張へ持って行く物を思案しだしたのである。




 一方猪本はというと、寿から預けられた報告書を自らが運転する社用車の助手席に置いて、本社へ向かっていた。




「俺がリストラ候補?ふざけんじゃねぇ!」




 猪本はそんな事を口走りながらアクセルを踏んだ。急いでたものだから、何度か事故りそうになったが、猪本はそれどころではない。一刻も早く部長に会って、真意を問い質すことしか考えてなかった。




 猪本は寿の店から車で30分ほど走り、本社の駐車場へ滑り込んだ。警備員がいるが、そんなことはお構いなしに車を置いた。駆け寄ってきた警備員が、




「猪本さん、ちゃんと手順を守って頂かないと、報告しなくちゃならなくなりますんで。急いでるのはわかるんですが、決められた事を守ってください。こっちも文句言わたらたまったもんじゃありませんので。」




「お、おぅ・・・。スマン・・・。」




 この猪本という人間はチャラいようだが、それなりに権力や決まり事に対しては妙に従順である。警備員にヘコヘコと頭を下げながら立ち去る姿は、あたかも釈放直後のコソ泥を連想させる。それにしても何故そこまで慌ててるのだろう?というのが、警備員の正直な感想だろう。




 猪本は警備員が見えなくなった事を確認して、走り出した。本社ビルへ飛び込み、エレベーターのボタンをパシパシと叩いた。来るまでの時間がもどかしいのだろう。それを周辺で見ている社員たちは、どうしたんだろうという少々驚いた目線を猪本へ向けた。




 少し時間を置いて、エレベーターの扉が開いた。猪本は飛び乗り、そして部長のいる5階へ行くボタンを、またもバシバシ叩いた。そんな事をした所で早く着くわけではないのだが・・・。




 5階に着くと、猪本は自分の所属する第三営業部の部屋へ走り込んだ。




「只今帰りました!部長!なんで俺がリス・・・ト・・・ん?」




「おう、猪本帰ったか。さっき人事から連絡あって、顔出せってことだ。行って来てくれ。第二な。」




 へっ?っと面食らった猪本だが、寿から預かった報告書を部長のデスクに置いて、その足で第二人事部へと向かった。




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