第2話 生きるという事
通りすがりの人々が不思議な顔をしながら、恵介を眺めては去って行った。ひとしきり泣いた後、落ち着いた恵介は家路についた。元々は勤めの為に一人暮らしをしてたのだが、リストラに合い家賃を払えないので、実家に身を寄せていた。実家とは言っても築40年ほどの木造家屋である。帰宅して、自室にあるベッドの上で横になり、天井を見つめながらこれからの事を考えていた。
この金をどう使おう・・・。帰ってくる道すがらずっと考えていたのだが、寿の言葉がどうしても耳に残ってて、使い道が定まらない。金さえあればパチスロでも天井まで行けるのに。金さえあれば風俗行っていい女が抱けるのに。金無い時はこんなことしか考えてなかった。今手元に金はある。しかしそういった事に使っていいんだろうか?という疑問に行きつく。苦労して手に入れたわけではない。自分の未来と引き換えに手に入れたお金だ。この金を元手にガツンと儲けれる方法はないだろうか?儲ければ、寿命を取り返してやり直すことも可能だ。そんなことを考えながら、精神的な疲れからか、恵介はそのまま眠ってしまった。
恵介がふと目を覚ますと、台所からいい匂いがしてきた。母親がパートから帰ってきて、晩御飯を作ってるのだろう。一年未満しか生きれないとすると、この匂いもまた、今までのものとは違ってくるように思えた。台所に行くと母親が、
「けいちゃん、起きてたの。もうすぐ出来るから、ちょっと待っててね。」
このやりとりも、今まで小さい時から何百回何千回としてきたものだ。父親を早くに亡くし、六流だが大学まで出してもらったのに、この体たらく。恵介はいつもと変わらず自分と接してくれる母親に対して、本当に申し訳なく思っていた。
恵介は普段のように晩御飯を食べ、普段のように風呂へ入り、普段のように自室に籠ってゲームをしてたが、心ここにあらずという感じで過ごしていた。自分は何をしたいのかがわからないのである。大金を持ったこともない。これを元手に稼ぐ手段も知識も持ち合わせていない。競馬競輪か?株か?商売?なんの?何かを始めるには時間が無さすぎる。こんなことなら大学で真剣に勉強しとけばよかった。
後悔しか頭の中に浮かばないそんな中、0時になり日付が変わった、ついにカウントダウンが始まったのである。ゲームをやめ、真剣にいろいろ考えてみたものの、時間だけが過ぎていき、恵介はそのまま眠ってしまった。
朝目覚めると、母親はすでにパートへ出掛けてて、朝ご飯だけが食卓に置かれていた。恵介はササっと食べて、シンクに茶碗と皿を水に漬けてまた自室に戻った。考えても考えても、にっちもさっちも行かない状況にイラつきはしたが、これも自分の実力の無さが原因だ。恵介はふと寿の言葉を思い出し、藁にもすがる思いで契約書の控えの裏に載ってる電話番号にかけてみた。
「はい、ライフスパンでございます。」
昨日聞いた寿の声と同じ声に、恵介は安堵した。
「昨日契約した田上です。相談なのですけど、これから僕はどう過ごしていけばいいのでしょうか?」
しばしの沈黙があり、寿は語り始めた。
「昨日も申し上げましたように、寿命が尽きるまで精一杯、毎日を悔いなく生きるしかないと思いますけど。時間的制約があるのはわかるのですが、私共に聞かれたところでアドバイスすることはありません。言い方はキツイかもしれませんけど、私共はお客様がどうなろうと興味はありません。お客様の生き方は、お客様自身が決めるものですので。そういう所ではないでしょうか?査定の金額が低いのは。今までの人生を思い返してみたら、なんとなく身に覚えがあるのではないでしょうか?とはいえ、そうですね。初めての経験ですので、一つだけサービスとしてお教えしましょう。寿命が一年以内に迫ってる方は、総じて運気が上がってると聞きます。もちろん、ちゃんと調べたわけではありません。それでも石ころにつまずいて転んで、膝にケガをしてしまうところが、ケガをしない程度とお考えください。大きな流れには逆らえないということなんで、過度に期待をしたらダメです。人間万事塞翁が馬。では、これで失礼します。」
寿から電話を切られた恵介は、途方に暮れた。
「んなこたぁ、言われなくてもわかってるわ。どうしていいのかわからんから電話かけたのに。」
それから恵介は知り合い、友達、同級生へ片っ端から電話をかけ始めた。知恵を借りる為だ。このお金を短期間でそれなりの資産にする方法・・・。そんなものあれば、みんなやってる。みんな同じ返答だった。そりゃそうか。200万くらいなら、そこそこの歳になってて、そこそこの仕事してたら、大体の人が持ってるもんな。無くても借りることが出来る人が大半だろう。それを短期間で安全にまとまった資産にする方法があれば、全員がやってると言っても過言ではない。時間がない事を説明したくても、なぜ時間がないのだ?と聞かれる始末。ライフスパンのことは話せない。恵介は刻一刻と時間が過ぎていくもどかしさだけが募っていくのであった。
その日は思い悩んでも、いい考えが浮かばないと悟った恵介は、いつものように近所のパチンコへ行こうと自宅を出た。
「そういえば、寿がちょっとだけ運が良くなるって言ってたな。ちょっと期待できるかもしれんし、今日明日死ぬわけじゃないし・・・。」
誰に言ってる言い訳でもないが、自分を納得させるようにつぶやいた・・・。
恵介は近所にあるパチンコ屋に向かっていた。若い頃は足繁く通っていて、仕事が終わればパチンコ、休みの日もパチンコと、パチンコしなかった日がなかったくらいである。トータルでは負けてるとは思うのだが、一日で10万勝つ日もあったりして、なかなかやめれなかったものである。最近はお金もなく行きたくても行けなくて、利用してる消費者金融での借金も、ほとんどがパチンコ代に消えていったものだ。
パチンコ屋に着くとパチスロのシマに行き、自分の気に入ってる台の前に座った。打ってるうちに、いい考えが浮かんでくるかもしれない。そんな言い訳をしながらも打ち始めた。打ち始めてしばらくすると出始めた。その日は5時間ほど打って、5万ほど勝った。久しぶりに大勝したと喜ぶ恵介だったが、これも寿が言ったように、寿命が尽きるまでのものかと少々肩を落とした。しかしせっかくの大勝だ。いつもは行けない風俗でも行ってやろうと意気込んだ。
気持ちよく自分の欲望を放出した恵介は、店を出ると帰路に着いた。周りはすでに夜の帳が降りて、自宅へ向かう人達ばかりであった。自宅に帰りつくと、いつものように母親が晩御飯を作っていた。
「けいちゃん、おかえり。晩御飯すぐ作るから待っててね。それとそろそろ仕事探さないとね。いつまでもフラフラしててもダメでしょ。周囲の目ってのもあるからね。」
その言葉にイラついた恵介は、自室のドアを開けて音を立ててドアを閉めた。自分なりの意思表示なんだろう。
(仕事しなきゃいけないのもわかってる。世間の目が厳しいのもわかってる。でも仕事ないから仕方ないだろ。俺が悪いわけじゃない。世間が、社会が悪いのだ。俺だって、こうなりたくてなってるわけじゃねえ。)
ブツブツと恵介はつぶやきながら、ベッドで横になった。どうしていいかわからんし、どうにもならない境遇を呪った。こんなことなら金持ちの家に生まれてくりゃあよかった。そんな事まで考えだす始末である。
次の日から母親の言葉に反発するが如く、またパチンコ屋に通いだした。そんな日が続いたが、肝心の成績はまぁまぁ勝ってたのである。当然のように勝ったり負けたりではあったが、一週間で20万ほど勝った。これならパチプロでもやっていけるんじゃね?と考えてしまった恵介だったが、それでも順調に勝ちを積んで行ったのである。
寿命のことなどすっかり忘れてしまってた恵介だったが、ニュースなどで誰かが亡くなるのを見ると、現実に引き戻されるのである。そこには寿命が尽きるという恐怖が、重くのしかかってくるのである。しかしながら、一ヶ月ほど経ってもそういった素振りも見せない寿命に、今日も大丈夫だろう、明日も大丈夫だろうと考えてしまうのである。最初のうちは死ぬのが怖く、お金が用意出来るものなら、寿命を取り返そうと考えていた恵介だが、今ではぬるい考えに侵されているのが、自分でもわかるのである。それでも長く身に沁みついた自堕落な生活は、なかなか律することが出来ないのも事実である。そして誰に対してでもなく、自分に対して様々な言い訳をするようになった。明日からちゃんとしよう。しかし、明日から出来るなら今日出来るだろう。今日できないから明日も出来ない。だから仕方ない・・・と。
そんなこんなで半年が過ぎてしまった。恵介はパチンコでの勝ちを積み重ね、手元のお金は350万を越えた。まさにパチプロ以上である。朝起きて、パチンコ行って、夜まで打って、勝てば友人と飲みに行ったり、風俗行ったり。負けても居酒屋で友人と飲み食いして帰る。そんな自堕落な生活を、この半年間ずっとしてきたのである。この頃になると、恵介自身に寿命が尽きるという危機感が、ひょっとしたらこのまま寿命を取り戻して、またやっていけるんじゃね?という期待に変わっていた。思考がわかるという指輪を見るたびに、早く寿命を取り戻すように思うのだが、取り戻す金額350万は手元にある。が、この大金を払ってしまうと、また以前の生活に戻ってしまうと恵介は考えた。なら、寿命が1年未満の人間は運気がよくなるという寿の言葉を信じ、この状態の中でもう少し稼いでおこうと思った。もし寿命が尽きるなら、なんらかの前兆があるだろうから、その時に寿命を取り返しに行けばいいし。今の調子なら2~3ヶ月あれば、そこそこお金も貯まるだろう。そんな考えが恵介の頭の中を支配していた。
恵介はそれからも一ヶ月ほど、自堕落な生活を続けながらも、幾ばくかのお金を貯めた。自分の手元には400万を越える現金がある。恵介はお金を数えながらも、もっと勝ってお金を貯めて、これからの人生の元手にするんだと考えた。しかし、母親のことも考えなかったわけではない。あのイラついて自室に籠った時以来、会話らしい会話はしてない。こんな恵介にもこの境遇から抜け出して、親孝行をしたいという思いは少なからずあったのである。
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