あなたの寿命はいくらですか?
じょにーさん
第1話 ライフスパン
ある街のうす暗い路地裏に一軒の店があった。その店は看板すらなく、店自体やってるかどうかも怪しい。その店先にヨレヨレの恰好をした男が1人立っていた。男の名は恵介。どうも噂を聞きつけて、この店を訪ねたらしい。恵介は意を決して、店のドアを開けた。
そこにはモデルか?というくらい、目も眩むような綺麗な顔立ちをした女性が1人立っていた。
「いらっしゃいませ。ようこそライフスパンに。今日はどういったご用件でしょうか?申し遅れました。私、店長の寿(ことぶき)と申します。」
「こちらで寿命を買い取って頂けると聞きまして。私の寿命を全部買い取って貰いたいのです。」
怪訝な顔をしながら寿は恵介を見つめた。
「どちらでこの店の事をお聞きになられましたか?」
当然の疑問である。看板も上げてなければ、宣伝をしている訳でもない。誰かに教えてもらうしか知る手段はない。寿の当たり前の疑問に恵介は答えた。
「パチンコ屋で知らない人が話しているのを聞いたもので・・・。」
誰が聞いても嘘とわかるような答えである。しかし、恵介にはこの答えしか思い浮かばなかった。実際は割のいいバイトを探す為にネットを漁っていたのだが、とあるサイトに辿り着き、ここの事を知ったのである。いわゆる闇サイトである。
「なるほど。まぁいいでしょう。では査定いたしますので、身分証明書を出して頂けますか?それと今までの経歴をこちらに書き込んで下さい。それから買取に当たっての注意事項ですが、取り引きは原則年単位となり、最低限の買い取り量は残り寿命の1/4となっております。また査定には結構な労力、コストが掛かります。経歴や聞き取りなどで虚偽の申告がありますと、しっかりした査定が出来ません。こちらが申告を虚偽と判断した時点でこの取引は中止となり、ペナルティとして残り寿命の半分を頂戴する決まりとなっておりますが、よろしいでしょうか?また、査定が終了して値段を付けた後に納得できず、お客様の方から取引中止を申し出られた時も、同様にペナルティが発生します。この場合のペナルティは1/4となっております。納得していただければ、こちらの許諾書にサインをお願いします。」
許諾書には先ほど寿が注意事項として言ったことが一通り書いてある。恵介は今更ジタバタするつもりもないので、免許証を出し許諾書にサインした。寿は許諾書を確認すると、免許証を持って奥に入って行った。恵介は言われるがままに経歴を書き始めた。
恵介は10分もすると経歴を書き終わってしまい、手持ち無沙汰も手伝って貧乏ゆすりを始めた。こういうとこがいけないんだろうなとはわかってはいても、なかなかやめれない癖である。溜息をつきながら、恵介は寿の査定とやらを待つのであった。
恵介が経歴を書き終わって、20分ほど経っただろうか。寿は奥から出てきた。恵介が座ってるテーブルの前に座り、話をしだした。
「田上恵介様。歳は38歳。ご家族は母親が1人・・・・」
「話の途中にすいません。ちょっと聞きたいのですが、査定とはどういったものなんでしょうか?あと何を基準に査定されるのでしょうか?」
寿はレジの隣に置いてあったファイルの中から、一枚のプリントを取り出し、恵介の前に置いて説明を始めた。
「文字通り、お客様の寿命の査定でございます。今までどうやって生きて来たか、これからどういう風に生きていくか、今までの仕事、財産、交友関係、果ては今までどれだけの方と接してきて、どれだけの人を幸福、または不幸にしてきたか。これから先も同様です。つまり、お客様の人生に値段を付けるということです。また人間にはあらかじめ寿命が決まっております。許諾書にサインを頂いておりますので、正直に申し上げますが、恵介様の寿命は残り35年となります。査定の内容については企業秘密となりますので教えることは出来ませんが、この35年に1年あたりの値段を付けるとご理解ください。」
恵介はガックリと肩を落とした。生きてても73歳までか。まぁこんなしょぼくれた人生生きてても仕方ないしな。そう思い、寿に話を進めてもらった。
「田上恵介様。歳は38歳。ご家族は母親が1人。兄弟はナシ。婚姻歴もナシ。貯金は無く、借金が300万ほど。仕事はリストラされて無職。ふーむ・・・なぜ寿命をお売りしようと考えたのですか?」
「生きてても仕方ないので、幾ばくかのお金にして、そのお金で楽しもうかと。」
「なるほど。正論ですね。ふーむ・・・」
寿はしばらく考え込んでいた。時間にして5分ほどだろうか。
「私の寿命の値段はいくらでしょうか?」
「誠に申し上げにくいのですが、一年あたりの査定が5万円となります」
寿の言葉に恵介は、驚きと共に落胆した。俺の人生はそんなに安いのか。しかし、その理由を知りたい。そう思い、寿に対して反論した。
「私の人生がどうしてそんなに安いのでしょうか?今までのことはともかく、これから先のことはわからないのではないか?」
寿は一つ溜息をつき、ボツボツと話し始めた。
「査定の内容は明かせない決まりですので。納得されない気持ちもわかります。例えばですが、田上様と年収1億円の方がいらっしゃったとしましょう。もしお二人とも餓死寸前で、パンが一つあったとしたら、私はパンを二等分にして分け与えると思います。これは命の重さに置いて平等という考え方です。しかし、田上様と年収1億の方の人生の重さについては平等ではありません。もちろん持って生まれたもの、自分で選べれないもの、例えば親などがそれにあたるかと思いますが。貧乏な親の所に生まれようが、お金持ちの親の所に生まれようが、これもまた才能です。もちろん収入だけが全てではありません。が、現代社会においてお金が人生を豊かにしてくれることもまた事実だと認識しております。正直に申し上げますと、田上様のこれから先の人生はこれだけの価値しかないという査定が出ております。この先は誰を幸せにするわけでもなく、むしろ他人に迷惑をかけ・・・おっと・・・これは失言でした。査定の内容を話してしまう所でした。」
恵介は寿の話を妙に納得してしまった。確かに金だけが全てではない。が、自分にはもう何もなく、残りの寿命さえお金にしようとしている。ロクに努力することもなく、なんとなく生きて来ただけの人生。死のうと思ったことも一度や二度ではない。しかし、そういった思いはあっても、行動に移したことはない。簡単に言えば死ぬのが怖いのだ。母親がいるからとか、この先なんとかなるかもしれないとか、様々な言い訳をして、行動に移せないのである。しかし突き詰めると、死ぬのが怖いのだ。自分の寿命を売ることで、自分の死さえも他人任せにする自分に少々腹が立った。
「話は分かりました。では私の全ての寿命を買い取ってください。」
「承知いたしました。では契約に当たって、いくつかの注意事項を説明させて頂きます。まず金額は一年あたり5万円で、それが35年分となりますので175万円となります。この年という単位ですが、カレンダー通りになりますので、うるう年などは考慮に入れておりません。また一年未満の端数に関しましてはそのまま進みますので。つまり、全ての寿命を買い取ったとなりますと、残りの寿命は一年未満となります。それはいつという質問にも答えることは出来ませんので。ここまでで質問はありませんか?」
恵介が首を横に振ると、さらに寿は話を続けた。
「それと当店には質屋システムがあります。これは質に入れた寿命をやはり取り返したいと思った場合、お渡しした金額の倍をこちらに返還していただけますと、寿命をお返しいたします。期間は寿命が尽きるまでとご理解ください。恵介様の場合は175万円ですので、350万円を寿命が尽きるまでにという感じでしょうか。もちろん期間が過ぎた場合は、そのまま質草は流れていきます。」
恵介はうなずいた。それを見て、さらに寿は言葉を続けた。
「これだけは守っていただきたいのですが、まず契約した期間、もしくは寿命が尽きるまではライフスパンのことは内密にお願いします。それと犯罪行為は犯さないでください。犯罪防止のために、この指輪を身に付けていただきます。」
そう言って寿はグレーの指輪を取り出した。
「これはお客様の思考を読み取る道具でありまして、もし犯罪行為を犯した場合、この指輪がお客様の心臓を即座に止めます。つまりそこで寿命は尽きます。くれぐれも自暴自棄になって、他人に迷惑を掛けたりしないよう行動してください。あと、無理やり外そうとしても、同じ結果になりますので、お気を付けください。」
一通りの説明を聞き、恵介は死というものを身近に感じていた。このままでいいのかという思いと、これでいいのだという思いが交差する。
「いかがいたしますか?」
寿は最終的な決断を促した。死ぬのは怖い。しかし寿命の値段を聞き、ある程度これからの人生を予測出来た安心感もある。
そして恵介は、契約書に自分の寿命の売る分を書き込むのだった。
35年・・・。
恵介は契約する年数を契約書に書き込んだ。これでもう後戻りは出来ない。全ての事項を契約書に書き終えて、ふうと一息ついた。契約書を受け取った寿は、記入漏れがない事を確認して、レジを開けてお金を数えだした。数え終わると、お金と指輪を恵介の目の前に置いた。
「では、こちらがご希望の175万円となります。お確かめください。あとたぶん無いと思いますけど、自殺することも禁止事項に含まれます。しようとしても、寿命まではずっと生き永らえます。例えどんな状況になろうとも・・・。」
恵介はお金を数え終わり、指輪を身に付けて頭を下げた。
「ありがとうございます。このお金はどう使ってもいいのですか?」
「はい、もちろんです。いわば恵介様が身を削って稼いだお金ですので。ギャンブルするも良し。快楽に溺れるも良し。誰かに残すのも良しです。使い道はその方によって千差万別なので、犯罪行為に触れなければOKです。」
恵介はお金をバッグに入れて、外に出ようとした。これからはいつ寿命が尽きるのかわからない恐怖と戦わなければならない。外に出ようとドアを開けた時、寿が声を掛けて来た。
「カウントダウンは明日から始まります。寿命が尽きるのは明日かもしれないし、364日後かもしれません。少なくとも今日は尽きることがありませんので、今日中にやりたいことを済ますというのも一つの考え方です。明日からその時を迎えるまで、悔いのないように、精一杯寿命を全うしてください。何かご質問があれば、契約書の控えの裏に、電話番号が載っておりますので、いつでもお電話ください。本日はご来店、ありがとうございました。」
恵介は頭を下げる寿に対して、ニコっと笑顔を投げかけ店を出た。薄暗い路地裏を大通りに抜けようとしてたら、なぜか涙が溢れてきた。もう決めたことなのに、なぜか涙が溢れてきた。大通りに出る直前で歩くことが出来なくなり、号泣してしまう恵介であった。
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