イチャつきと青天の霹靂
今日は詩との初デートだ。
梨樹人は、柚津と付き合っていたときと同じように30分前に待ち合わせ場所に向かう。
現地に到着すると............詩はすでにそこに居た。
時間を間違えたかと思った。
だけど、腕時計もスマホの表示もきっかり30分前を示している。
とにかく急いで詩のもとへと駆けよって声をかける。
「すみません、おまたせしちゃいました」
「全然待っていないわ。
ん?というか、まだ30分前じゃない。
なにをしているのかしら?」
「え、いや、ちょっと早く来たつもりだったのですが......」
「だめよ、早すぎるわ。今度からはもっと遅く来なさい」
しばらく脳がうまく処理できず固まる。
ややあって理解する。柚津と真逆のことで怒られている。
柚津と付き合っている頃は、もし柚津よりも遅い時間に待ち合わせ場所についたら、「二度と遅れないで」といってその日しばらく口をきいてくれなかったのに。
今、梨樹人は詩を待たせたにも関わらず、「もっと遅く来い」と怒られている。
「へ?でも、冬城さんは僕より早く来てましたよね?」
「年上が早く来るのはあたりまえよ」
「い、いや、その論理はおかしいかと......」
「ごちゃごちゃうるさいわよ。おとなしく私の言う通りにしなさい」
そういうと、詩は梨樹人の隣に移り、梨樹人の腕にキュッと自身の腕を絡ませて、ニッコリと微笑む。
なんでもない、というかあんまり意味のわからないやり取りなのに、何故か幸福感が溢れてくる。
「詩さん。僕、すごい幸せな気分です」
「なっ......!急になんなのかしら!?」
腕を組むのとかは照れないのに、こういうのには照れるのとか、沸点がよくわからないな。
「いえ、待ち合わせに早く来て怒ってもらえるなんて。くくっ。嬉しくて」
「もぅ......へんな神夏磯くんね」
そういって梨樹人を引っ張って歩き出す。
その日1日、ウィンドウショッピングをして昼食、ゆっくりした後再度ブラブラとして、夕食をとって、詩の家の側まで送ってお別れする。
特に目立ったなにかがあったわけではない。
だけど、そんなデートをしたのが久しぶりすぎて、幸せな気持ちが溢れて留まることがなかった。
待ち合わせでお待たせしても梨樹人を無視して置いていかない。むしろ上機嫌で隣を歩いてくれる。
もともと電話を面倒くさがる梨樹人。柚津との電話も、多少の面倒臭さを感じて義務的にかけていた。
だけど、今日の詩とのデートからの帰宅後、どうしてだろう、どうしても声が聞きたくなった。
我慢できずに「無事に帰れましたか?」というどうでもいい電話をかけてしまう。
うん、今日はほんとに楽しい一日だった。
*****
それからのお付き合いも変わらず幸せな時間だけを過ごした。
めんどくさがりの梨樹人なのに、メッセージだけは毎日送りたくて仕方ない。
とはいえ、疲れが溜まっている日はメッセージを送れずに寝落ちしてしまうこともあった。
そんな日。もしも柚津が相手なら間違いなく怒って、数日は苛ついた様子を見せて、プレゼントなんかで機嫌をとることになっていた。
対して詩は、「いっぱいがんばったんだね。そんな日はメッセージなんてせずに早く寝なきゃだめ」なんて言って、次に会ったときに優しく頭をなでてくれる。
脳と脊髄あたりから幸せな気分が電流のように流れる。
あぁ、これがホントに好きになるってことなのかもな。
日々の何気ない行為1つ1つに幸せを感じられる。
これまでの結構キツい恋愛の経験が、逆にスパイスになって、詩とのなんでもない日常を最高級のご馳走のように素晴らしいものに仕立ててくれているのだから、柚津にも感謝しないといけないかもしれないな。
感傷に浸りながら一日の幸せを噛み締め、今日も『おやすみなさい』とメッセージを送り、スマホを手放して睡眠の態勢に入る。
その直後、メッセージの通知が鳴る。
詩からの返信かと思いもう一度スマホを手にとって確認する。
そこには『yuzuからの新着メッセージがあります』と表示されている。
幸せな気分をぶち壊しにするその文字列に憤りを覚えた梨樹人は、いい加減ブロックや無視していればよかったものを、いつもと同じように開いてしまう。
するとそこには......。
『柚津と会ってよ』
『柚津が悪かったから』
『来週の土曜日の11時にいつもの駅の改札前で待ってるから』
『またりっくんと一緒になりたいの』
『来てくれるよね』
というシンプルな文面での連投が表示されている。
ただそんなことを言われても、ヨリを戻すつもりも、今更会うつもりもない梨樹人にとっては、いつもと同様に無視を決め込むに限る。
この2年以上、柚津が「会おう」と具体的に言ってきたことはなかった。
それゆえに多少のざわつきを感じてはいたが、返事を返すつもりはないので、開いたメッセージアプリを閉じて、今日はもうスマホを見ないことを決意して眠りについた。
朝起きて通知を確認する梨樹人。
1件だけ、また柚津からのメッセージが入っている。
受信時間を見るに、どうやらあのメッセージを送ってきた30分ほど後に送ってきたようだ。
俺が既読スルーしてるから追撃してきたのか......?
そう思いつつ、おそるおそるメッセージアプリを開く。
目に入った文字列に、さすがの梨樹人も嫌な心拍数の高まりを覚える。
『来週会ってくれなきゃ、飛び降りるから』
まさに、晴天の霹靂であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます