対決・決着
『来週会ってくれなきゃ、飛び降りるから』
絵文字もスタンプもなにもない簡素なメッセージ。
だけど、いやそれゆえに、なんとも言えない「本気感」のようなものを感じてしまう。
柚津は昔から、機嫌が悪くなると「もう別れる」だとか「帰る」だとか言って梨樹人を困らせて、ある程度梨樹人が落ち込んだと思ったらやめるようなからかい方をしてきていた。
だから今回も、単に強い言葉を使っただけで、実際に飛び降りる気なんてないのかもしれない。
そうは言ってもマジなのかウソなのか、文面だけから判断することはできない以上、最悪のシナリオが見えてしまうのは仕方のないことだ。
梨樹人はすでに柚津に興味はまったくないどころか、ある程度の憎悪の感情も持ち合わせているのだが、さすがにおっちなれてしまっては寝覚めも悪い。
嫌ではあるけど......凄く会いたくないけど......でもこれは行かなきゃやばいか......?
週末に向けて気が重くなる。
あ、そうだ、このこと詩さんに伝えておかないとな。
後々面倒なことになったら嫌だし。
心配かけちゃうかもしれないけど、なにも言わないままの方が良くないしな。
過去の失敗に学び、これまでに柚津から届いたメッセージと、一応会いに行こうと考えていることを詩に報告する。
この報告に詩は「事前に教えてくれてありがとう」というメッセージに続けて「そうね、放置するのは怖いし、行くのが良いと思うわ」と梨樹人の判断への支持を表明してくれる。
そしてさらに、「けれど、ちゃんと私のところに帰ってきてね?」と胸キュンな可愛らしい台詞を残してくれる。
あぁ、これだけで頑張ろうって気になれる......。
そもそも今回の件も、もしかしたらあの時怒って曖昧なまま帰っちまった俺も悪いところがあるだろうしな。
ちゃんと今回で柚津とはすっぱり綺麗に切れよう。
そう決意して、一抹の不安と共に1週間を過ごすのだった。
*****
柚津が伝えてきていた土曜日。
あれから梨樹人は柚津に「わかった」とだけ返していたが、柚津からの返信はなく既読がついているだけだ。
普段は疲れるほどメッセージのやり取りをしてくる柚津が返信してこないという事実にも不安が募るが、変にメッセージの追送をする気にもならない。
結局そのまま放置して本日に至ってしまったわけだ。
現在、時刻は10時半、待ち合わせ場所の改札前。
約束の時間は11時だったが、あの柚津のことだ。時間よりだいぶ前に待っていなかったらそれだけで話し合いにもならないかもしれない。
早めに待っておくに越したことはないと判断して、この時間に待っているわけだ。
10分程して、案の定待ち合わせの20分も前に柚津の姿が見えた。
「あ〜、りっくーん!お待たせ!」
大きな声で梨樹人を呼びながら現れた柚津の様子は案外元気そうだったが、服装は確かに肌を隠すようなものを着用しているようにも思える。
とはいえ、梨樹人がファッションに疎いことを差し引いても、異常というほどではない。
それゆえに今得られている情報だけでは噂の真相はまだわからない。
「おう、久しぶり。てかその格好、暑くねぇの?」
複雑な気持ちが心にモヤをかけるが、そこはぐっと我慢して単純な挨拶だけ返す。
表情は......どうなっているだろう。固くなっていることだけはわかるのだが......。
「ん、別に?」
ごまかすような返事にも思えるし、単に梨樹人自身が疑心暗鬼になっているだけで普通の返答にも思える。
カマをかけてみるもそれほど有益な情報は返ってこなかった。
怪訝な表情で柚津を見ていると、彼女が表情を崩して数歩近づいてくる。
「ふふふっ、やっぱりあぁいうメッセージ送ったら来てくれるんだぁ。相変わらずりっくんは優しいね♥」
「そんなんじゃねぇよ。ホントに飛び降りたりされたら寝覚めが悪いから、とりあえず来ただけだ」
「またまたぁ〜。そんなツンデレしなくてもいいんだよ?」
別れた時の険悪な雰囲気は空の彼方に捨ててきたかのような柚津の馴れ馴れしい態度に呆れてしまい、ため息を吐く。
「はぁ〜。まぁいいや。それで?今日は何の用なんだ?」
「んー、ここではちょっと話しにくいかも。ちょっとついてきてくれない?」
「どこにいくんだ?」
「いいから」
梨樹人が質問を返すごとに声のトーンが落ちていく。
「先に行き先を教えてもらわねぇと、俺はお前を信用できねぇ」
「もぅ、どこまで言わせる気なの?
メッセージ送ったよね?りっくんともう一回一緒になりたい、って。
こんな人の多いところでこれ以上言わせないでよ」
少し照れた様子にも、シンプルに機嫌が悪いようにも見える。
そして梨樹人の腕を掴んで引っ張る。
だが、梨樹人は少しバランスを崩しただけでその場から動かず、素直な気持ちを伝える。
「先に言っておく。俺はお前とヨリを戻すとかは絶対ないから。要件がそれだけなら俺はもう帰るぞ」
「やだ」
柚津が低く冷たい声で梨樹人の拒絶を拒絶する。
「さっきも言ったが俺はもうお前を信用できな......『だまってついてきて!!!!』」
梨樹人の言葉を遮り発せられた柚津の叫びに周囲の目が集められる。
結局、気まずい雰囲気と柚津の力強い引っ張りに根負けしてしまい、その場を離れることにした。
引かれるままついてきた場所は、先程までの改札とは打って変わって閑散とした場所。ラブホテルの目の前だった。
正直、途中でそうなんじゃないかという気はしていたのだが、そうではない僅かな可能性に賭けていた。
どうやら賭けには負けたようだ。
ピンクのネオンに照らされた、豪華な見た目の、だれがどう見てもラブホテル。
これを見間違えるのは小学生までだろうと思えるほどの明らかな愛のホテル。
柚津は止まることなく梨樹人の腕を引っ張って入り口に入っていこうとする。だが......。
「だめだ」
さすがにそこに入ることには抵抗する梨樹人。
さっきから柚津に手を引かれていて、前を歩く柚津の表情はわからない。
一言も言葉を発していないから心情もわからない。
正直に言えば、手に触れられていることにすらも嫌悪感を感じてはいるが、なんとか我慢している状況。
梨樹人の強い抵抗にもしばらく「ぐっぐっ」と無言でホテルに連れ込もうと引っ張る柚津だったが、しばらくの格闘の末、諦めたのか梨樹人の手を離して振り返る。
「なんでだめなの?」
今にも泣きそうな表情で尋ねてくる柚津に、梨樹人は冷たく返す。
「さっきも言ったろ。俺はお前を全く信じられないんだよ。
それに、お前に裏切られたことにもムカついてるし、もう二度と会いたくないと思ってる。
そんなやつとこんなトコ、入りたくないんだよ」
強い言葉に柚津が傷ついたような表情を見せる。
だけど疑心暗鬼が深まっている梨樹人には、それも演技や茶番のように感じられてしまう。
返事を待っていると柚津がふるふると肩を震わせて口を開く。
「そ、そんなのってないよ......。
確かにりっくんのこと裏切っちゃったのは柚津だし、傷つけちゃって申し訳なく思ってるの。
だから今日はそれも含めてお詫びさせてもらって、それでやり直してもらえないかなって......。
そ、それに、『お前』なんて呼ばないで?いつもみたいに『柚津』って呼んでよ」
「嫌だ」
梨樹人の食い気味な即答によって、2人の間にしばしの沈黙が流れる。
ぎゅっ。
突然、柚津が梨樹人に抱きついて密着してくる。
「や、やめろって」
引き離そうとするが謎に強い力で離れない。
「......もう戻れないのはわかった。
でもこのままお別れなんて、そんなの割り切れないよ。
だから、お願い。最後にちょっとだけ、柚津とお話してくれないかな?」
梨樹人の胸に顔を埋める形になっており表情はわからない。
本当に諦めているのかもよくわからない。
言葉に詰まっていると、「お願いっ!」といって抱きついたままホテルに引き込もうとしてくる。
諦めてない気がする......。
「ちょっ、ココじゃなくていいだろ!そのへんのカフェでいいじゃねぇか!」
「人がいるところで、振られるための話をするなんて嫌」
「だからって......」
「ほんとにお願い。今日だけ。今日だけついてきてくれたら、もう柚津とは関わらないって決めてくれてもいいからさ。
飛び降りるとかも、もう送らないから。だから、今だけ一緒にここでお話して!」
どうも嫌いになっていたとしても、柚津の叫びにはいろいろと弱いらしい。
弱い、というのは、「女性の涙に弱い」というような意味というより、ストックホルム症候群のそれに近い。
長年、機嫌が悪くなったら機嫌を取り、期限が悪くないときは損ねないように気を張って。それでも定期的に怒鳴られてきた梨樹人は、怒鳴られると強く出られない身体にさせられていたようだ。
「今の言葉、本当だな?今回ばかりは、嘘はないな!?」
押し勝った柚津は少し声のトーンをあげて「うん!」と明るく答える。
そういうわけで、根負けしてホテルに連れ込まれてしまったわけだ。
*****
入り口すぐにあるパネルの中から空室表示のランプが点灯している適当な部屋を選択し、エレベータで階を上がり、部屋に入る。
なにかあったとしても、力で負けることはないだろう。
今回は飲み物とかに細心の注意を払おう。というか何も口にしないでおこう。
それにそうだ、美人局よろしくやばい状況にならないとも限らない。
一応、スマホの録音だけは、やっておこう。録音を開始して......胸ポケットに入れておけばある程度音を拾うだろう。
あと、鍵だけは開けておこう。
部屋に入った時、柚津が後ろにいて鍵をかけるのが見えていた。
梨樹人は手洗いに行くふりをして鍵を開ける。
この部屋は精算前でも扉を開くことのできるタイプのようだ。万が一のときは全力で逃げよう。
決意して一息深呼吸をして、ベッドのある部屋に入る。
部屋に入っても一見柚津がいない。
......どこへいった?
その瞬間、「バチィッ」という音とともに背中に激烈な痛みが走る。
意識はかろうじて保つことができたがあまりの痛みに立っていることができず倒れ込んでしまう。
後ろを振り向くと、衣服をパージした柚津が黒い物体をもって見下ろしている。
スタンガンだろう。実物を見たのは初めてだが、先端のところがバチバチと火花を放っているのを見るに、間違いはないだろう。
部屋に入ったときに柚津を見失ったのはドアの影に隠れていたのだろう。
梨樹人を見下げる柚津の表情は冷たい。
「どうして鍵を開けたの?」
低い声で問われる。
やばい、バレてた。いやそれよりこの状況、力が入らねぇし、どうする!?
「柚津から逃げるつもりだったんだ。そんなに柚津のこと嫌いなんだ」
うつ伏せに倒れる梨樹人の背中を踏みつける。
前を見ると胸ポケットにいれていたスマホがまろびでてしまっている。
動けないままの梨樹人をよそに、柚津がスマホを手に取る。
「ふぅん......録音まで。なに、これ?」
押し黙る梨樹人の太ももに、もう1発スタンガンの電撃が放たれる。
「ぐあっ!!!」
「ねぇ?なんでこんなことするの?」
こういうことになるからだよ!と突っ込みたい内心に反して痛みと恐怖で言葉が紡げない。
そうこうしている内にしびれを切らした柚津がスマホを強く床に投げつける。
そして「こんなスマホは......こうだよ!」といいながらスタンガンを全力で叩きつける。
スタンガンもスマホもどちらも破損しており、もう使えそうにもない。
破壊が終わった柚津は、スタンガンを捨て、今度は手に手錠(・・)を持って梨樹人ににじり寄ってくる。
「りっくんがもうちょっと素直にしてくれてたら、こんなに手荒にするつもりはなかったのに、これもりっくんが悪いんだよ」
脅しながら、動けないでいる梨樹人の手足をベッドの足に手錠で固定する。
そして梨樹人の上に跨ってくる。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
ここにきて漸く柚津の身体を眺める。
なるほど確かに、噂で聞いていた通り、病気持ちの身体に見える。
「や、やめろ!ホントに!やめろって!」
久々に言葉を発することができた。
「りっくんが悪い」
「なにがだよ!」
「ほら、柚津にごめんなさいして、一緒に楽しも?」
会話が成立しない。それどころか柚津が梨樹人の顔に目掛けて腰をおろしてきているではないか。
このままでは確実に病気を移されると思える悪臭が鼻をつく。
嫌だ、怖い。こんなんで人生棒に振りたくねぇ。
病気をもらうことだけはなんとか回避しようとギュッと目と口を閉じて、擦り付けられるそれを極力拒否しようとする梨樹人。
しばらくして、柚津が「もぉ、なんで舐めてくれないの?」と目からハイライトを消して、息の荒い梨樹人の腹の上に座り込み、冷たく尋ねてくる。
「はぁはぁはぁはぁ......。
なんでって、お前、絶対性病もってんだろ。
前から聞いてたんだよ、お前がいろんなやつとヤりまくって病気もらいまくってるって話。
そんなモン舐めたら俺も病気になるだろうが!」
ただでさえ荒くなっていた呼吸をさらに荒げて一気に告げる。
柚津は相変わらず梨樹人を見下ろしながら、感情の感じられない表情を続ける。
「ふぅん、知ってたんだ。誰がりっくんに教えちゃったのかな?
あ、もしかして慧莉くんが教えちゃったのかな?教えないように忠告したのになぁ。
それで?どこまで知ってるの?」
「ど、どこまでってなんだよ」
「だから、柚津が何に罹ってるか知ってる?」
一瞬考えて推測を答える。
「し、知らないけど、その肌、この臭い......梅毒とかクラミジアあたり......か?」
「おぉ〜正解!それも(・・・)罹っちゃってるよ!」
ん?
しばらく柚津の答えの意味が飲み込めない。
「......それも......?」
ようやく意味を察するが、理解したくない気持ちで、のぞみを込めて問い返す。
「うん、ほかにもいっぱい罹っちゃってるんだぁ。
でも、そうだなぁ〜。一番やばいのは〜、やっぱり、エイズかなぁ」
言葉も出ない。
現代医学では症状を抑えて現状を維持することはできても、ウイルスの完全除去は困難ときく。
マジでやばい、そんなもの移されでもしたらまじで終わりだ。粘液の接触で感染すると聞く。
やっぱり間違ってもこの液体を目とか口に入れるわけにはいかない......!
それに............詩さんとも、できなくなっちまう。
絶望に染まりかける梨樹人に、柚津が交渉をかけてくる。
「エイズ、かかりたくない?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、もしりっくんが柚津の条件を飲んでくれたら、コンドームをつけさせてあげる」
「ヤらないって選択肢はないのか......?」
「ない」
「......条件って?」
恐る恐る尋ねる梨樹人。
「私をお嫁さんにすること。明日から柚津と一緒に暮らすこと。毎日エッチすること。柚津が他の男の人とエッチしても怒らないこと。りっくんの稼ぎで柚津を養ってくれること。これが条件だよ」
突きつけられた条件はとてもではないが了承できるものではない。
「そんなの、飲めるわけないだろ!」
梨樹人が強く否定すると、柚津の口元がニヤリと歪む。目元は変わらず無表情を貫いており、ゾッとするような表情を浮かべている。
「ふぅん、じゃあ、今日からリックンも柚津と同じ身体だね♫
そっか〜、りっくんは真面目だからなぁ〜。
冬城詩さん、だっけ?その人も、ほかの女の子も、一生だけなくなっちゃうね♫
あ、そうだ!冬城さんを消したら、りっくんも柚津と一緒になってくれるかな!?」
そ......そんな。詩さんのことも知られてるのか......!
「詩さんには絶対危害を加えんな!なんかしたらぶっ◯すぞ!」
「やーん、こわーい」
言葉とは裏腹に全く恐れを感じていない様子の柚津。
いろいろと、人としてのブレーキは壊れてしまっているらしい。
「まじで......それだけはやめてくれ......頼む。俺はもういいから......」
「あ、そうなの?じゃあ、この後、この婚姻届に名前を書いてね?」
そう言って片方、「妻になる人」の欄が埋まった婚姻届を見せつけてくる。
梨樹人にはもう抵抗する力も気力もなく、ただただ絶望の海に沈んでいくのみだ。
こんなことになってもう詩に合わせる顔もない。
せめて、汚れてしまう自分とは関わらないようにしてもらおう。
柚津の手が力なくうなだれる梨樹人のズボンにかかる。
こんな俺と付き合ってくれたばかりだったのに......最後だと思うと、口を突いて小さく言葉がでてしまう。
「詩さん......ごめんね............」
詩にはここに来たりすると危険だから絶対にこないようにと、事前に念をおしていた。
だから誰かが助けに来ることも無いだろう。
「もう!お嫁さん以外の女の名前を呼ぶなんて、だめな旦那さんだね。
まぁいいや。それじゃ、いただきまぁす」
ごめん......ごめん、詩さん............。
ばんっっ!!!!!!!!!!!!
ドアが勢いよく開かれた。
2人とも驚いてドアの方を見てあっけにとられていると、詩がすごい勢いで駆け寄ってきて柚津を突き飛ばす。
「きゃっ!」
ふっとばされた柚津は頭を打ったのか、気を失っている。
詩は柚津の頬をパチパチと叩いて気絶していることと、生きていること確認すると、梨樹人の方に駆け寄って声をかける。
「神夏磯くん!だいじょうぶ!?
あぁ......こんなにベトベトにされて。あの子の汚い汁、すぐに拭き取るからね。
もう大丈夫だからね!安心して!」
ものすごい勢いでまくし立てながら、かばんからウェットティッシュを取り出し、柚津の汁で汚された梨樹人の顔を優しく拭く。
「あ、あの......?詩さん?えっと、どうして?」
最初は混乱しており、なにが起こったのか整理しきれないまま何を聞いているのか判然としない疑問を飛ばす。
質問を発した直後、自分の状況が詩に不義理を働いたようにも見えることを思い出し、慌てて弁明する。
「ち、違うんです詩さん!これは、決して僕の意思でここに入ったわけじゃなくて......!」
ベッドに縄で縛られたまま。そんな言い訳を放つ。
詩に嫌われたくない。詩を裏切って柚津とここに入ったなんて思われたくない。
その一心だった。
梨樹人の焦りように反して、詩は菩薩のような笑顔で答える。
「わかってる。わかってるから。ちゃんと、聞いていたから。遅くなってごめんなさいね?」
その言葉を聞いて、「あぁ、盗聴、してたのかな?」なんて思いながらも、しかしてそのおかげで助かったことに、詩を傷つけないで済んだことに、ひとまず安堵する。
詩さんになら、盗聴されるのも大歓迎かもな。
バカなことを考える梨樹人を尻目に、詩は後ろで倒れる柚津の方を振り向き、睨みつけながら暴言を吐く。
「よくも......よくも私の可愛い梨樹人くんに怖い思いをさせたわね、このあばずれ性病ビッチ。絶対に許さないんだから」
わなわなと震える詩。
柚津の髪を掴んで顔を挙げさせたかと思うと、思いっきり手を振るう。
バチンッ!バチンッ!と大きな音を鳴らして何度も頬を弾く。
しばらくして柚津が目を覚ます。
そして周囲を一瞥したかと思うと、恨みの籠もった声でつぶやく。
「よくもりっくんと柚津のことを邪魔したな......」
全裸で詩に飛びかかる柚津。
しかし詩はこれを華麗にかわして首の後ろを手刀で、トンっと叩く。
あっけなく再び気絶する柚津。
「ふん、あなたはもう終わりよ」
詩が柚津を一瞥して吐き捨てる。
詩によって手錠が外されて、一通り介抱が終わったかと思うと、詩がどこかに電話をかけている。
「えぇ......そうなんです......以前お話したあの子。今日とうとうやらかしたので。
はい、お話していたとおり......ええ、そうしていただけますか?」
相手が誰かもわからないし、「そう」とか「以前話したとおり」とか抽象的すぎて会話の内容もわからない。
電話を切った詩は、不安そうな顔をする梨樹人に「安心して、もうすぐ全部解決するから」と優しい声で、微笑みで包容しながら頭をなでてくる。
バブみがパない。
「少しここで待ちましょう」
「なにをですか?」
「さっき電話してた人たちよ」
詩が念の為といいながら、梨樹人が縛られていた手錠で柚津を拘束して、話に出てきた何者か(・・・)を待つ。
その瞬間、「大丈夫か!」という野太い声とともに、またドアが勢いよく開く。
黒スーツで屈強な、エグい人相の悪い、どう見ても気質じゃないお兄さんが3人入ってくる。
「やぁ、詩ちゃん」
「えぇ、今日はありがとうございます。それで?その子が例の......?」
「こいつが姉さんの大事な旦那をハメようとした性病女ですかい......?おい、マサ。連れて行け」
「へい、アニキ」
そういうと、舎弟らしいイカツい男が、手際よく大きめのスーツケースに柚津をおしこんで、持ち去っていく。
詩が、「ありがとうございます、また後日、お礼しますね」というと「いえいえ、お気になさらず」と返してきて、もう1人も退散していく。
あまりの急展開に目を丸くする梨樹人。あっけにとられていると。
「アニキ」と呼ばれていた人物が梨樹人の前に近寄ってくる。
不安になるが顔をそむけずに目を見据えると、その人物はニヤッと笑って、梨樹人の肩を豪快に叩きながら話しかけてくる。
「おぉ、噂に聞いてた通り、いい男じゃないか。梨樹人さん、でしたかね?姉さんのこと、しっかり幸せにしてやりなよ」
「も、もちろんです。えっと、状況はよく理解できてないんですが、とにかく、ありがとうございます......?」
「おう!気にすんな!これ(・・)のことは忘れて生きるんだぜ!」
その指示語は先程のスーツケースを指しながら発せられていた。
それだけ言い残すと、嵐のような勢いで来た彼らは、まさしく嵐のような勢いで去っていった。
こうして梨樹人は危機を脱するとともに、あっけないほどにいきなり、柚津との確執に決着をつけることになったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます