捨てる神あれば拾う神あり
梨樹人は今日、慧莉と飲み直しに来ている。
どうやら春朝の方もあれから柚津と話し合い、浮気を問い詰めた結果、別れる流れになったらしい。
まぁ、それはそうだろう。
梨樹人が柚津と別れた日、梨樹人は最終的にキレてしまい、しっかり話し合うなんてことはなく、ほとんど勢いに任せて別れていた。
それに対して、慧莉は、どうやらじっくりと柚津の話を聞いた上で別れ話をしたらしい。
なかなか我慢強いなぁ〜とか、いいヤツだなぁ〜とか思いながら、その別れ話のときのことを聞いてみるが、その話の内容には楽しい気持ちになれる要素は1つもない。
「〜〜〜〜〜〜ってな感じで、なんつーか最悪だな〜っていう気持ちしかわかなかったわ〜」
慧莉からの話が一通り完了した。
正直、柚津の状況は思っていた以上にヒドいものだった。
なんと柚津は先日、俺と別れるまで5股していたんだとか。
他の3人は梨樹人の知らない人間らしいのだが、そいつらとは遠慮なく避妊なしでシてたんだとか。
しかも、その3人は柚津の浮気を容認しているんだとか。
梨樹人と慧莉だけが浮気の事実を知らずに付き合っていたのだとか。
梨樹人と違い、柚津と慧莉は同じ高校に進学していたのだが、3人のうちの1人は高校の同級生で、春朝とも面識があるやつなんだとか。
何人と寝たことがあるか、って話に至っては数を思い出すだけで気分悪くなる。1桁では収まらないということだけは言及しておこう。
梨樹人と慧莉が浮気を知らされずに付き合っていたのは、他の3人は基本プータローで将来性がなくて結婚なんかは考えられない相手で、自分たち2人だけはある程度将来性も見込めるということで、本命候補として残されていたということだったらしい。
完全に遊びまくりじゃねぇか!
ってか、まさか、万が一にでもそいつらの子どもできてたら俺か春朝が父親ってことにしようとしてたのか!?
こえぇ!あぶねぇ!
春朝のやつも、よくそんな話を最後まで聞いてたもんだな。素直に感心するわ。
「しかも最後なんて、イソの悪口を言いだすんだぜ?意味わかるか?」
わからない。なんでそこで俺が悪く言われなきゃいけないんだ?
「ちゃんとは覚えてないけどよ、やれ『りっくんは友達のあなたより恋人の柚津の方が大切で、あなたは裏切られてるの』だの『これ以上りっくんと関わっちゃだめ』だの。
挙げ句、『今日聞いた話をりっくんにしたら、もっとヒドいことになるよ』だとかのたまってたっけ」
「なんだよヒドいことって。
あと裏切るって、俺はなにについて春朝を裏切れば良いんだ?」
「いや、全くワカンネ」
2人同時にドッと笑ってしまう。
人は意味がわからなすぎると笑いがこみ上げるもののようだ。
「俺は適当に『ハイハイ』って返して帰ってきたから、もしかしたらあいつの中では俺とイソは絶縁でもしたことになってて、さっきの話もイソは知らないって思ってたりするんじゃねぇか?」
「そんなことあるか?お前が知ったら俺も知ることになるのなんてすぐわかるじゃねぇか」
「......ま、実際のところなんて、わかんねぇんだけどさ。
いやぁ、話を聞いてる間、『こいつ何いってんだ』としか思えなかったわ。
それになんで俺は今までこいつの本性に気づかなかったんだ、とかね。自分にもムカついたわw」
慧莉が自虐的に笑いながら続ける。
「つーか、イソもなんで気づかねぇんだよw」
それを言われると痛い。クリティカルヒットだ。
柚津には前科もあるんだし、気づけていてもおかしくなかったはずだ。
でも......。
「あいつと実際に会うのは2週間に1回くらいだったし、その間にあいつが何かしてても気づかなかったのも不思議じゃないかもな。
けど、昔にもやられてんだから気づけよってなもんだけどさw」
「なるほどなぁ。って、ん?昔にもって?」
「お?言ってなかったか?高校3年のときにあいつと別れたのは振られたからだけど、実は浮気もされてたみたいんだよな」
「ま、まじか!ってかそれでよくヨリ戻す気になったな!」
「それはなぁ、なんつーか、責任取らないといけない状況にさせられたっつーかね。半分矯正されたようなもんだったんだよな。
でも付き合いだしてからは好きになってた気がするし、それなりにがんばってはいたんだけどなぁ」
「そうなのか......なんにせよ、お互い結婚とかしちまって取り返しつかなくなる前にわかってよかったじゃねぇか!」
「確かにな。ポジティブに考えるか。それより春朝の方はどういう経緯で付き合ったんだ?」
そういえば春朝のやつが柚津とどんな付き合いしてたのか全然聞いてなかったな。別にあんまし聞きたくもないけど。
「そうだなぁ、特に何の変哲もないぜ。久々にあいつから連絡きてさ。『最近どう?』って。
それで何回か飯食いに行って、ヤることヤッて、付き合い出したって感じかな」
「似たようなもんだな」
「だな。いやー、俺はしばらく女はいいわ。仕事頑張るわ」
「それも悪くないよな」
「イソはどうすんだ?」
「さぁどうかな。いい出会いあったりしたらなびくだろうし、そうじゃなかったら研究と仕事で慌ただしいだけ、かな。
今回結構ショック受けたからどうするかわからないけど」
「そんなもんだわな。とにかく、今日は飲んで忘れようぜ」
そういって梨樹人と慧莉はカキンッと勢いよくグラスを合わせる。
*****
それからは、これまたあっという間だった。
柚津と別れて間もなく2年が経過しようとしている。
梨樹人はいま博士後期課程1年生の秋。
修士課程を無事2年で終了し、さらに進学していた。
あれから新しい出会いがあるわけではなく、研究と仕事に専念した結果、ありがたいことにそれなりの成果を残せている。
風の噂では、あれから柚津は本命(?)だった俺や慧莉を失ってから、将来責任を取らせる相手を探していたのか、さらにたくさんの男と関係をもったのだとか。
その過程で当然のごとく、たくさんの性病を移されたらしい。
あれから俺自身は柚津と1度も会っていないし見かけたことすらないのだが、慧莉は1度だけ見かけたらしい。
そのときは、わりと暑い日だったにもかかわらず、長袖・長ズボンという肌を隠す装いだったのだとか。
もしかすると単純な嗜好の問題かもしれないのだが、状況から察するに、皮膚に表れた症状を隠す目的があるのではないだろうかと邪推してしまう。
柚津が本当に性病に冒されているかどうか自体は正直どうでもいいが、万が一にでも俺と付き合ってる間にも病気もってたりしたら、俺にも感染してる可能性がある。
と思って一応検査したけど、無事なにも罹患してなかった。
春朝も検査したらしいが、なんともないということで、一安心ではある。
ただし一安心なのは自分がまだ健常な身体でいられていることだけ。それ以外の部分に不安が残っている。
あの日、駅前で決別してからも、毎週、ヒドいときは毎日柚津からメッセージが届き続けているのだ。
内容はほとんどなくて、『寂しいよ』とか『りっくんのこと許してあげるから、また会わない?』だとか。
なんで俺が許してもらわないといけないんだよって感じだよ。
基本、いつも既読はつけるが返信することはない。
不安なのは、あれから2年経った今も、このメッセージが継続して送り続けられてことだ。
このまま続ければ、今後また何かしら厄を背負って自分に近づいてくるんじゃないかとさえ思える。
じゃあブロックしたり引っ越したりすればいいじゃないかと思われるかもしれないが、それで人間関係リセットできるのはフィクションの中だけ。
ほんとに執念深いやつは、連絡先のリセットや住所の変更だけでは振り切れないのだ。
ならいっそ、状況がある程度追跡できるようにブロックしないほうが、相対的に身の安全を確保できる可能性があがるというものだ。
復讐だとか「ざまぁ」な物語はそれでスカッとすることもままある。
だけど現実では実行のコストばかり高くてうまみは少ないもんだ。
実はそんなに気持ちよくなれないし、なりふり構わなくなった相手を野放しにすることで危険度が跳ね上がるリスキーな選択だ。
そういうわけで、俺は復讐とか仕返しをしようとかは考えてない。
ただただ無関係でいさせてほしいというのが素直な気持ちだ。
なんだけど、ヒドい目に合わせられたとはいえ、昔なじみが堕ちたということを知るのは案外スッキリせず、逆になんとも言えないもやっとした気分になるもんだ。
だからといって、なにか助け船を出す気にはならないんだけど。
自分のことで精一杯だしな。
そんなふうに考えて気持ちを前に向けようと、自分の認識を確かめるように頭の中で推察を反芻する。
メッセージはずっと飛んできてるけど、2年も経ってるんだし、まさか柚津のやつも今更になって俺の目の前に現れることはねぇだろ。
当然この盛大なフラグは少し先で回収されることになる。
*****
あれから柚津の襲撃があるわけでもなく、時折メッセージが届くだけでそれ以外は穏やかな日々を送っている。
今日もいつもと変わらず慌ただしい日常を送っている梨樹人だったが、いつもと違うことが起きていた。
具体的には研究室に珍しい客人が訪れたのだ。
この研究室には卒業した先輩方が時々顔を見せにきてくれる。
今日のお客人は冬城詩だった。
彼女は修士2年で卒業しており、現在はプロスポーツのトレーナーの補助の仕事に就いているんだとか。
現在は仕事を始めて2年目になるだろう。
梨樹人と詩は、最後に飲みに行ったあの日以降、今日までほとんどまともに話をしていない。
それはどうやら今日も変わらないままになりそうだ。
詩が研究室に入ってきたときには、他の研究室メンバーは昼食にでており、部屋の中には梨樹人だけがいた。
そのためか、イヤイヤなのだろうが、持参したお土産を梨樹人の前に突き出し、「はいこれ」とだけ言って手渡し、吉田先生の居室へと向かった。
ややあって、吉田先生の居室から、詩がでてくる。
そのころには他のメンバーも戻ってきていた。
詩は面倒見のいい性格であり、その性質は今も健在のようで、後輩たちひとりひとりに声をかけて回っていた。
1時間半ほどおしゃべりをしたころ、梨樹人以外の全てのメンバーとの会話が終わったようだ。
冬城さん、そろそろ帰るかな......?
やましいところはないのだが、研究室に詩がいると、梨樹人の心はなんだか落ち着かない。
邪険にされ続けているとそういう気持ちにもなるものだ。
この居たたまれない空気が辛くなっており、正直早く帰って欲しいという気持ちがないでもない。
梨樹人はそう思いながら、どうせ自分に話しかけられることはないだろうとユルく構えて、タブレット端末で論文を読んでいた。
すると、背後から人が近づいてくる気配がする。
なぜか足音で詩のものであると分かる。
いや、俺のとこに来てるわけじゃないよな......?
なぜか緊張して心拍数が高まる。
そうこうしているうちに、詩が梨樹人の隣に立って、タブレットで覗き込んできた。
「偉いわね」
!!!!!!!!!!!!!!!!!
衝撃を受けた。
詩の方から雑談を振ってくるなんて、もう何年ぶりかわからないほどだ。
昔はどのように話していただろう。うまく思い出せない。
「あ......えっと......普通ですよ......?」
ぎこちなく詩の方へと顔を向けると、穏やかな微笑みを浮かべ、優しい口調で話しかけてくる。
「ふふっ、最近もしっかり業績も残せてるようだし、やっぱり偉いわ」
「い、いやいや、全然ですって。成果も先生のおかげで出せてるようなもんですし......!」
手や背中に汗がにじむ。
え......なんだ?なんでこんなに話しかけてくれるんだ?
もう怒ってない?
吉田先生がなにか言ってくださったのか?
吉田先生は本当によく学生のことを見てくださる先生だ。
プライベートな相談や雑談も頻繁に受けてくださる。
梨樹人と詩の仲の険悪さにも気づいていたようなので、その不仲を解消するために何か口添えしてくれていたとしてもなにもおかしくはない。
そう思わせてくれる関係を築けている。
少しの沈黙が2人を包む。
梨樹人が言葉に詰まっていると、詩の方から梨樹人の心を読んだような答えが返ってくる。
「吉田先生がね。神夏磯くんの最近の話もいろいろしてくださったの」
「あ、そうなんですね?」
「そうなの」
そういって優しく笑う詩の姿は、梨樹人がいつか憧れたキレイな先輩そのまま、いやそれ以上に素敵に映る。
言葉を失う梨樹人に詩が続ける。
「ねぇ......今晩、ご飯行かないかしら」
「え、えぇ、冬城さんがいいのでしたら、ぜひ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます