ようやく1話に戻ってきたよ
慧莉との飲み会で、柚津の浮気という衝撃的な事実を知ってしまった日の翌日。
梨樹人はじっくり眠れた、はずもなく、目の下には隈を湛えていた。
心身ともに疲労困憊といった具合だが、今日の柚津とのデート、というか、別れ話には意地でも顔を出さねばなるまい。
布団から出るのを嫌がる自分に鞭打って、日課の朝シャワーと着替えだけ済ませて柚津との待ち合わせに向かう。
朝から胃のムカムカは留まるところを知らないようだが、とりあえず日中は様子を見て、帰り際にすっぱり別れてやるつもりだ。
そう覚悟を決めて待ち合わせ場所に向かう。
いつもは柚津より早く待ち合わせ場所についていないとそれだけで機嫌が悪くなるので、予定の30分前には着くようにしていた。
ただ、今日はちょっとした反抗心から、時間ピッタリにつくように電車に乗る。
待ち合わせ場所の改札前につくと、すでに柚津がイラついた表情でスマホを凝視している。
うわぁ、声かけたくねぇ。
でもこれ以上待たせたら余計面倒そうだしな。
「柚津、お待たせ」
努めていつもと変わらない表情、声音で柚津に声をかける。
柚津は梨樹人に気がつくと、不機嫌そうな顔をさらに険しくして、「遅い」と顔を背ける。
「ごめんごめん」
だめだ、謝罪に心を込められない......。
ぷいっと顔を背けた柚津は、予定していた駅ビルの買い物エリアに向かってつかつかと歩いてゆく。
柚津は機嫌が悪いときはいつもこんな風に梨樹人を置いて歩いていって、梨樹人にしばらく追いかけさせた後、満足したら「反省した?」と近づいてきて急にいちゃつき出す。
アメとムチの使い分けが絶妙なのか、洗脳に近い効果を発揮していたわけだ。
ただ今回はいろいろ目が冷めているというか、恋が冷めているというか。
追いかけたくない気持ちでいっぱいになっている。
とはいえ、ここで追いかけずに別れ話できなかったら最悪だからな。
なんとか自分に言い聞かせて柚津を追いかける。
*****
あれからおよそ2時間。
柚津はプリプリとした状態を続けている。
これだけ長いのはおそらく、今朝の遅刻(待ち合わせ時間に遅れたわけではないのだが)だけが原因ではないのだろう。
昨晩電話しなかったことや、ここのところ会えていなかったこと。
そんな状況で男友達との飲み会をしたことなど、積み重なった鬱憤を発散しているつもりなのだろう。
この2時間、梨樹人の方を全く振り返らず、自分の行きたい洋服やアクセサリーの店をズカズカと見て回っている。
一言も喋らずついていくだけのこれがデートなのか......?
俺たちは一応まだ付き合ってるんじゃないのか?
それでこの扱いって、ほんとになんなんだよ。
これまで盲目的になっていた自分にも、今の状況を作り出している柚津にも落胆し、どんどんしんどさが増す。
それに伴って、柚津との間に空いた歩幅も少しずつ大きくなる。
ややあって、突然、柚津が梨樹人の方を振り返り、キッと睨みつけて、今日ほとんど最初の文章を発言する。
「もう、なんなの!?もっと柚津の機嫌をとってよ!
りっくんが悪いことしたの、わかってるの!?」
もはやヒステリーだ。
前まではこういうとこも可愛いと思えていたんだが、今となっては「浮気してるやつがなにいってんだ」という気持ちしか湧いてこない。
だめだ......これ以上......我慢できねぇよ。
問いかけに何も答えない梨樹人にしびれを切らしたのか、柚津は一言「帰る」とだけ言って足早に店をでて駅の改札に向かう。
ここまで頑張って帰すわけにはいかない......!
速歩きする柚津を追いかける。
人通りの多い駅の目の前の高架の上。
これ以上行かれるとマジで帰っちまう。
「待てよ、柚津!」
くそっ、こんな人の多いとこでやらせるとか、ほんとにこいつは......!
恥ずかしさと怒り、脱力感など、万感の思いを込めた大きな声で呼び止めたところ、漸く歩みを止めてこちらを振り向く柚津。
少しの沈黙の後、柚津が文句を吐く。
「もう!反省したの?」
「うるせぇよ。なにが『反省したの?』だよ」
「......え?」
普段温厚な梨樹人が柚津に初めて出す冷たく重い声に、柚津が一瞬戸惑う。
そこに畳み掛けるように、春朝慧莉との関係、つまり浮気の状況を問い詰める。
「なぁ、反省すんのはお前じゃないのか?」
「何言ってるの、今回のことはりっくんが柚津のこと放置したり、柚津より友達を優先したり、電話してくれなかったり、それに今日遅刻したりしたのが悪いんでしょ!」
「いいかげんにしろよ」
梨樹人の声はどんどん沈んで低くなっていく。
「なぁ柚津、春朝とは、最近、どんな感じなんだ...?」
「え!?」
柚津の驚きの声と、その後に続く沈黙が、浮気が事実であることを証明しているようだ。
「えっと、どうしたの?春朝くん?なんのこと?」
「大丈夫、とぼけなくていいよ」
「突然どうしたの?なんか今日はりっくんらしくないよ......?」
「昨日飲みに行った相手ってさ、春朝なんだよね」
決定的に思える事実を伝えた瞬間、柚津の顔から血の気が引いてサーッと青くなっていく。
うつむいてしばらく黙ったかと思うと、フーッと息をはき、驚きの反抗を見せてくる。
「うん、そっか、ばれちゃったんだね。
でも、それって柚津のせいなの?違うんじゃないかな。
りっくんがあんまり相手してくれなくて寂しくさせたり、不安にさせたのが悪いんだよ!?
そのせいでつい...でも、本当に大事なのはりっくんだけだから!
これからまた柚津のことちゃんと構ってくれたら元通りになれるから!」
開いた口が塞がらないとはこのこと。
後は別れを告げて帰宅。本作1話の通りの展開になるわけだ。
「はぁ〜あぁ〜。初めて付き合ったころは可愛くて素直な良い子だと思ってたんだけどなぁぁぁ」
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