~小鴨藤丸~酢豆腐

 ~小鴨藤丸~


「つまり殿塚プロデューサーは映画製作のために、脚本家を探しているだろうから、私は小鴨君の知り合いのフリーター兼脚本家である仙道という男の作品を紹介することで、そのお礼として、天宮香恋の出入り禁止令を解除してもらうという訳か」

「どうでしょうか……何か意見があれば聞かせてください」

 藤丸は不安な表情を浮かべた。作戦の内容を聞いた亀岡は、腕を組みながら考えている。亀岡のその顔を見ると、決して成功するとは思えないような、険しい表情をしていた。


「筋書きとしては悪くない、流行りものが好きな殿塚さんのアンテナに大賞受賞の肩書がついた仙道という男の脚本が引っかかってくれる可能性はあると思う。なんだか『酢豆腐』みたいな話で面白い——だけどそんな簡単に乗ってくれるかな……」

「『酢豆腐』ってなんかの料理ですか?」

 藤丸と香恋はピンと来ていないようで首を傾げた。

「落語の演目の一つだよ、江戸っこ達が知ったかぶりで有名な若旦那に腐ってカビの生えた豆腐を見せて『これを知っていますか、貴方ならご存じでしょう』と言って食べさせる話、痛快だけど食べた若旦那も粋で面白いんだよこれが」

 流暢に落語の『酢豆腐』解説を始めた依織を皆意外そうな顔で見ていた。


「……まあそういう話だ、今回は仙道の脚本で殿塚さんを一杯食わせるってこと」

「仙道さんの作品は腐った豆腐ではありません、傑作です……」

 藤丸は反論した。彼自身は仙道の作品を気に入っているため、作品を提供してくれるからには、それを騙して殿塚に押し付けるのではなく、純粋に評価して欲しい。


「すまん、そうだな言い過ぎた。でも私一人では殿塚さんを説得させるのは難しいぞ、もっとたくさんの人を巻き込まないと仙道という脚本家の価値も上がらない」

「つまり、殿塚プロデューサーと親交が深い人がいれば成功率は上がるってことですよね」

 藤丸もその問題点については同意見であった。亀岡が味方に付いてくれるのは心強いが、欲を言うともう一押しがいる。それは殿塚プロデューサーと亀岡には親交がないから。だから、出来れば殿塚と親しい人間を味方に欲しいと考えていた。


「それなら私に任せて、実は殿塚プロデューサーに接触できるよう、彼の予定を調べたの。そしたら、私が前に勤めていたテレビべんてんで報道部に所属している工藤プロデューサーと今度一緒にゴルフに行くって話を聞いたの。その人は私がテレビ局にいた時から仲が良いのは有名だったからかなり親交は深いと思う——」

「依織ねーちゃんって結構やる気だったのね」

 藤丸が依織を説得していたときは、興味ないような顔で聞いていたのに、社長が協力すると決めてからから楽しそうであるし、意見も積極的だった。だから、依織は実はこうなることを見越してくれて事前に調べてくれていたのではないかと気がついた。

「まあね、私も『恋染ガールズ』のステージを見たいから」

 依織は照れ臭そうに笑った。

「そいつを先に調略すればいいのか」

 亀岡が依織の話にかぶせる様に食い気味で言った。そんなこと藤丸も、香恋も気がついていたことだが、会議をするうちに亀岡も盛り上がっていた。


「そうです……私は工藤プロデューサーと同じ部に勤めていたので、彼に連絡を取るのは可能だと思いますけど、所属課は違うのであまり話したことはありません……だから簡単に味方になってくれるかどうかです……」

「その人脈使えるな……どうすれば味方に付けられる」

「えっと、今はワイドショー寄りのニュース番組を指揮している方なので、そこで放送できるスクープがあればベストかと思います。例えば、熱愛報道とか、不倫報道とか、大衆が好きそうなやつ。まあ、スクープなんで手に入れるのは簡単ではないですが」

「よし、その餌を準備すれば用意すればいいんだな」

 亀岡は腕を組んで頷く。


 日々芸能人のプライベートを追っている記者を差し置いて、スクープを撮ることは簡単な事ではない。それにどの程度の情報であれば協力関係を結んでくれるのかも不明である。

 しかし、今は餌なないかと探す他はなさそうであった。

「それって難しいのでは——」

 藤丸が思っていた事を香恋がツッコむ。すると他の2人も思っていたようで、どんよりとした空気が社長室に流れた。


 藤丸は一応スマホを取り出してみると、ちょうどその時、有紗からのメールがきている事に気がついた。充から始業式にライブをやる許可を貰ったとの報告で、添付された写真を見ると、有紗が笑顔でピースをしていて、その横で充が真顔のまま目を見開いていた。


 その写真を見ながら思わずニヤついていると、ふと思い出すことがあり、藤丸は会議をそっちのけでスマホをいじり始めた。

「どうしたの……藤丸君、なにか思いついた?」

 横にいる香恋がアルバムのスクロールを動かしている藤丸を不思議そうに見ていた。

「その件は僕に任せてください。工藤プロデューサーを必ず調略してみせます」

 自信のある笑みを浮かべながら、立ち上がる。スクープを見つけた藤丸は興奮していて、この件は彼に任せることとなった。


「じゃあ、私は工藤プロデューサーに連絡を取ってアポイントを入れてみる。あと決戦のゴルフは9月1日にやるから藤丸はその日は学校休んでね、あんたが首謀者なんだから」


「え……」

 依織から決戦の日程を聞いた途端藤丸の体が凍り付いた。9月1日はゲリラライブが行われる始業式の日である。藤丸はせっかく決まった『恋染ガールズ』ライブが見られない絶望に突き落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る