~染川有紗~もう一つの作戦

 ~染川有紗~


 藤丸と香恋が東京に出向いている時、有紗は学校にいた。夏休み中であったが生徒会と文化祭委員が10月に行われる文化祭の予算について話し合う日であったため、文化祭委員の有紗は学校に登校している。


 有紗は会議があったから事務所に行けなかった。しかし、それだけが目的ではない。生徒会のある人物に持ち掛けたい話があり、有紗は会議が終了した途端、その目的の人物に近づいた。

「充君、久しぶり——夏休みもうすぐ終わるね、何していたの?」

 藤丸の知り合いで生徒会副会長でもある和久井充は有紗のその声で振り向いたが、あまりいい顔をしていない。

「久しぶり、特になにもしてないよ、部活に出たり、塾に行っていたよ」

「ふーん、すごいね、今の時期から塾に行っているんだ。さすが充君は優秀だね」

 にこにこしたまま相槌を打っていた。しかし、充は有紗にしては珍しい、何か企んでいるような白々しい笑顔に何か目的があると気がついて、顔をしかめる。


「用があるなら早く言ってくれない……これから部活なんだけど……」

 充は会議室の椅子を直しながらぼやいていた。どうやら急いでいるようで有紗の話に耳を傾ける気はあるが、ただ黙って聞く時間も惜しいようだ。

「9月1日の始業式で10分だけでもいいから、私達に時間をくれない? 私と都地香恋さんでゲリラライブをやりたいの、貴方ならどうにか出来るかなと思って……」

 生徒の前でライブをやりたいと言い出したのは香恋の方であった。「堂々と私達がアイドル活動をしていることをみんなに見てもらいたい。周りにどんな目で見られてもいいから新しい自分として一歩踏み出したい」と熱意のこもった目で香恋は言っていた。


 それは香恋が静と和解した直後の出来事である。

 有紗にとっては『彩色マーメイド』を辞めて、ここに転校してきた昔のままの天宮香恋ではなく『恋染ガールズ』としての天宮香恋に生まれ変わりたいのだと感じた。

 有紗にとっても新しい自分を見せるための一歩でありたいと、香恋の提案を賛成してどうにかライブが出来ないか考えていた。

 それを藤丸に相談したところ、やるなら全校生徒が集まる始業式に盛大にやろうと、始業式のスケジュール調整の融通が利くだろう生徒副会長の和久井充にお願いしてみてはとアドバイスされた。


 結局2人の力ではなく、藤丸がいないと思いつかない案で計画が進むことになったが、夏休み中、充に接触できる有紗が交渉役を引き受けた。

 有紗はドクドクと心臓を鳴らしながら、充の反応を待っていた。

「あのな——始業式って言うのは教員側がスケジュールを決めるんだよ。しかも始業式って校長先生の長いスピーチとかあるけど、意外と綿密なスケジュールが組まれている。俺に言われても調整できない。先生に言っても突然のライブなんてできるわけがない——」

「だからあなたに相談しているの……生徒会副会長の手腕ならどうにかできるかなって思って……もしこのライブが成功して、その企画を立ち上げたのが副会長だったと知られたなら株は上がると思うよ、その功績で次の選挙にも繋がるんじゃないかな」

 充は時期生徒会長の座を狙っている——


 こう言いだしたのも充の友達である藤丸の推測であり、自信に満ちた顔で有紗は言い放ったが、彼はさらに怪しんだ。

「酷いこと言うけど、それって染川さんの知恵じゃないよね、藤丸あたりが吹き込んだんだろう……」

 充はため息をついて、パイプ椅子に腰かける。その動作で、部活に行かずに話を聞いてもらえるように思えた有紗は彼に近づく。


 そんなことバレたっていい……だけど、藤丸の策はまだ終わっていない。

「ちなみになんだけど……もしライブができるということなら、真由ちゃんがそのライブの準備を手伝ってくれるって言ってたよ——私たちの活動を最初から応援してくれたから、成功するために手を貸してくれるって……」

 船見真由の名前を出した途端、明らかに充は落ち着きがなくなっていた。真由には学校でライブをやると言ったら、手伝うと言ってくれたのは事実である。それを伝えただけで、彼の顔は可笑しいほど赤くなった。


 充は額を手で押さえて、うめき声が聞こえた後、うんざりとした顔を上げた。

「二学期から全国大会に向けての地方予選が様々な部活動で始まる。だからその激励会として5分だけだ、時間をやる。それが精一杯だ、先生と会長にはあくまでその応援としてのパフォーマンスとだけ伝えておく……だからその意向に沿って貰えるなら、ライブを許してやる——」

 藤丸から、生徒会長選挙の話を出した後も首を縦に振らなければ、真由も手伝うことを持ち出してみてくれと言われて、有紗はその通りにしてみた。


 正直そんな陽動は生徒副会長で超大真面目な充に通じる訳がないと思っていたが、彼の180度変えた対応を見た今、恋の力を改めて知ることになった。

「やった! 流石充様、ありがとう。絶対盛り上げてみせるから——」

 有紗は嬉しさのあまり、充に抱きつきそうになったが、彼が抱き着かれたい相手は自分ではないと思い、とどまった。

「これも、どうせ藤丸の入れ知恵だろうな……まあ成功して盛り上げてくれれば問題はない、俺はあくまでその手伝い」

「生徒や先生、学校のみんなが夢中になれるライブにするために私たちは練習するから、充君と真由はサポートよろしくね——あと藤丸はそのライブの様子を録画するから、撮影の許可もよろしく」

 有紗はスマホを唐突に取り出して、カメラモードを起動すると充と2人でツーショットを撮る。後で藤丸と香恋に充と協力関係を示せたこと証拠を送るつもりで撮影したが、2人の表情はまるで違う。


「——何すんだよ。決まった途端、次から次へと要望を出しやがって、ちゃんと君たちもライブをやってくれよ——あと俺はあくまで学校のためになると思って、決断したことだからな」

 充は大きなため息をついて、立ち上がり教室を去ろうとする。

「分かっているって——でも真由には和久井君がいろいろ動いてくれたお陰で開催できるからと言っておくね」


「そういうこと言うなって……」

 充は顔が赤く、緩んでいく顔を隠すように足早に教室を出た。それをしっかりと見ていた有紗はそのライブの開催を請け負ってくれた充と、一緒に手伝ってくれる真由の2人がそのイベントでいい出会いをしてくれればと願うと、胸が熱くなる。

「はやく2人に伝えたいなあ……」


 そんな計画を考えた藤丸は、今芸能事務所でどんな交渉をしているのだろうと、有紗は窓から空を見上げながら考えていた。

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