芸能界復帰への道

~小鴨藤丸~反撃開始

 ~小鴨藤丸~


 補修の帰り道、藤丸と有紗は電車で一緒だった。ボックス席で向かい合いながら今後の活動のための作戦会議をする。

「殿塚プロデューサーはやはり大物だよ」

 藤丸はとある日にパソコンに向かい合って殿塚プロデューサーについて調べた。


 殿塚はディレクター時代、関西で人気だったとある芸人コンビを東京に進出させてゴールデン番組の司会に抜擢した。その番組が高視聴率を叩き出して大成功を収めると、瞬く間にエビステレビのプロデューサーに上りつめた。その後も殿塚プロデューサーの制作した番組の多くが人気番組と言われるようになった。


 その成功の秘訣は流行にいち早く乗ることだと、過去のインタビュー記事に掲載されている。

『流行を完璧に予測することではなく、波に乗りそうなその直前を見極める』その感覚は藤丸には一切分からない。

 書かれている記事の切り抜きと一緒に映る、彼の自信満々に語る姿はオールバックの髪、恰幅の良い体、光沢のある明るいグレーのスーツ。極道映画に出てくるような容姿であった。


『彩色マーメイド』の番組を作ろうと言い出したのも彼らしい。その番組は半年で終わってしまい、様々な分野に手を出していることが、迷走しているとの批判もあったが、まだその実力と影響力は健在である。

「でも、その殿塚って人をどうにかしなきゃいけないんでしょ。望むところね」

 有紗は拳を付き合わせてへへっと笑う、喧嘩上等といった感じであった。

「元ヤンアイドルに転向するのか?」

 アイドルだがヤンキーだった事実はないため、向かいに座る有紗は藤丸の脛を思いっきり蹴り上げる。


 泣き所である脛を打たれて悶絶する藤丸の姿をみて有紗は何かを思いついた。

「大物殿塚にもどこかにきっと弱点はある。そこを突ければ、自然と倒れてくれるんじゃない」

 天宮香恋の出禁を解除して貰うためには、彼との交渉は必須である。交渉する機会を得られるかどうかの問題は先送りにしても、殿塚の弱みに漬け込めることが出来れば交渉を優位に進められる。

「何かないかな——」

 スマートフォンを取り出した藤丸は、最近の殿塚プロデューサーに関するある記事見る。

「私は藤丸の弱点結構知ってるよ」

 スマホから目線を外し、小悪魔的な笑みを浮かべる唇を見て藤丸はただ照れていた。

「うるせー」と気恥ずかしさを紛らわし再び画面を見ると、殿塚がプロデュースする映画に関する記事に目が留まった。


 藤丸の中で確かに大きな閃きが生まれた。

「どうしたの?」

 口がほころぶ藤丸を見て、有紗も自然な笑顔を見せる。

「あの人の協力を得られればなんとかなるかもしれない」


 翌日藤丸はコンビニのバイトがあり、きっちり4時間働く。仙道とシフトがかぶっていて、彼と話したかった藤丸はバイト中何度も時計を見つめていた。

 仙道はいつもバイトが終わるとコンビニの駐車場に設置されている喫煙スタンドで一服しているのを藤丸は知っている。


 藤丸も仙道と一緒にバイトを終え、紙パックのレモンティーを片手にお店を飛び出すと、コンビニの明るい光に照らされた仙道さんがぼーっと一服しているのが見えた。

「お疲れ様です。早速ですが僕からお願いがありまして」

 仙道は口から紫煙を吐き出すと、藤丸の方を見て頷いた。

「なんだ、シフトの交換の話か? 俺は暇だからいいぞ」

「違います、本業の話です。僕に仙道さんが書いた脚本の一つを託してもらえませんか?」


 仙道は藤丸の依頼にぽかんとした表情を浮かべた。

「小鴨君どうした? 疲れたか?」

「いえ元気ですよ。理由を聞けば仙道さんも納得して下さると思います」

 仙道は藤丸のその真剣な表情に狼狽えていたが、煙草を吸って気持ちを落ち着かせる。

「なんだよ、俺の書いた脚本をお前はどうしたいんだ」

 藤丸は仙道にお願いしたい事を話す前に、ある話題を振ってみた。

「その前に、殿塚というテレビ番組のプロデューサーが映画の製作に携わろうとしているのをご存じですか、その人がある大物脚本家とタッグを組んで制作に乗り出したらしいのですが、突然その契約が解除されました」

 仙道は夜空を見上げながら、何かを思い出すように呟いた。

「そういえばそんなニュース最近あったな。確かその脚本家は複数のゴーストライターに脚本を作らせていたっていうやつだろ、殿塚プロデューサーは貧乏くじを引かされて可哀そうだよな」

 藤丸が昨日見たネットニュースはその記事であった。脚本家でもある仙道にはもちろんそのニュースを知っていたようで、ならば話が早いと、話を進める。


「そうです、殿塚プロデューサーからすれば災難な出来事ですよね。でかいプロジェクトを立ち上げたのに、脚本家のせいで計画が破綻してしまった。それでなんですが、仙道さんの脚本をそのプロデューサーに売りこむ気はありませんか?」

 殿塚プロデューサーはまだその映画製作の計画を諦めていないことも藤丸は知っている。

 それが殿塚にとっての弱みだ。彼に付け入る隙があるとすればそこであるし、そのために仙道の脚本を使わせてもらいたいと企んでいる。

 大人気脚本家を夢見る仙道にとっても美味しい話ではあるが、簡単には受け入れられない。


「ずいぶん悪い顔をして言うなあ、そんなこと願ってもみない話だけど、無理だろ。小鴨君はそのプロデューサーと知り合いなの?」

 苦笑いを浮かべる仙道は藤丸の言うことが絵空事だと思っているようであった。実際まだ絵空事ではあるが藤丸は堂々と話を続ける。

「これから絶対知り合います。僕はある事情でその人に恩を売り込みたい、そのために仙道さんの作品が必要です……できれば自信のある作品を僕に託して欲しいです」

 映画の脚本を殿塚プロデューサーに差し出して、恩に着せておき、その代わりに天宮香恋を認めさせる。それが藤丸の計画であった。


 かなり無謀な手ではあるが、映画の製作を諦めていない彼は物語の種である脚本を欲しているはず。そして流行りものに興味をもつ彼なら脚本コンクールで大賞を上げた仙道の作品になら食いつくと踏んでいた。

「なるほど、小鴨君は殿塚プロデューサーにして欲しいことがあるから、その対価で俺の脚本が使われるのか……面白い。事情は分からないけど乗った、どんな形であれ俺の作品を欲してそれが役に立つのなら使ってくれ」

 仙道は藤丸の賭けに乗った。


 少々仙道はごねるのではないかと危惧していた藤丸だったがそれは杞憂だったようだ。

「ありがとうございます。仙道さんの脚本が面白いからこそ、この作戦を思いついたのです。絶対に仙道さんの作品の魅力を殿塚プロデューサーにも伝えますから、信じて下さい」

 藤丸の堂々としたその言い草に、仙道も乗せられて思わず笑ってしまった。

「人を乗せることは上手くなってきたな……俺も期待に応えられるようにいろんなものを用意しておくよ」

 仙道に頭を下げたあと、作戦の第一段階は完了を遂げられたことに藤丸はガッツポーズをした。

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