~染川有紗~1人は2人を迎えに行く
~染川有紗~
雨のせいで床が濡れている薄暗い学校の昇降口、自分の革靴が入っているロッカーの扉を開けたり、閉じたりをしながら有紗は立っていて、帰るのを躊躇っていた。
有紗は雨が降っているから帰りたくないのではない、藤丸と酷いことを言って、香恋にうんざりした挙句自分から飛び出したことを後悔していた。
有紗は強い決意でアイドルを始めたつもりであった。一緒に香恋とステージに立ちたい、アイドルとして香恋を追い抜きたい、藤丸を夢中にさせたい。そう思うと自分がやりたいことが見つけられた気がした。
最初は自分を可愛く見せるなんてダサいと思っていた。ダンスだってプロのパフォーマンスを真似れば、難しいものではないと自分の力を過信していた。しかし、香恋の横にいるとそんな気持ちは吹っ飛んでいく。アイドルはかっこいいし、体の細部まで意識を集中させないと、本当の自分は体現できないと気がついた。
昔からアイドルを目指していた香恋は魅力的だ。一瞬でも足を止めれば、遠く見えないところまで行ってしまうような気がした。だから有紗は置いて行かれないように一心不乱に練習をした。中途半端なのが一番ダサいという思いに変わるとそれからは無我夢中だった。
近所のお祭りでのライブは本当に楽しかった。アイドルとしてだけど、藤丸に浴衣姿を見せて誉められた時は幸福であった。
一曲歌って踊るのが精一杯で、やっぱり香恋にはまだ勝てない、思わず終わった時は安心して膝が笑っていたけど、自分の限界を出したと思っている。そして、香恋がアイドルにこだわる理由もあの時分かった気がする。
だから、本気になっていたからこそ、藤丸から諦めろと言われたとき、その言葉が受け入れらなかった。彼の事を始めて拒絶してしまった。香恋が過去にやってしまった事なんて、挑戦していくうちになんとかなると思っていた。
香恋もその気持ちは同じだと思っていたけど彼女は過去に囚われている様で、その時は本気になっていたのは自分だけなのかと、少し恥ずかしい気持ちでいた。
それでも自分は間違っていない、引き返したくない所まできている、あそこにいたら自分まで諦めてしまう、だから飛び出してしまった。
自分の馬鹿——
ロッカーにもたれかかると、有紗の目から不意に涙が零れ落ちた。
本当に飛び出してよかったのか、私はみんなを笑顔にするアイドルを目指すと決めたなら、こんな状況になった時には一番に2人を元気つけるべきではないのか。
そもそも少しでも2人の気持ちを汲もうとしたのか、向き合おうとしたのか、ただアイドルになれない事実に絶望して駄々をこねただけではないのかと一人ロッカーで泣いていた。
十分に泣いた有紗はロッカーの扉を閉めて、2人がいた教室に戻ることした。もう一度説得しようと薄暗い廊下を引き返して、階段に登ろうと踊り場を見上げた時だった。
そこには笑顔にしたい2人がいて、有紗の目に輝きが放たれた。
「藤丸——香恋——私はアイドルをやりたい。ステージに立ちたい、テレビに出たい、応援してもらいたい……だから諦めないでよ」
真っすぐな叫びが響き渡った。それを聞いた藤丸は階段を一段飛ばしで駆けおりていくと香恋の両手をぎゅっと握りしめた。
「ありがとう、もう迷わない、そして諦めないよ。だからもう一度僕についてきてくれ、この手を信じて欲しい」
有紗の好きな藤丸に変わっていた。すこし大げさだけど、一緒にいれば楽しいと確信させてくれる、そんな彼の口ぶりが彼女は大好きであった。
いつの間にか踊り場の窓から、雨がやんで雲の隙間から光が差し込んでいている。
「藤丸から言われなくても、信じているよ……ずっとね」
有紗が藤丸の瞳に夢中になっている時、有紗の背中に香恋が包むように抱き着いた。香恋は有紗の肩に顔をのせて、両腕でしっかりと有紗の体を囲っている。
「有紗がここで待っていてくれて良かった……私たちを見捨てないでくれてありがとう」
「見捨てるわけないじゃん……まだ私たちは負けてない。そう言いたかっただけ——」
「——かっこいい」
有紗が振り向いて肩に乗っている香恋と目が合うと、2人はずっと笑っていた。
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