~小鴨藤丸~2人は1人を追う

~小鴨藤丸~

 朝から強い雨が降っているせいで、教室の窓ガラスに強く雨が打ち付けられている音が藤丸の集中を削いでいた。

 この日、夏休み中に行われる自由参加の補修授業で、藤丸は苦手な英語の補修を受けるために重い足を動かして学校に来ていた。


 憂鬱な気分だったが、香恋と有紗も数学の補修を受けるため学校に来ている。先日依織から聞いた事と自分の気持ちを正直に話しておきたい藤丸は今日相談しようと決意していて、ひたすら補修を耐えている。

 英語の補修が終わると有紗と香恋が補修を受けていた教室に向かった。


 教室が3人だけになるのを待ち、その時が来ると藤丸はありのままを打ち明けた。

 殿塚プロデューサーという男が香恋にテレビ局の出入り禁止を出したのをきっかけに、他のメディアもオファーNGを発令していること、芸能事務所はその命令に従っているから香恋を雇っても仕事を与えられないこと。そのためこの状況では、香恋が芸能界に戻るのは不可能であること。そして、それを解決する手段が自分には思いつかないから、これからも動画投稿で出来る活動をしていこうと提案した。


 雨はまだ降り続いていて、藤丸の小さい自信のない声は雨音に負けていた。

「それで——藤丸はいいの? 私たちのステージが見たいんじゃないの。私たちの目標はどうなるの」

 有紗は藤丸が話し終えるとすぐに反論した。動揺しているのは明らかで、空の教室に彼女の声が響いていた。


「本当にごめん、僕が自信満々にステージに立たせると言ったにも関わらず、いとこからその話を聞いてから自分の無力さを実感した」

「私のせいだよ——私がプロデューサーを怒らせたまま、芸能界から逃げてしまった。だから今も2人に迷惑をかけている」

 体の力が抜けたように、香恋は椅子に腰を下ろした。彼女はその事実を納得しながらも静かに失望しているように見える。


「香恋は全く悪くないでしょ。過去にどんな事実があったとしても、それが今の私達を邪魔する理由にはならない。だからどうにか出来ないの?」

「僕もそう思っているよ! 依織に現実を叩きつけられた時も現状を打破して2人がまた夢を目指せるような手段はないか考えたよ。でもそんなの思いつけない、3人の高校生では何もできない。だから僕はこれ以上傷つきたくないし、2人が傷つくのを見たくない……」


 藤丸の心からの叫びであった。自分がアイドルをやって欲しいとお願いしたからこそ、こうなってしまった、彼女たちには不用意に夢を見せてしまったと責任を感じている。

「ふざけないでよ! 私達は中途半端な気持ちでアイドルを目指した訳じゃないの……本気でやっているの、それが分からないの? 私達の一番近くにいるくせに何も見えていないのね」

 2人のステージを見るために今まで半端な気持ちになった事はない。しかし、自分がこの事態を予測できなかったのは自分の見積もりの甘さで、有紗にやる気がないと見られても仕方がないと覚悟はしていた。


 皆まで言われた藤丸はその言葉が強く胸に突き刺さった。

「藤丸君は問題に向き合って、どうにか私達がステージに立てる方法はないかと、心から考えてくれた上で言ってくれているの。だから有紗 責めるのはやめて、責めるなら私の方でしょ?」

 さっきまで座っていた香恋だったが、いつの間にか有紗と藤丸の間に割り込んで叫んでいた。

 

「香恋にとってもそんな簡単に諦める夢だったんだ。私達って言ったのはごめん、訂正させてもらうね……」

 有紗は鞄を振り上げて教室へ飛び出した。彼女から言われたことが心に刺さった藤丸と香恋は追う気力がない。


 アイドルを遊びでやっているわけじゃない……

 その気持ちは藤丸ときっと香恋も同じ思いでやってきた。

 だけどそれを口に出して、諦めている2人を怒る有紗こそが夢に本気であったと藤丸は思い知らされた。

「こんなこと言わなければ良かったのかな……有紗のあんな怒った顔見たのは初めてだよ——」

 教室に残された藤丸と香恋は窓ガラスから雨の様子を茫然と見つめていた。

 こんなことになるなら、2人にはその事実を伝えず叶わなくとも、ひたむきにアイドルを目指してもらった方が良かったのではないかと藤丸は考えてしまった。


「有紗と一緒に戦っていくと約束したのに……私は過去に囚われて前を向けなかった」

「僕も……ちゃんと有紗の事を見るって約束したのに、見えてなかった、あんなに本気だったなんて」


「夏休み中、歌や踊りの練習や撮影で会うとき、いつも有紗は楽しそうにしていた。そこは学校で見る有紗と一緒なんだけど、その目を見るといつもよりずっと集中しているのが分かるの。お祭りの仕事も、周りを笑顔にして人からどんどん好かれていって、私が理想とするアイドルだと思ってしまった」

 香恋が外を見つめる瞳に一筋の涙が流れていた。


 拭こうともせずにただずっと遠くを見ている彼女の羨望の目はここにいない有紗を想い描いている様に藤丸は見えた。

「何もかも自分のせいでこうなってしまった——」

「藤丸君は背負いすぎだよ。私は楽しかったよ、これまで3人でやってきたことは絶対に忘れない。こうなったのは私が原因だから我儘は言えないけど、私はどんなカタチでもこれからも3人一緒にいたい、でも有紗が本気で芸能人としてアイドルを目指すなら、私はアイドルを辞めてもいい、たぶんそれは有紗が許さないけど……」

 背負いすぎているのはどちらの方かと藤丸は彼女の悲しそうな顔を見て思ってしまった。


 香恋と有紗のユニットを考えたとき、どんなことを思っていたのか、藤丸は振り返る。

 ステージに立った2人を想像したらそれが見たくてしょうがなかった、ただそれだけの理由だった。

 見たいから藤丸は有紗を誘い、彼女もやりたいと言ってくれた。そして、香恋も有紗と一緒で良かったと言ってくれているし、有紗も本気で香恋に負けないように努力をしていた。

 有紗と香恋のユニット名を考えている時も、カメラを構えている時も、見てくれる人の期待に応えたいと思いながら動画を編集している時も、お祭りの日2人のステージを見ている人の温かい笑顔を見た時も、全部が新鮮で楽しかった。


 藤丸はいつのまにか全部自分のために必死でやってきたことが、それは有紗と香恋のためでもあって、そして2人を応援してくれるファンのことを考える様になっていたことに気がついて、再び決意をする。

「やりたいことが上手くいかなくても、自分が見たい景色に向かってまた進んでもいいかな……僕はやっぱり2人のステージを見たい。香恋の気持ちを聞かせて欲しい」


 藤丸は涙を堪えてそう告げた。

「私も有紗とステージに立ちたい、藤丸君の夢を叶えてあげたい。もう弱気になりたくない。私も何度だって挑んでやる……」

 2人は立ち上がり視線を合わせると、有紗を追うために教室を出た。

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