~小鴨藤丸~不合格通知

 ~小鴨藤丸~


 これから2人の曲が始まろうとしている。絶対に出るものかと思いながらも、念のため画面に表示されている発信者を見ると『唐沢依織』と表示されていた。

 滅多に向こうかかってくる相手ではないし、先日依織宛てに『恋染ガールズ』の宣伝をしていたので、そのことについてもしかしたら前向きな連絡が来たと期待した藤丸は一旦ステージを離れて、誰もいないステージ裏に引っ込んだ。


「もしもし、僕だけど、急ぎの用じゃなければ後で掛けなおしたい」

「やあ藤丸、2人の履歴書とDVDが届いていたよ。天宮香恋が映っていて驚かされた。あと有紗ちゃんって藤丸の幼馴染でしょ、何年か前のお正月の時に会って紹介してもらったよね。2人共すごく可愛いのが貰った資料からでも分かる」

 2人になにか光るものを感じたのだろうと彼女の陽気な声から感じ取れた。


 有紗がお正月に挨拶で家に来てくれた時ちょうど、東京に住んでいる依織も小鴨家に来ていて、面識があることは藤丸も知っていたが、覚えていたことは意外であった。

「ありがとう、実は香恋がうちの学校に転校してきて、またアイドルをすることになったんだ。しかも今度は有紗と2人で。だから、依織の事務所に出来れば入れてもらいたくて書類を送らせてもらった」

 藤丸は興奮気味に経緯を話すと依織も「そんなミラクルがあるのか」と驚いていたが、急に冷やかな口調に変わった。


「——そのことなんだけどね……結果から言うと不合格だよ……」

 依織はきっぱりと言い切った。

「そうなんだ……やっぱり依織の事務所はアイドルの所属はいないからね、それに僕たちはまだ始めたばかりだ……」

 突然の不合格通知に驚いてはいたが、自ら不合格の原因を上げることで気にしていないように装った。


「それもそうだけど、ちょっとうちにも事情があってね、有紗ちゃんはともかく香恋ちゃんを事務所に入れるわけにはいかない。だからごめんね」

 有紗を事務所に入れる分には良いけど、香恋はダメだと言うような依織の言葉で藤丸は動揺した。

 香恋がアイドル芸能界に復帰することに問題があるのか——


 地面を見つめながらその理由を考えたが藤丸には理解できない。

「それはどういうことだ、何か事情があるのか。それは依織の判断なのか? それとも会社としての判断なのか? 僕は2人のステージを見るために精一杯やっているんだ。教えてくれ」

 2人が歌っているステージの影から藤丸は声を上げる。

「まだこの話は私以外の社員は知らないけど、絶対社長も同じ判断をするよ、社会人として、芸能界に関わるものとしてね——」

 藤丸は会場の様子をそこから見ようとするとステージの骨組みが邪魔をして有紗と香恋が立っているステージは見ることができないが、『うみ風』のメロディーが微かに漏れていて、顔なじみの地域住民たちが満開の笑顔でステージを見つめている。


 あんなにも楽しそうなステージが作り出されているのに、このままでは次のステップには進めない。

「なんで依織が勝手に決めるんだよ、彼女達のステージを見てくれ、ちゃんと話し合ってくれよ——送った資料を見てくれたのなら2人の魅力が分かるだろう」

 藤丸は苛立ちを隠せなかった。彼女たちが何故『不合格』なのか、依織の言い方では単なる技術的な要因ではなく、香恋一人に問題があると言っているようなもので、納得できない。


「まあ、怒るのは当然だろうね、それについて話したいことがあるから、明日東京に来てよ、到着したらメールして。無理にとは言わないけど、2人の面倒をみているならこれからのために絶対知っておいた方が良いよ——」

 切電の音が耳元で響くと、藤丸は言い返す暇もなくただ立ち尽くしていた。

 こんな精神状態では2人を支える立場として顔を合わせられないと藤丸は公園に吊るされた提灯の光を見つめた。なんとか落ち着くことが出来たが、その後藤丸がステージ脇に戻った頃にはライブは既に終了していた。


 鳴りやまない拍手が会場に溢れていたが、今の藤丸にはそれが少し煩いと感じて顔をしかめる。

 香恋と有紗がステージに下がると脇にいる藤丸の方にやってきた。2人とも顔はまだ火照ったままで、息も少し荒いが達成感のある顔を浮かべていた。

「凄かったよね、かっこよかったよね私達、今までで一番興奮したかもしれない。夢中になってやれたと思う」

 2人の胸に捲かれている帯が、パフォーマンス前よりも乱れており、ダンスの激しさを物語っていた。


 有紗は冷め切れない気持ちを、手を胸に当てて抑えようとしている。

「久しぶりにたくさんの人の前でライブをしたけど、やっぱり楽しいね、やめられないよ——ずっとずっとやっていたい」

 香恋も一曲では物足りないようなそんな口ぶりで有紗を驚かした。

「そういえば藤丸君、私たちのライブの始まる前に外に出ていったよね、私たちのステージが見たいって言っていたのになにかあったの?」

 香恋は自分たちのステージを見てくれなかった藤丸に少しだけ怒っているように見えた。


 藤丸は彼女から逃げる様に目を逸らして、会場の様子を見渡した。

「大事な電話があったから外していた、見られなかったのは残念だけど、観客の反応を見るとライブは大成功みたいだね、でもこの後はカラオケ大会の司会だから気を抜かないでやろう」

 明日依織から直接不合格の原因を聞き出すまで2人は黙っておこうと判断して、電話の内容を詮索されないように、次の仕事を意識させて気を逸らさせた。

「それはもちろんだよ……私たちは気持ちよくライブをさせてもらえたのだから、今度はみんなを応援しないとね……」

 香恋はそう言ったが藤丸の不穏な態度をまだ香恋は疑っているのか、じっと彼を見つめていた。


「本当に何もないの?」

「うん。そろそろ準備に取り掛かろう」

 あくまで冷静を装う藤丸は、手を一度叩きその場から離れた。

 その後のカラオケ大会はビンゴ大会と同じように香恋がきっちりと進行をこなし、有紗がステージに立つ出演者にインタビューやいじりをすることで盛り上げるという役割で滞りなく企画が進んだ。


 イベントが終わる頃には会場の雰囲気は完全に有紗と香恋の物であるかのように自在に盛り上げることが出来て、参加者をすっかり魅了していた。藤丸も裏方として精一杯働いていたが、彼自身、電話の事が気がかりで心ここにあらずと言った感じで初のイベントは幕を閉じた。

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