~小鴨藤丸~小さな夏祭り

 ~小鴨藤丸~

 藤丸が開設した『恋染ガールズ』の代表メールアドレスから一件の仕事が突然飛び込んできた。それは夏休み中に開催されるお祭りの司会という依頼であった。


 藤丸と有紗が住んでいる地域をまとめる自治会が開催するお祭りで決して規模は大きくないが、近年減少してすっかり貴重になった地域交流イベントであり、そこに住む子ども達は毎年この日を楽しみにしている。自治会長が『恋染ガールズ』に仕事を依頼したのは、とある会員が『恋染ガールズ』の動画チャンネルをたまたま目にして、近所に住んでいる有紗がアイドル活動をしている事に気がついたからである。

 仕事概要は子ども限定のビンゴ大会の手伝いや、地元住民ナンバーワンを決めるカラオケ大会の司会をやるというほとんどボランティアみたいな内容であったが、有紗と香恋は乗り気であったので受けることにした。


 お祭り当日、ビンゴ大会が始まると会場となっている第三公園には沢山の子ども達が集まった。公園内に設置された特設ステージの上に香恋が立っている。


「17番、17番の数字がビンゴシートに書かれている人は指でカードを押して下さい」

 香恋は響き渡る声を出しながら、数字が書かれているボールを掲げていた。

 提灯や太鼓が飾られた周りより一段高い場所に葵色の浴衣を着た香恋は立って、精一杯声を部屋に響き渡らせている。しかし、それを聞かずに友達と大盛り上がりする子どもや、水風船に夢中になっている子どもがほとんどで、彼女を見ている人は少なかった。


 藤丸からは完全に振り回されているように見えたが、香恋は笑顔を絶やさずに、その場所から読み上げた番号が参加者はちゃんと聞いてビンゴカードを指で押しているのかを確認している。

 一方有紗は紅色の浴衣を着たまま、右往左往に走り回り、ビンゴシートに穴を開けるのを一緒に手伝い、時には関係ない話を振られて絡まれていた。そのたびに近くに寄り添い、丁寧に接していて、彼女の親しみやすい性格もあり騒がしい雰囲気にも浸透していた。そのため、どちらかというと有紗の方が楽しそうであった。


 ビデオ撮影の了解を貰っていた藤丸であったが、あまりに忙しい現場を見て撮っている場合ではないと泣く泣くスマホをしまいイベントの手伝いに参加した。

 そうしてあっという間にイベントのビンゴの部は終了した。

 藤丸はビンゴマシンを片付けている最中にかき氷を持った少女に話しかけられた。

「あなた達は何をやっている人なの?」

 その質問に答えようと腰を折ってその人と同じ視線になる。

「僕はただの2人の手伝いだけど彼女たちはアイドルをやっているの。知名度はまだまだだけど、これから絶対有名になるから!」

 頭を下げると少女は温かい笑顔で頷いてくれていた。


「カラオケ大会では歌ってくれるの?」

「——彼女たちは司会でここに来たから、残念だけど披露は出来ないの、動画を投稿しているからおうちに帰って親と一緒に見てね」

 子ども相手にも布教を怠らない藤丸はスマートフォンを取り出して、チャンネルページを見せた。

「そっかあ……お姉ちゃんたちのステージみたいな」

 かき氷についたスプーン状になったストローを甘噛みしながら少女は呟く。


「ごめんね、お兄ちゃんは仕事があるからそろそろ戻るね」

 優しい激励に心が熱くなったが、まだ片付いていないものがあるため、藤丸はすぐに手伝いを続けていると、ステージで打ち合わせをしている2人が目に入る。

 やっぱり一曲でもパフォーマンスさせてもらえないか頼んでみるか——

「俺らの歌なんて飽きるほど聞かされているんだから、あの子たちに歌ってもらうのがいい」

 そう悩んでいると、周りにいる老人よりも元気が良い白髪の老人が藤丸に話しかけてきた。


 自治会の役職にはついていないものの発言力というか声がでかい会員である。その声に藤丸の周りには次々と人が集まって、彼女たちのステージを見たいという希望の声が上がった。

 藤丸はその声に応えようとステージ脇で酒盛りをしている自治会長の元へ行き説得を試みると、一曲でもいい、彼女たちのステージを見て欲しい。そんな心からの願いが伝わった。


「分かりました。皆さんからの要望もありますので、司会の前に一曲パフォーマンスしてください。古いカラオケ機しかないですが、お使いください」

 カラオケ大会が始まる前の余興として『恋染ガールズ』のライブが開催されることになった。

「ありがとうございます、必ず楽しいライブにして見せます」

 藤丸は胸を張って宣言した。


 どんなところで歌おうと、どんな設備であろうと、その一つひとつのライブとそこにいるお客さんを楽しませることが次に繋がると藤丸は信じている。このことを伝えにカラオケ大会の打ち合わせをしている香恋と有紗のいるステージに駆け寄った。

「香恋、有紗、事情が変わった」

 藤丸に気がついた2人は彼に浴衣姿をアピールしようと近づく。

「藤丸見て、この浴衣いいでしょ? やっぱり浴衣は紅色だよね」

「中2の時一緒にお祭り行った時も着ていただろ。似合うよ……可愛い」

「藤丸君、私の浴衣は葵色で上品でしょ? 前に撮影で使わせてもらった浴衣が気に入って思わず買い取っちゃったの」

「去年発売されたシングルの付録でついていた生写真で着ていたやつだよね。今でも僕のお気に入りだよ——ってそんなこと言っている場合じゃない!」


 甲乙つけがたい2人の完璧な浴衣姿は藤丸を乱していたが、いまは悦に浸っている場合ではないと気持ちを切り替える。

「早速だがライブをやるぞ、みんな2人のステージを見たがっている。準備をしてくれ」

「どういうこと? いま進行の台本のセリフの振り分けをしている途中なんだけど」

 有紗は急な変更に戸惑ったのか一歩後ずさりをした。一方香恋はマイクを強く握りしめる。


「有紗と私でなにを歌うか決めておくから、藤丸君は私達が披露できる曲がちゃんと機械に入っているか確認してきて」

 香恋は一切動揺をせずに2人を指揮していった。芸能界に居た香恋はこういう不測の事態にも慣れているのだろうか、藤丸は香恋を心強いと思いながら急いで機械を確認する。


 幸運にも最近の曲まで充実しているようで2人が歌える曲もすべて入っていることを確認すると、藤丸は安心しながらステージに戻った。

「このカラオケ機なら何でも流せるぞ」

「じゃあ『うみ風』を歌おう。私が『彩色マーメイド』の中では一番好きな曲」

 有紗は自信ありげな顔で希望を言うと。香恋は少し複雑な表情を浮かべたが、頷いた。

「じゃあ、私もそれでいいよ。すぐに始められそう?」

「うん、たぶん大丈夫。足引っ張ったらごめんね、香恋」

「2人のユニットなんだから、助け合って当然だ。有紗も動画じゃ香恋にも負けてなかった。楽しみにしているよ2人とも」

 有紗は藤丸のその励ましを聞いて背筋大きく伸ばした。

「藤丸君はステージの脇で見守っていて欲しい。一番私達が見えるところにいて」

 香恋は藤丸にそっと近づいて、弱気な声で囁いた。


「……わかった、なにかあったらそこにいるから言ってくれ」

 正直藤丸は2人のファンとして地域住民たちと観客席から見たい気持ちでいっぱいであった。しかし、香恋からそう言われて断れるはずもない。仕方なくステージの脇に隠れて彼女達と観客席を真っすぐに見た。


「これも悪くないかな……」

 ステージ脇から見えた景色に藤丸は不思議と心が躍った。観客席とはまた違う、2人の柔らかくなっていく横顔や、観客席にいる一つ一つの視線がどこを見ているのかまでそこからは確認することができた。


 藤丸が息を潜めて2人のパフォーマンスが始まるのを待っていた時であった、このタイミングでスマホが鳴り始めた。

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