~小鴨藤丸~プラタナスの木

~小鴨藤丸~


 うだるような暑さが連日のように続く夏休み、藤丸はひたすら香恋と有紗の知名度を上げるため、日々慣れない編集ソフトを使って有紗と香恋が撮ってきた日常的な動画を作品として仕上げていた。

 そして今一本動画を完成させて動画サイトにアップロードしたのは日をまたぎ夜が明ける4時頃であった。そんな時間にも関わらず香恋から連絡がくる。


『動画投稿お疲れ様 これから朝ごはん食べませんか? ここで待っています』

 一緒に送られてくる位置情報を見ると、香恋の家の近くにある公園であることに気づいた。


 夜通しの作業に頭脳は悲鳴を上げている。すぐさまベッドに直行して寝たい気分であったが、香恋からこんなチャットが来て断るわけにも行かない。脂汗を落とすため藤丸はシャワーを浴びると、始発も出ていないので自転車で公園まで向かった。


 公園に到着すると、ウッド調の屋根付きベンチに香恋が待っていた。彼女は朝食としてハムとレタスが挟まったサンドウィッチを用意して藤丸を出迎えた。

「とっても美味しいです」

 しゃきしゃきの野菜と薄切りのハムは早朝の腹ごしらえとしてはちょうどいい、と腹を空かせていた藤丸はほおばった。


「ありがと、なんかピクニックに来たみたいだね」

「ちょっと時間が早すぎるけどね」

 5時を回った公園は小鳥のさえずりと木々が揺れる音が聞こえる静かな空間であった。昨日の夜に降った雨のお陰でひんやりとした空気が2人を包んでいる。


「ずっと編集作業してたの?」

「してたよ、一回作業を始めると楽しくてやめられないんだ」

 藤丸はすっかり動画編集にハマっていた。2人が映っている動画を純粋に楽しんでいる面もあるが、見てくれる人のために分かりやすく見せる工夫も日々考えている。

「私も有紗と動画撮るのは楽しいよ」

 香恋はいちごミルクを飲みながら、有紗と撮影した動画ファイルの1つを見る。


 動画の企画はだいたい藤丸が案を複数出して、香恋と有紗が気分で決めてもらっている。

 中身はテレビで見る食事レポートに挑戦をしたり、他にはミニゲームで競い合う系の対決企画、2人が20分間おしゃべりするだけの動画もあった。これだけではただの動画投稿勢だが、アイドルらしい活動や動画も投稿している。歌ったり、踊ったりをする動画を撮るために2人はカラオケで歌の練習をしたり、学校や公民館に集まってダンスの練習をしていた。


 遊んでいると思われるかもしれないが、それが2人で出来る最大限の練習である。

 試行錯誤で活動を続けながらも、動画の投稿が驚異的なペースで続けられた結果、なんと投稿頻度に比例する様に再生回数は伸びた。

 少しずつだけど動画に関するコメントも寄せられて「アップしたら絶対見ています」や「可愛すぎる」などのコメントを見ると藤丸のモチベーションは上がる。この結果は有紗と香恋の魅力があってこそだと思いながらも、自分もちゃんとそれを伝えられていると自信を持つようになった。


 藤丸は同時に彼女たちを受け入れてくれる事務所も探すため、一番の見込みである依織が働いている事務所に『恋染ガールズ』の動画と紹介文を送った。正直依織が勤めている事務所に受け入れてもらうのが藤丸としては一番綺麗に収まると思っているが、忙しいのか返事はない。

「香恋こそ、僕が動画投稿するまでずっと起きていたの?」

 動画投稿の直後に香恋からお誘いがあった事に気になっていると、有紗は鞄から一冊のノートを取り出した。

「私ね……『恋染ガールズ』の曲を作っているの。ノートを広げていろいろアイディアをかき込んでいるんだけど、なかなか思いつかなくていつの間にか朝になっていたら、藤丸君が動画投稿していたから、起きていたんだねって……」

 香恋はノートを広げるが、アイディアが書かれている中身を恥ずかしくて藤丸には見せたくないのか、腕で隠していた。


 プロのボイストレーナーやダンスコーチを雇って本格的な指導をして貰いたいし、楽曲提供もして欲しい、しかしそんなお金は藤丸のアルバイト代では到底賄えきれない。だからこそ、事務所のサポートが欲しいと痛感していた頃であったが、香恋はユニットの曲を考えていた。

「香恋が作った曲を『恋染ガールズ』が踊る。聞くのが楽しみだよ」

 それをステージで聴くことが出来ればファンとしてはどんなに幸せな事だろうと藤丸は夢想した。


「あんまり期待しないでね。こんなことしたいと思えたのは初めてだから——藤丸君が私を誘ってくれてから少しずつ生活が変わり始めた」

「それをプラスに思ってくれればいいんだけどね……」

 紙パックのいちごミルクを飲みながら頷く。

「間違いなくプラスだよ。藤丸君の周りは楽しくて、沢山の人が集まるの」

 そんな溌溂とした彼女の声を聴いて、そんなことはないと謙遜したい藤丸であったが嬉しくて一つ話を出した。


「なんだか、プラナタスの木の話みたいだね」

「プラナタスって、この公園にも植えてある木だよね」

 公園の広場に植えられている、大きな葉をつけた樹木の一つを香恋は見た。

「哲学者のプラトンがいつも弟子に哲学を説いていた場所がプラナタスの木が集まるアカデミアの森という場所だったんだ……ってそんな偉大な人と僕を繋げるものではないけどね」


 徹夜の作業のあまり、考えなしの発言だった。自分の立場をプラトンと一緒に捉えかねないことを言った藤丸は顔を赤くさせる。

 すると香恋はゆっくりと立ち上がり、プラナタスの木の元へ駆け寄る。


「ありがとう、なんだか今ので曲が書ける気がする」

 さっきまで少し眠そうな表情の香恋は藤丸の雑学をヒントと捉えすっきりとした笑顔に変わっていた。

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