~小鴨藤丸~レンズに映るアイドル

 ~小鴨藤丸~

 藤丸はスマホを操作して、ビデオカメラアプリを起動させると、慣れない手つきで調整していた。それが終わると、確認のために2人に一度カメラの枠に入るように頼んだ。

 スマホの画面を覗きながら角度を調整していると、藤丸はカメラの異変ではなくそれに映るあることに気がついた。

 有紗は自己紹介のセリフを確認しているようだが、肩の力がずっと入っている。彼女自身も緊張を自覚していて落ち着こうと深呼吸を繰り返しているが、それが余計に彼女を焦らせている様にも見えた。


 香恋は、何度も本格的なカメラを向けられたことがある。なので、スマートフォンを向けてもいつもの凛とした彼女が映っていた。

 無理に意識せずにいつもの有紗でいてくれればいいだけなのだが、彼女は人に可愛いと見せるために自分なりに模索している。

 そんな有紗を見て、解決するのは自分の役目であると、支える立場の藤丸は考える。彼も人にカメラを向けることに馴れていないため、緊張はしているが、それが有紗に伝わらないようにそっと近づいた。


「有紗大丈夫か、なんか飲み物でも持ってこようか?」

「このままでいいから、心配しないで。香恋も準備満タンなのに待たせちゃってごめんね」

 無理やり口角を上げたような不自然な笑顔で有紗は答えた後、横にいる香恋に視線を移して、また一つ深呼吸をした。

 その様子を見た藤丸はもしかしたら有紗は、レンズを自分に向けられる緊張よりも、一緒にカメラの枠に入る香恋の事を意識して、気負ってしまっているのではないかと考えた。


 芸能界に出た経験のある香恋が放つ、見えないプレッシャーにようやく気がついた藤丸は有紗をこちらに向かせる。

「一人で落ち着こうとしなくていい。有紗は香恋を意識しているみたいだけど、今は2人で『恋染ガールズ』というユニットで対等な仲間なんだ、だから頼っていいんだ。この状況にすぐに慣れろとは言わない。だけど、僕はちゃんと有紗もアイドルに見える。それにこれからみんなに見られて、比べられるなんて当然だろ」

 すると、香恋が有紗を試すような目で見つめた。


「もし不安なら、私が少しセリフを貰ってもいいけど——」

 香恋の一言で火がついたのか、いつもの堂々とした有紗に戻っていた。

「あげないよ。いつまでもこんなことしていたら、誰にも見てもらえないよね」

 有紗はゆっくりと背筋を伸ばした。

 べったりと甘やかすよりも、少し厳しく言った方が効果的であると藤丸は考え、それに香恋が続いてくれた。実際それは上手くいったようで、もう一度スマホのカメラで2人を覗くと、自然な笑みを浮かべながらも、お互いが準備してきた台本に指をさして真剣に意見を出し合っていた。


 2人は仲間だけど、闘争心がある。そのことが藤丸にも伝わった瞬間だった。

 ようやくスマホ位置調整が出来た藤丸は、撮影前に声を掛ける。

「僕も初めてだから緊張しているけど、ちゃんと2人の魅力が伝わるように撮ろうと思っている。それを信じて欲しい」

 はっきりとした声で藤丸は伝えると、ちょうど有紗と香恋は準備が出来たのか、台本をカメラが映らない所に置いて立ち位置に戻った。 

 カメラを構えながら、心臓の鼓動が高鳴っている。2人は可愛いことを藤丸は当然分かっている。それが一番分かっている自信がある。しかし、それを見てくれる人に伝えられるかが心配であった。


 その緊張が手まで伝わらないように、カメラを必死で押さえている。そんな時、真由が後ろからゆっくりと藤丸に近づいて、耳元で囁いた。

「大丈夫だよ、あなたが心配することじゃない、可愛い2人がカメラに写っている——」

 それを聞いた藤丸は腕に力が入り、口元を震わせながら笑った。

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