アイドル活動
~小鴨藤丸~恋染ガールズ
~小鴨藤丸~
高校2年生の夏休みがやってきた。
夏休み初日の藤丸は、ベッドで仰向けになりながら、2人をどうすれば芸能界に進出させることが出来るのかをひたすら考えていた。
ユニット結成の問題はなくなっていたが、彼女たちを十分にバックアップさせられる体制が必要である。自分はまだ高校生で2人のプロデューサーにはなれないし、そもそも企画側にはなりたくはない。
藤丸自身はあくまでも2人のファンでありたい。サイリウムを持って2人を観客から応援していたい気持ちでいるが、今のところ任せる相手はいない。
そう考えだすと振り出しに戻ってしまう。やはり事務所に入れてくれるまでは、自分なりに2人の宣伝をするしかない。
一度香恋は事務所から退所したが、そこ以外に売り込めば、香恋を事務所に招きたいところなんて沢山あるだろうし、一方の有紗はいつも堂々としているから、すぐに肩を並べられるだろう。だから、心配することなんてない。
そんな少し楽観的な気持で部屋にこもっていた。
観覧車での甘いひと時があって以来有紗の事を考えると、彼女の様々な表情が頭に浮かび上がる。
今もまた、彼女の唇の感触を思い出して、体の至る部分が熱くなった。
それは初めてのことであったし、幼馴染の有紗があんな愛らしい顔をしていたのが忘れられなかった。いつも悪戯な笑顔で自分をおちょくることはあるが、あの時は真剣に自分が見られているような感覚があり、彼女も自分だけを見て欲しいと求めていた。
あの日から少なからず藤丸の心が動いたのは確かである。
ベッドから起き上がり、台所にある冷蔵庫から棒アイスを取り出して食べ始める。その甘さは伝わってきても、冷たさは自分の体に伝わらない、心の芯の部分が熱くなっているそんな悶々とした気分であった。
「まずは紹介動画を撮る」
藤丸が2人にそう言いだしたのは、夏休み初日の夜の事だった。まずは、動画を撮影して2人の結成を少しでも多くの人に知ってもらう。
スマートフォンの普及や、画質の向上、誰にでも投稿できる簡単なアプリがあるお陰で、素人でもそこそこは満足する動画を投稿できる。藤丸はそれら文明の利器を活用して2人を宣伝しようと考えた。
動画の投稿を続けて少しでもそれが話題になれば動画を見たどこかの芸能事務所から連絡が来るかもしれない。そんな期待を持っていたし、何より行動しなければならない。
計画を有紗と香恋に伝え、まずは自己紹介を用意しておく事と、以前体育で披露した曲を2本目の動画として投稿するため、準備しておいて欲しいと伝えた。
その3日後、鴻巣のとある公民館のホールに3人は集まる約束をする。
藤丸が公民館を訪れると、入口には意外な人物が待っていた。肩にはいつものポーチがかかっていたが今日は赤色ではなく青色で、いつもに増してクールな印象があった。
「どうして船見がここにいるんだ」
船見真由が入口のベンチで座っている。向こうも藤丸に気がつくと、にやりと笑った。
「だって私が申請してあげたのよ、ここの場所借りるの。私のお母さんが市の職員だからお願いして、無理やり使用予定を入れてあげたの。なのに、そんな態度はないじゃない、プロデューサーさん」
「そうだったのか、ありがとう。外でやるには暑くて敵わないから、ここを使いたかった。あと僕はプロデューサーじゃないから——その呼び名はやめろ」
外は連日の猛暑で、夏の間、野外で活動することは間違いなく体に悪い。実際に先日有紗とデートをして、彼女が体調を崩してからそれを実感した。
最初は学校の空いた教室や音楽室を借りて撮影しようと思っていたが、学校の権利関係とかを指摘されたら面倒そうだと、誰でも使える場所を探していた。
そこで有紗に場所を相談したところ、公民館のレクリエーションホールという場所が使えると言ってくれていた。公民館の使用には市への申請が必要であるが、彼女はそこまでしてくれたのかと感心していたところ、まさか真由が絡んでいたとは思ってもいなかった。
「ちゃんと2人の事を気遣っているみたいで安心したけどね、これ渡しておく」
真由はそう言いながら、ポーチから4つ折りにした紙を藤丸に渡した。それを広げると、真由のサインが書いてある使用許可書であった。
「船見はこれから2人が何をするのか知っているのか?」
藤丸は中の様子を見渡した。レクリエーションホールは体育館のような見た目であったが、空調はちゃんと効いている。さらに、大きな鏡がはめ込まれ、オルガンが置いてあり、ダンスの練習をするにはもってこいの場所であった。
天井を見ると照明も明るいことが確認できて、紹介動画を撮る時には見栄えよく映りそうだと藤丸は安心する。
「もちろん、2人から聞いたよ。私も誘ってくれればいいのに、藤丸のお気に入りの女の子しか勧誘していないのね——」
真由は壁にもたれかかりながら、皮肉を呟いた。
「船見もアイドルやりたいのか? それも良いかも、盲点だった。アイドルに興味はありませんか?」
藤丸が真剣な顔で真由に言うと彼女は少し恥ずかしそうな顔をした。
「嘘よ、真面目に言わないで。私はやりません——だけど2人を応援するし、出来ることはやってあげたいと思う。あとは藤丸がその立場を利用して有紗と香恋に淫らなことをしないように見張ってようと思って」
「そうか……てか、そんなことするわけないだろ——」
動揺した藤丸を見ながら、真由はせせら笑っていた。
藤丸と真由がホールで待っていると、香恋と有紗がやってきた。
有紗と香恋はTシャツと動きやすそうなフレアスカートを履いており、その下には見えてはいけないものが映らないようにちゃんと黒いレギンスも履いていた。
何故か2人は、同じスポーツメーカーブランド一式を揃えていた。スカートとレギンスの色は一緒であるが、有紗は青色で香恋は赤色のTシャツを着ている。
「もしかして服装を揃えてきてくれた?」
香恋は微笑みながら藤丸の前でその服装を見せびらすようにくるりと回って見せた。
「うん、せっかく動画を撮るなら統一感があった方が良いと思って、私が使っていたやつを有紗にあげたの。なかなかユニットっぽくなってきたでしょ」
「ありがとう、そういうの準備するのは僕の役目なのに気が回らくて……」
「似合う?」
香恋はこの日からコンタクトを再びつけ始めるようになり、素顔を晒している香恋に藤丸はドキドキしていた。
「凄く似合うよ……都地さん」
「出来る事はやるから、それに私の事は香恋と呼んで——アイドルの時はこれからも『天宮香恋』で通すつもりだから、苗字を使い分けるのは面倒でしょ」
「そうだね……香恋が言うならそうしよう——」藤丸は恥ずかしそうに答えた。
藤丸は香恋なりにどうすればユニットっぽくなれるか考えてくれている。私服で踊るより衣装を合わせただけでユニット感は出ている。
藤丸は2人に改めてこれからのアイドル活動での目標を確認した。
「動画を撮る前に少しいいかな、2人はこれからアイドルユニットとして活動するわけだけど、目標は職業としてのアイドル。つまり、芸能界への進出と活躍。そのためにまずは芸能事務所に入れるように宣伝をする必要があるね。それとも言い方が悪くなるけど高校生活での活動の一環として、地道に動画を投稿しながら楽しんでいくこともできる。これは2人が決めて欲しい——」
藤丸としてはもちろん、職業としてのアイドルを目指して欲しい。それは、自分だけではなく、沢山の観客と一緒にステージが見たいという欲望と、2人のユニットは最強であると認めさせたいという欲求を同時に満たしたい。
「そんなの決まっているよ、やるからには沢山の人に私を見てもらいたい。だから、私達を成長させてくれる事務所を探すよ。それに——香恋の事情を聞いちゃったから……」
有紗は顔を曇らせた。香恋をもう一度ステージに立たせたいという気持ちは有紗の原動力でもあるようだ。
「私の事は気にしなくていいよ」
「ごめん……今のは、香恋の事を想ったように言ったよね。でも香恋の話を聞く前からアイドルになることは覚悟をしていたよ」
有紗は穏やかに笑いながら、香恋を見つめた。
「ありがとう——私の夢は一度離れたけど、変わってない。夢はアイドルになること、私達を見た人が笑顔になって、興奮して、安心して、夢を持ってほしい。それが出来れば良いと思っているけど、成し遂げるには中途半端な気持ではやりたくない。アイドルは遊びじゃないから」
香恋の確固たる決意に感じられた。藤丸はそれが2人の気持ちであると心から信じることが出来て自分の決意を発表する。
「じゃあ、僕はそのために一生懸命2人を宣伝して、安心して活動ができる事務所を見つける。それに一応心当たりもあるから——まだ期待する段階でもないけど」
藤丸は2人を芸能事務所に入れるまでは、ファンとしての欲望を忘れる覚悟をする。
「私のことも忘れないでよ」と真由が口を挟んできたが、目標を確認することで改めてここがスタート地点であると3人が認識した。
「藤丸そういえば、私たちのユニット名は決めなくていいの? どーんと自己紹介で言えるようなのがあれば、見てくれる人に覚えてくれると思うけど」
ユニット名は今後活動していくうえで不可欠であるし、適当に考えてはいけないくらい重要なものである。
「有紗と香恋は何か案はないか?」
2人は首を横に振るのを見て、藤丸は2人が今後名乗っていくユニット名を自分なりに考えていたその答えを出す。
「——そのことなんだけど『恋染ガールズ』というのはどうだろうか。天宮香恋の『恋』と染川有紗の『染』を使わせてもらう。意味としては……見てくれる人が、思わず2人に恋をして心が染まってくれるようなユニットを目指して頑張ろう的な意味で」
閃いた時は我ながら良いのではないかと自信が持てたが、ただ2人の名前を取って、それに意味を無理やり付けたような気がしてきたところであった。
「うん、いいね。素敵だと思う」有紗はそのユニット名を頭に浸透させるように頷きながら答えた。
「私も賛成」香恋も同じようだ。
2人の承認がもらえたところで、もう悩む必要はないと手を一度叩く。
「じゃあ、ユニット名問題もこれにて解決という事で、そろそろ撮影に入りますか」
藤丸はスマホを操作して、ビデオカメラアプリを起動させると、慣れない手つきで調整していた。それが終わると、確認のために2人に一度カメラの枠に入るように頼んだ。
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