~染川有紗~熱すぎるデート

 ~染川有紗~


 1学期の期末試験を終え、週末がやってきた。有紗にとってこれほど待ち望んできた日はない。冷静になろうとしながらも、日差しのせいなのか、デートが楽しみなのか、熱でそんな気持ちは剥がれていく。

 有紗と藤丸はこれから遊園地でデートをする、場所を決めたのは有紗だった。


 彼女がここに来るときに電車の窓からアトラクションを見た。高層ビルに負けないくらいの高さがあるジェットコースターや観覧車、愉快な音楽が流れていそうな、メリーゴーランドやコーヒーカップがあって楽しい場所であると思うことが出来る。

 遊園地のゲートで待っている今、スキップをしながら入場をする子供や、腕を組みながらジェットコースターを見上げるカップルが通り過ぎている。


 まずはジェットコースターに行ってそれからウォータースライダー、最後は観覧車——


 遊園地のパンフレットを見ながら、藤丸と乗るアトラクションの順番を決めると、深呼吸をする。

 あの時勢いで誘えたのはいいが、いざこの日が近づいてくると心臓がぐるぐると回るような緊張感があった。

 有紗があれほど望んでいたことなのに、その日が来るのを恐れているのかデートの約束をして以来まともに話していないし、昨日はちゃんと寝ることが出来なかった。

 だけど、今日という日をこうして待ち焦がれているとき、自分は恋に恋しているのではなく、ちゃんと藤丸に恋をしているという事が実感できる。


 有紗が5分ほど待っていると、そこに藤丸が急ぎ足で来るのが見えた。入り口近くは混雑していて有紗が少し手を挙げて場所を示すと、彼は一直線に有紗の方へ向かってくる。

「迷っていた、すまん。東京は電車が多すぎてよくわからない」

 参った顔をしている藤丸を見て有紗は少しほっとしたようで、肩の力がだんだんと抜けてくる。


 制服ではなく私服のTシャツを着ているところ以外はいつもの藤丸である。さっきまでは遊園地に入っていく人をちらちらと横眼で見ていたが今は彼しか見えていない。

「別に……私も来るのに苦労したから、しょうがないよ。それより早く中に入ろう、藤丸が乗りたいって言っていたジェットコースター結構並んでいるらしいよ」

 よくあるラブコメみたいなセリフを言って、有紗と藤丸もゲートを抜ける。

「手は繋ぐか? 有紗が普段どういう風なデートしているのかは知らないけど——」


 藤丸が早速、手を差し伸べて来た。そんなことを言われた有紗は今までデートをしたことがない。したいと思う相手が藤丸しかいないからだ。今まで妥協をしてこなかったせいで経験皆無な有紗は戸惑う。

「藤丸が迷子になりそうなら、繋いであげてもいいけど——」

 そういう駆け引きが藤丸は嫌いな様で、ため息を大きく吐いた後、黙って彼女の手を掴んだ。

 長すぎる有紗との幼馴染関係に馴れたしまった藤丸は手を繋いで、肩を擦り合わせ歩いても平然な顔であった。

「有紗の手熱くない?」

「うるっさい……」

 有紗は手を繋いだまま軽く、体当たりをした。

 それは恥ずかしさから放出された熱であると彼女は思い込んだが、実際のところ睡眠不足のせいで微熱気味である。だけど、修学旅行で迷子になった日藤丸と手を繋いで小田原駅まで帰った時から、また手を繋いで欲しいと願っていた事だ、それが叶った今、離せるはずがない。


 藤丸が望んでいたジェットコースターに乗ると、2人は少しずつ遊園地の雰囲気に浮かれていった。しかし今は7月、例年よりも暑く熱中症注意の警報が連日のように出ていて、外で活動するのは危険であった。

 そんな暑さが有紗を襲って体調を崩した。睡眠不足の中、野外の遊園地を歩きまわり、そこにジェットコースターの負荷が襲った。どんなに楽しくても、体は騙しきれない。


 それでもデートを続けたかった有紗だが、藤丸は強く制止した。そして、彼は有紗を労わりながら屋内のフードコートに入ると、ソファーに座らせる。

 有紗はしばらく休んでいると、藤丸は紙コップに入った飲み物を持って来てくれた。

「ここでしばらく休んでいこう。最初からあんなに激しいものに乗らせた僕が悪かった」

 向かいの席に座った藤丸は頭を下げる。

 彼は自分がジェットコースターに乗りたいと言ったことが、体調が悪くなった発端となったと気負いしているようで、俯いていた。


 昨日楽しみで眠れなかったからとは言えない有紗は下唇を噛んだまま、あと何分経てば体調が戻るのだろうと時計の針を見つめる。

「ねえ、こっちに来て欲しい……」

 座っているソファーの隣の方を手で叩いて、こちらに来ることを促した。

 いつもであったら藤丸は有紗が甘えても、白い目で見ていたが今回ばかりは彼女の体調を案じて、藤丸も有紗の座っているソファーの方へ腰かけた。


 有紗はすかさず、彼に接近する。藤丸の肩に頭を置いて、じわじわと自分の頭の体重を彼に預けると、逃げないように有紗の腕を藤丸の腕に潜らせ、駄目押しにそっと腿に手をのせた。

「人が見ているからやめようって……」

 流石に藤丸は冷静ではなかった、器用にも有紗の体が触れている左半身は冷静を保ってはいたが、右半身の方は硬直しながら左の分まで緊張の汗をかいている。


 肩の方から漂う有紗のシャンプーの匂い、腕を包む有紗のふんわりとした胸は藤丸の理性を確かに掻き立て、意識し始める。

「大丈夫だよ、今は人が少ないし、向こうのカップルもこうしている。それに私はこうしてないと、あたしゃまた体調が悪くなる気がするよ」

「なんでちび〇子ちゃんの口調なんだよ」

 それは有紗がこの場で出来る精一杯の我儘であった。


 本当はコーヒーカップに乗って彼の腕に掴まりながら叫びたかったし、薄い生地でできているこの服も、水を被るジェットコースターでびしょ濡れになってドキドキさせてみたかった。 

 こんなことになるとは思っていなかった有紗だったが、今はこの時間がずっと続いて欲しいと目を閉じる。

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