~都地香恋~もう一度ステージに挑む
~都地香恋~
香恋が藤丸に赤裸々に話したところでどうにでもなる問題じゃない。
それでも、自分の宝物を見つけてくれた彼に打ち明けることで気分が少し晴れた。
「絶対に許さない——」
藤丸は勢いよく立ち上がり、まっすぐな眼差しで香恋を見た。
「うん、許せないよね……」
引退の真相を明かした香恋は藤丸に慰めの一つでもかけて欲しかった。それで充分であった。
「都地さん、もう一度アイドルをやろう。僕が君をもう一度ステージに立たせてみせる」
香恋は藤丸の発言にきょとんとした。こんな時に冗談を言っているのかとさえ思ったが、その真剣な瞳に飲み込まれそうになる。
「私の話を聞いてた? 番組プロデューサー、事務所、仲間から見放されてここに逃げて来たの、簡単にステージには戻れない……」
「それは僕が何とかする。君がもう一度ステージに立ちたいと願う限り、僕が何としてでも願いを叶えてみせる」
香恋は藤丸の事を穏やかで物分かりの良い賢い人間だと思っていた、だから今の絵空事を言う彼は少しばかり理解できなかった。
「私のためにそんなことしなくていいよ。全部話したのは小鴨君に諦めて欲しかったからなの、だから理不尽だと思って飲み込んでよ」
彼女は藤丸に「よく頑張ったね」とその一言だけが欲しかった。
そうすれば藤丸に抱き着き、胸に涙を溢せて、自分は綺麗に諦めがついた事だろう――
「都地さんのためだけど、僕のためでもある。我儘だって、自分勝手だって思うかもしれないけどもう一度都地さんが天宮香恋としてステージに立って、歌って踊って欲しい。その理不尽に立ち向かって欲しい」
藤丸は女子高生の都地香恋ではなくアイドルの天宮香恋が好きだから、そんなことが言えるのだと、今の自分が偽物みたいに言われて嫌な気分だった。
「今の私をやることはダメなのかな?」彼女は思わず聞いてしまった。
藤丸は自分勝手な言い方が過ぎたと反省したように、頭を掻いている。香恋もこの気持ちの片付け方が分からず、日が沈んでいった。
覚悟を決めた顔をする藤丸はゆっくりと口が開く。
「僕は君が転校してきた時、すごく嬉しかった。ずっと推していたアイドルが、転校して同じクラスとして高校生活が過ごせるなんて、夢みたいな展開は本当に夢だと数日間は思っていたよ。遠くからでしか見たことがない君が近くにいて、そんな君が可愛くて、デートしてくれた時は緊張で心臓がどうにかなりそうだった。それに、君と過ごす時間はすごく楽しかった。付き合いたいと願ったよ……それでも、都地さんはもしかしたらまだアイドルをやりたいのかなと考えると、またファンとして見てみたいと思ってしまう自分がいるんだ……可笑しいでしょ?」
純粋な気持ちが溢れ出た藤丸の目には涙がこぼれていた。
これは告白なのか、それともアイドルをやって欲しいというお願いなのか。
彼にとってはどちらも大切な気持ちで、両方の自分が好きで応援してくれているのだと香恋は思うと、体温が熱くなった。
香恋の心はようやく決まったみたいで、ぴょんと立ち上がり、彼と向かい合った。
「ありがとう——小鴨君にとっては、どっちも私なんだね。君に選択肢をあげる。都地香恋の私と付き合うか。天宮香恋の私がまたアイドルを目指すか、決めていいよ。好きな方を選んで」
香恋はとんでもない2択を藤丸に提示した。
付き合う方を選べば、きっと楽しくて甘い高校生活が待っているだろう。
一方アイドルになる道を選んだら、険しい道が待っているし、それが上手くいく保証はない。だからこそ本気じゃなければ、ステージに立たせてみせると言って欲しくない。
その選択を叩きつけられた藤丸は呆然とした。香恋は藤丸がどこまで本気なのかを確かめるつもりであった。
「僕が決めていいの……そんな問題を——」
藤丸は膝をついて苦悩の顔を浮かべた。
「……私は覚悟できているから」
藤丸からすれば、どっちかの夢は叶うが、どちらかは儚く消えることになる。それも自分で選ばなければならない。
しばらく、沈黙が流れた。香恋はその間夕日を眺めていて、まぶしそうに手を顔で隠していた。藤丸を見るとまだ本気で頭を悩ませていて、香恋は笑顔で手を差し伸べた。
「——今のは冗談。小鴨君の役目はなんとしてでも、私をステージに立たせること。私はもう一度ファンを喜ばせたい、そのためならあなたの策に従う。もう一度天宮香恋になる」
藤丸はそれを聞いて最初は複雑な表情を浮かべていたが、程なくして可笑しそうに笑い香恋の手を取った。
「助かった。悩みすぎてもう少しで吐きそうだった」
香恋は本当に藤丸の選択に従おうとしていた。正直彼は付き合う方を選ぶと思っていたし、自分もそっちを選んでくれる事を願っていた。しかし、彼の天宮香恋復活が見たいという執念を悟り、アイドルになる方を選んだ。
それに香恋は、付き合うという選択肢を捨てようとはしていない。いつかどっちにもなってやると、夕日を見ながら心の中で誓った。
アイドルだって恋をして誰かと付き合うことはできる、それは別に禁止されているわけじゃないから——
「さて、どうしますか藤丸君、策はありますか」
お互いの肩が触れ合う距離で香恋は悪戯っぽく笑って見せると、藤丸の顔が紅潮していた。
「僕に任せて欲しい——まずは仲間を集めないと。これから忙しくなるよ」
「もう一度ステージに立って、可愛い衣装を着て、ファンに応援されたい」
一度決めたらやりたいことがどんどん思い浮かんでくるこの不思議な気持ちは懐かしい気がした。試練はこれからだというのに藤丸となら乗り越えられると確信に近い自信があった。
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