~都地香恋~2人はステージで争った

~都地香恋~


 香恋達は発表が終わるとステージを下りた。4人は次のグループの発表が始まるのを見ようとステージが見える所で体育座りをする。


 彼女達のヒップポップダンスはまさに圧巻であった。正確に言うと香恋と有紗、2人のパフォーマンスが圧巻であり、周りの女子生徒はステージに釘付けになっていた。結局どれも同レベルの出来になっているだろうと、先生も含めて体育館にいた人たちは思っていたが、その期待を最大限に2人は裏切ったのだ。


 有紗の運動神経が良いことは周知の事実であったが、香恋はそれ以上のダンスでステージを沸かせていたことが何よりのサプライズであった。

「あれ、本当に都地さん?」

「2人、プロみたいだね」

 そんな声が、見ている生徒のぽかんと開いた口から洩れていた。


 発表が終わり、彼女たちがステージを下りるときは今日一番の拍手を浴びていたせいで、次に踊るグループは気まずそうな顔で曲が始まるのを待っている。

「ねえ、私達だいぶ目立っていたんじゃない?」

 一番左に座っている恭子が、横に座っている真由にこそこそと話しかけた。


「私達じゃなくて、有紗と香恋ちゃんが目立っていただけね」


 真由はちょっと悔しそうな顔を浮かべながら、さらにその横に座っている有紗と香恋の方を見た。

「まあそうだね。二人が横で踊っているとき、風がビューンって吹いているみたいで、飛ばされそうだった。でも一番近くでそれを感じられて満足だよ」

「それなんか分かる」

 真由が恭子に指を刺しがながら共感すると2人は笑い合っていた。


 有紗はまだ、ステージに立っていた時の興奮と疲労が抜けていないのか、息を乱しながら一番右にいる香恋を見た。

「都地さん本当に凄いよ。あなたの横で踊っていた時、上手く言えないけどオーラというかプレッシャーみたいなものがグイグイ押し寄せてきて、大変だった。私はそれに飲み込まれないように、必死で踊るしかなかったけど、都地さんと一緒に踊れて楽しかった」


 香恋はステージに立つ前のいつもの顔に戻っていたが、額には汗がツーっと流れている。

「私も染川さんに負けないように、夢中になって踊った。久しぶりの感覚だけど、楽しいね」

 香恋の心臓はバクバクと鳴っている。それはダンスに疲れたからではない。いままでずっと抱いていたがアイドルを辞めてから自らの手で封印していた「ステージに立ちたい」という欲求が満たされたから。その心音に香恋は手で胸を押さえつけた時、懐かしさすら感じられて、目を閉じた。


 全員の発表が終わり、先生が総評を述べると丁度終わりのチャイムが鳴った。女子生徒は体育館を出て更衣室へと向かいはじめる。

 香恋だけは立ち上がっても、その場所から動かず体育館のステージを見ていた。


 その姿を、同じく更衣室に戻ろうとしていた有紗がたまたま見ていると香恋を気にして視界に入るように、前に回り込んだ。

「都地さん戻らなくていいの? それとも何か忘れ物?」

 有紗に気付いてはっとした香恋は、小さく首を振る。

「ううん、戻るよ……楽しかったな~ってここを見ていた。あと、手を抜いて踊っていたらたぶん後悔しただろうなってぞっとしてた。染川さんに言ってもらえて本当に良かったと思う」


 有紗のお陰でアイドルだった自分に少しだけ戻れた気がした香恋は、今もさっきのステージを思い出してはダンスの改善点を探っていた。アイドルが持っている向上心も闘争心も有紗のダンスと言葉がなければずっと眠らせてあったであろう気持ちは、今はもう頭中を駆け巡っている。


「私こそ……ごめん。あんな煽るような真似をして、でも本気の都地さんを見たかった」

 有紗は照れながら、自分の言動について反省している様子である。

「全然いいの、私を昂らせてくれてありがとう」

 香恋は有紗の方を見てにっこりと笑った。それは心からの感謝であった。すると、香恋の無垢な笑顔をみた有紗も彼女のように笑った。

「あんな凄いもの見せられるとは思わなかったけどね……流石天宮香恋」

「言ったでしょ、覚悟しておいてって」


 香恋は得意げな顔をして有紗を見る。

「それもそうだね——ねえ、真由と恭子を誘って放課後アイスでも食べにいこうと思ってこれから誘うところなんだけど、一緒にどう?」

 有紗から打ち上げの提案をされて、香恋の目が輝いた。

「私も行っていいの?」

「もちろん、都地さんも同じメンバーじゃん、それに前から普通に話したかったし」

 香恋にとって転校して初めての放課後に寄り道をする約束だった。


「楽しみにしているね」

 アイドルの感覚を思い出してしまった彼女であったが、その気持ちはまた眠らせる。今は高校生活を楽しもうと有紗と体育館を後にした。

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