~小鴨藤丸~現実味のないベタな話

~小鴨藤丸~


 日曜夜は翌日に備えて外に出る人が少ないのか、藤丸がバイトしているコンビニも19時を過ぎると閑散としていた。街灯も少ない暗い県道の途中にポツンと立っているコンビニの店内は外から見れば眩しいくらい明るくて看板のランプには虫が集まっている。

 接客する相手が店内にいないので藤丸は退屈そうに何往復もモップがけをする。


「暇だねえ」


 そう呟くのは、ホットスナックを美味しそうに見つめるフリーターの仙道創である。

 彼はその中のフライドチキンやポテトがあと数十分もすれば販売許容時間が過ぎて、持ち帰れることを知っているため、その時間になるまで見守っていた。


「じゃあ、陳列でもして下さいよ」藤丸はレジの方へ声をかけた。

「ところで、小鴨君は最近良いことでもあったのかな」

 藤丸の提案を無視して、仙道は世間話をする気満々だ。

 都地香恋が転校して以降少しずつ藤丸は元気を取り戻していた。天宮香恋が転校してきたという夢みたいな事実を少しずつ実感して、彼女のファンであった藤丸がクラスメイトとして話せることに日々喜びを感じている。もちろん、彼女の秘密を厳守しており、むしろ藤丸にとっては秘密を知っているという優越感さえあった。


 そもそも、憧れの元アイドルが転校して来たというこの話を学校外の人にも話せないし、話したところで信じてもらえそうもない。

「まあ、こんなこと言うのは恥ずかしいですけど、前よりは楽しいです」

 天宮香恋が引退して以降、灰色の日々を送っていた彼にとって今は奇跡のような日の連続である。

「学校はいいなあ……沢山悔いが残らないように青春しておいでよ」


 今年25歳を迎えるフリーター仙道のその言葉に重みを感じた藤丸は苦笑いを浮かべる。


「——ところで、こういう話があったとしたら仙道さんはどうしますか?」


「え、なになに面白い話?」

 仙道は熱い視線を送っていたホットスナックから目を離して、藤丸を見る。

 藤丸は天井の蛍光灯を見つめながら、話を作り始めた。

「好きなアイドルが突然通っている学校に転校してきたら——みたいな。しかもそのアイドルは引退して普通の女子高生になります、みたいな」

「だいぶベタだね。今どきないよそんなの」

 仙道は苦笑いしながらそう答えた。まさかこんな話が藤丸の現実で起こっている話だとは思ってもいないだろう。

「仙道さんだったらどんな展開にしますか?」

「そんなこと急に言われてもなあ——そもそもなんでこんな話思いついたの?」


 急な話の振られ方を不信に思ったのか、話の発端を聞かれてしまった。藤丸はなんとか誤魔化そうと嘘を並べる。

「いや、高校の友達がラノベを書いていて……こういう話はどうだろうって話の展開を相談されました」

「そっかあ、お互い頑張ろうと言っておいてね」

 藤丸がそもそも仙道にこんなこと聞くのは、ただのフリーターではないからだ。仙道創は脚本家の卵である。昼は本屋のバイト、夜はコンビニのバイトをしながら、脚本家になろうとしている苦労人だ。

「さっきから言葉が重いですよ。そんな仙道さんは一応プロじゃないですか、ちゃんと書いたものが映像化されていますし」

 仙道は一昨年、新人限定の脚本家コンペで大賞を貰い、衛星放送でのオンエアだったが2夜連続でドラマ放送されたこともある。藤丸は高校一年の夏頃からこのコンビニでバイトを始めて、その話を店長から仙道が手掛けたドラマの録画を貸してもらった。だから彼もその作品を目にしていた。


 藤丸はそのドラマ化された一作品しか知らないが、かなり気に入っており、仙道の事を尊敬している。

「まあどうしたいのかは、各人がどんな気持ちであるか、これまで何をしてきたかにもよるからそれを考えない限り、俺は書けないかな、逃げているような意見になってしまったけどそう思う」


 藤丸の「一応脚本家」という言葉に少し落ち込んでいたが、仙道なりに意見を言ってくれた。

「流石、人間を書いていらっしゃる」

 藤丸は仙道の真面目な意見に感心した。すると高校生に褒められた仙道は次々と自分の脚本論を口にする。

「それと、物語として進めていくためには一つ一つその心情を解いていかないことには、話として進んでいるとは言えない。もちろん物語を作るうえで進まない問題だってあるだろうけど、それでもずっと渦巻いていた登場人物の心を少しだけ真っすぐにすることは出来る。それはきっと見る側にも伝わる。俺はそう信じて書いているよ。だから人に聞かず、自分の書きたいものを書きなさい」


「えっと……そうですよね、モヤモヤしたままって嫌ですよね——」

 その力説に何か引っかかるものを感じそうになったが、仙道の口が回りすぎてあまり考える余裕がなかった。

「自分の事のように考えているね……小鴨君は」

「僕としても、とても勉強になるので——」


 藤丸はモヤモヤした想いが心の隙間にべったりとくっついている。それは香恋が『あの世界から逃げた』と言っていたことが原因だった。何故『やめた』でも『諦めた』でもなく『逃げた』なのか、まるで彼女自身納得してなくて、そうせざるを得なかったと言うような表現である。

 有紗もこれについては引っかかっていたようであるが、何故ファンでもない彼女が天宮香恋の想いを語ることができたのかも疑問であった。


 元アイドルの都地香恋が、藤丸の通う学校に転校してきたのは沢山の疑問が残る、それでも自分の気持ちは変わらない。天宮香恋がステージに現れない事は納得している。これから原因を聞けなくてもいい、クラスメイトとして仲良くなることは良いことだ。モップに体重を掛けながら、藤丸は鼻歌をならした。


 すると、仙道がそんな幸せな表情の藤丸に口を挟んだ。

「俺が思うに人間は計画的な生き物なんだ、沢山の想いが立ち上がって、行動に移される。それが叶わないことだってあるけど、その想いも含めて世界は回っているんだ。だからそれぞれの想いで何かをやり遂げようとするその決意こそが大切なんだよ」

「仙道さんのそういう考え方も、作品も僕は好きですよ」

「ならば、脚本の仕事を紹介してよ……」


 切実がこもった声色だったが、高校生の藤丸にはどうすることも出来ない。

「それはちょっと…………あ、お客さん来ますよ、仕事してください」

 店内の窓ガラスから見える駐車場から一台車が入ってきたのが見えて、藤丸はモップを片付けた。

「ああ、今はこれが仕事か……」

 仙道はボーダー柄のコンビニの制服を見つめながら呟いた。

 来店したお客は店内を回ることなく一直線でレジに向かった。レジ前で迎えた仙道はスマイルで対応していたが、お客の注文を聞くと切ない顔に変わり、手を消毒してトングを持つ。


 その客は、仙道にホットスナックコーナーにあるものをすべて買い占めた。仙道は意気揚々と帰っていくお客の背中を妬ましい顔で見送っていた。

「あと少しで、俺の物だったのに……」

 これが仙道に食わせまいと打算的にやっていたのだとしたら相当面白い——

 仙道の悲しい表情を見ながら藤丸はそんなことを思っていた。

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