~染川有紗~視線に敏感な天宮香恋

 ~染川有紗~

 3人は食堂のおばちゃんに食券を渡してお目当ての物を受け取ると、どこに座ろうかと食堂を見渡す。幸い人も捌け始めているので空席が目立ち、角の目立たない場所を取れた。


 有紗は藤丸に対して香恋の横に座るよう手で促したが、彼はやんわりと拒否をして逃げる様に有紗の横に座る。

 三人は箸を取ると、皆お腹が空いていたのか一口目は大きく頬張っていた。

「2人って仲が良いよね、もしかして付き合っているの?」

 きつねそばを啜りながら、香恋は向かい合った2人に聞いてみた。

「付き合っていません」藤丸が即答する。


 有紗は迷わずに答えた藤丸を見てがっくりとうなだれた。

「私達は小学校からの幼馴染なの、ずっとね——」

 有紗は藤丸と2人で一緒にいる事についてそれはどんな関係なのかとよく聞かれるが、そのたびに有紗はいつも複雑な思いを持ちながらも幼馴染である事実を伝え続けている。

「そうなんだ……2人の会話とか、歩幅とか完璧に噛み合っていたから凄いなって。学校を案内してくれている時はずっと付き合っているのかと思ってたの……」

 香恋の客観的で的確な意見を聞いて、長年藤丸の隣を歩いていたことは無駄ではなかったこと、それでも幼馴染以上の関係にはなっていない事実を突き付けられたような気がして、嬉しい気持ちと切ない気持ちの両方を持ってしまう。

「私達の事はいいよ……都地さんは前まではどこに住んでいたの?」


 痛い部分を突かれた有紗はカウンターとまではいかないが香恋について聞いてみた。すると、横にいた藤丸からの牽制の視線を感じる。

「……一応、東京だよ」

「東京かあ、いいなあ……もしかして、目黒区? 世田谷区? もしかして港区?」

 

 香恋は首を振り続ける。

 有紗がおしゃれな街と思っている区の名前を精一杯並べてみたが、香恋の反応からどれも違う。

「染川さんは東京に住んでみたい?」

「うん、大学行くなら絶対都内にするって決めているの」

 都会に憧れている純粋な有紗を見たからか、香恋の口元が緩んでいた。


「都内も様々だからね——まあ便利だけど」

「羨ましいなあ。どうしてこんなところに転校してきたの?」

 香恋の事を知りたい有紗は少しずつ核心に触れようとした。


 有紗は香恋がこの学校に来た理由が知りたい、それは自分のためでも、藤丸のためでもあった。

「ちょっと事情があって……」

 香恋の表情が暗くなり始めると、答えることを避ける様に、あぶらあげを箸で一口サイズに裂いていく。

「有紗、ラーメン伸びるから早く食え」

 藤丸は遠回しに戒めたが、有紗は構わずに続けた。


「……東京でなにかあったの?」

「ここでは関係ないでしょ……そんなこと聞かないでよ」

 香恋は声を張った。これ以上ラインを踏み越えてはならないと、警告をならすようなきっぱりとした態度であった。

 確かにそんな事どんなことであれ追及するべきではないと有紗は諦める。

「ごめんなさい、余計な事聞いて——」

「はやく食べて教室に戻ろう」

 藤丸が促すと、有紗は壁にかかっている時計を見た。昼休み終了の時間が迫っていたため、食堂の中に残っていた人は次々と空の食器を返却棚に載せている。食堂で未だに食事中であったのは有紗達だけであり、流石に焦りを感じて沈黙したまま食べ進めた。


 昼食を済ませてから、3人は無言だ。食堂を出て、教室棟へと続く外廊下を歩いている最中も固まって歩いているが誰も声を発さなかった。しかし、その沈黙を校舎に入った時に香恋が破った。

「ちょっとここで止まって」

 香恋は2人を薄暗い廊下の隅に集める。もう午後の授業開始まで3分を切っているので廊下には走って教室に戻ろうとする生徒が目立っている。そのため廊下の隅に寄っている光景は実に不自然であった。


「都地さん、授業始まるから、また後でね」

 逃げる思いで香恋に説得してみたが無意味だった。

 香恋がこれから何か大事なことを言おうとしていることに有紗は気付いている。そして、その内容も察していた。


 有紗と藤丸は廊下の壁を背に寄せられると目の前に香恋が立ち塞いだ。これでは簡単には教室に戻れない。香恋の方が有紗よりも少し背が高いので、視覚的にも逃げ場のない有紗は完全に彼女に怯んでいた。

「だめ、今ここで脅しておかないと……」

「ちょっと……都地さん——」

 有紗は香恋の真剣な顔を見上げる。


「私のこと、気が付いているんでしょ」


 香恋は淡々と静かな声で自信の正体を訊いた。

 2人は目を逸らして沈黙した。この状況から逃げられることは出来ないとお互い確信したのか目を合わせて頷く。

「気がついていました、都地さんが教室に入った時は息が止まった」

 最初に白状したのは藤丸であった。

「やっぱりね……染川さんあなたもでしょ、最初教室に入った時から2人だけは私を見る視線は違った。特に小鴨君はすぐに分かった」

 有紗はそれを聞いて朝の驚いていた藤丸の表情を思い出した。


「貴方は天宮香恋、アイドル。ごめん。私も知っているのをいいことに、事情を聞こうとして」

「元アイドルね……私、視線には敏感だから……」

「意識しないと思っていても駄目だったか——」

 藤丸はため息を漏らした。


「もういいよ、気を使ってくれたことも分かっていたし。私はあの世界から逃げて来たの……だからもう関係ない。私は普通の高校生活を送りたいと思ってここへ来た、だから誰にもバラさないで欲しい……」


 香恋は俯きながら2人に頼み込んだ。東京でなにがあったのか分からない以上、彼女が言った事の意味は分からないが、一度怒られた以上聞くわけにもいかない。

「絶対に言わないし、都地さんに昔の事を聞かない。僕も正直に言わせてもらうけど、天宮香恋のファンだった。だからファンとして心から誓うよ——」


 藤丸は香恋にそう約束した。香恋は顔を上げて彼のその眼を見ると、言葉に嘘はないと信用することが出来たのか安心した顔を浮かべた。

「そう言って貰えて、嬉しい……それと今まで応援してくれて——ありがとう」

 彼女の口元が緩んで笑顔に変わると、2人は見つめ合った。それは一瞬であったが有紗にとってはとても長い時間に感じた。


 藤丸はもじもじとしながらも推していたアイドルと話せて幸せそうな顔を浮かべている。有紗にとってそんな藤丸を見るのは久しぶりで、自分のお陰ではないがそんな顔を見られることが出来て嬉しいと思ってしまった。

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