第2話 - 2
相方とは相変わらず微妙な空気。それをマンションの一室にも持ち込んで、彼女との関係も徐々に荒んでいった。
「いっつもいっつも『あいつあいつ』って。そんなにイヤならもうコンビ解消しちゃえばいいじゃん! バッカみたい。帰ってくれば愚痴ばっかり。あたしもう疲れちゃった」
彼女に対して逆切れなどはしなかった。なるべく冷静に話をしようと努めたつもりだ。
七月の帰省を挟みつつ。
「別れましょう」
彼女のアパートを完全に追い出され、住み慣れた高円寺の安アパートに戻ったのが九月の頭。やはり落ち着く。
後日アパートに届いた荷物の中にメッセージらしいものが……。どこにもなかった。
独り身の寂しさをかみ締めながら日をめくり、いつしかカレンダーが十月になった。
「最近いきなり涼しくなった気がするな」
一人きりのアパートでそんな独り言。涼しいづらない。心の中では秋など通りこして一足飛びに冬の訪れ。
「山のほうじゃそろそろ雪が降るだろう。かなり寒いんだろうな……」
子どものころの町の寒さと今の気持ちが重なったらしい。ぼやけたような東京の空を見上げながら、ふっと郷愁にとり憑かれた。
「芸てのは、やっぱり道だろ。ザ・ストイック、か」
秋という季節、いろいろなことを考えるにはいい季節……。ほとんど強がりだ。
寂しさなんだか苛立ちなんだかが入り混じって、ドロドロに煮えくり返った坩堝のような心の器が少しづつ冷めてきたとき、そこに現れたのは傲慢で醜い己の姿だった。
仕事上での相方に対する不満を彼女にぶつけていた。彼女を「征服」することで、仕事のストレスを発散したかったのかもしれない。
それは最早愛や恋の一つの表現方法などではない。一方的な陵辱、レイプだ。横八無限のビックバンアタックだ。
「ぶつけていいよ、全部あたしが受け止めるから、ハル、大好き」
彼女の言葉に甘えてしまった。年上の男がバカみたいに言葉通りなんでも曝け出しやがって、彼女もショックだったに違いない。
――彼女にひどいことをしてしまった。もう一度彼女に会いたい、会って話がしたい。
ヨリを戻すまでいかないまでも、せめて一言謝りたい。
そんな悩みを抱えながらもう一度、最後にもう一度連絡を取ろうかどうしようかと迷っていたとき、楽屋に置いてあった週刊誌に彼女が載っていた。
「フーッ」
なんとなく、こうなることを待ち望んでいたのかもしれない。衝撃よりも、安堵の溜息だった、と思う。
白黒でなおさらほんとに彼女なんだかはっきりしないピンボケ写真の載ったページを破りとると、捨てようかと迷うこともなく四つ折にして財布に入れた。
アパートに帰り、記事を読んで一人、酒を飲んで涙を流した。
記事を肴にして、焼酎の涙割りを、飲んで飲んで飲まれて飲まれて飲んで、飲んで、酔いつぶれて眠るまで~、飲んで~。
やがて男は、静かに眠りに落ちていた。
眠りこんだ男の頬の下敷きになったその写真が、涙と汗でふやけていた。
『サチミチ、六本木で深夜デート! お相手は若手イケメン俳優!』
恥ずかしくて人に言えない「儀式」を済ませた翌朝、記事は燃やして灰を砕いて、風に吹き流そうとして、やっぱりゴミ箱にすてた。灰にはちゃんと水をかけた。
そんなこと、別に相方にイチイチ報告することではなくないか。その手の噂は、特に人の不幸話は、この世界、すぐに人の知れるところとなるもんだ。
「おい、別れたんだってな。飲みいこうぜ」
または。
「おい、ササハル、あ、別れたんだっけ。いくぞ、合コン。もう数に入ってんだ」
毎日こんな感じ。
打ち上げ、合コン。仕事に飲みに、一日はあっという間に過ぎていく。年末年始の特番なども入り始め、失恋の前より仕事が増えていた。
そんな中で、失恋のことについて、相方のほうから何か聞いてくることは一度もなかった。
最近では仕事が終わってから二人で語り合うことはほとんどない。ネタ合わせのために、仕事の前に一時間ほど話をするだけ。
ある時、マネージャーの松沢憲次、通称マツケンが小声で聞いてきた。
「なんかさ、キタちゃんがピンの仕事を増やしてくれみたいなこと言ってたんだけど、なんかあった?」
内心、そこまで言うかと相方に驚きつつ、
「倦怠期っつんすか。他のコンビでもあるっていうじゃないですか」
「まぁね、もっと二人でがんばって欲しいんだけど……」
マツケンは周りを確認し、声を一層落として言った。
「ぶっちゃけ、ホントここだけの話、キタちゃん、なんかあんまり芳しくないんだよね」
「え?」
マツケンは北村より年上の三十後半。結婚して子どもがいる。
メタボリックまではいかないが、百七十そこそこの身長に決して引き締まっていない体、優しさ溢れる目に柔和な笑顔で親しみやすさは抜群。芸人の中でもマツケンを悪く言う人間はいない。
「ある芸人さんから『からみずらい』って言われちゃってさぁ。いつもいつもじゃないんだけど、たまに空回りしてるみたい。はまるとはまるんだけどねぇ」
ちょっと困った顔でそう言った。心配そうな顔をしても、相手にそれほど深刻に思わせない安心感がこの人にはある。
現に、表情はすぐにいつもの明るい笑顔に変わって。
「ハルちゃんにはきてるぜぇ。正月特番の『芸能人きんにく系王位争奪戦』。事務所の枠なんかもあるから最終的にどうなるかわかんないけど、ハルちゃんも候補に挙がってるからさぁ。がんばって」
話が終わると、マツケンは肩をぽんと叩き、グッと親指を立てて見せ、急ぎ足にその場を離れた。
多分喫煙所に煙草を吸いにいくんだろうが、職業病とでもいおうか、常に急いでいる。
正直、複雑だった。
最近の状況から素直に、もっと露骨に喜んでもよさそうなのに、そんなに嬉しくない。むしろ腹立たしくさえあった。
自分にでも相方にでもない。
「からみずらい」と言ったとかいう芸人だ。
人の相方つかまえて、漸く売れ始めている芸人(のマネージャー)に向かって、「からみずらい」たぁ聞き捨てならねぇ。
――何様だ! どこのどいつだ!
奇しくも、この日もピンでの仕事。
フットサルの芸人選抜チームに選ばれて、俳優チームと戦う。ガチンコでやっていいとは聞いてるけど、そこはお笑い芸人、やるべきことはわかってるだろう。
「ハルさん、お願いします」
スタッフの声がかかる。気持ちの切り替えもできないまま番組に突入。
先発して開始のホイッスルを聞いた瞬間から立場だとか「お約束」だとかをすっ飛ばして走りまくる。
ピンチを防ぎパスをカットし、ボールを奪う。獅子奮迅の活躍で前半だけでハットトリック達成!
で、後半は出番なし。芸人チームは「お約束」通り負けることに成功。終了後、相手チームだけじゃなく、仲間の芸人、スタッフの目までがなんとなく冷たかった。
師走。東京の街にも冷たい木枯らしが吹き荒れる。
クリスマス、そして年末年始に向けて、街のあちこちで季節の花よろしく光の花が咲き乱れ、道ゆく人々もどこかせわしなく、何かに背中を押されているようです。
などという文句を、いつ街角レポートに出てもいいように頭の隅に準備だけはしておいた。話はまだない。
まぁ、「原宿のカップルに突撃、クリスマスの過ごし方!」な仕事はまだ入ってこないが、年末年始特番の収録がいくつかあって、仕事自体は忙しく順調だった。
録画モノが多いが、元旦朝一発目は、生放送でのネタ見せ。ネタはまだ決めてない。
頭のてっぺんから足の爪先まで、皮膚の内側は仕事のことでいっぱいだった。
相方のことばかり考えていた。
独り身の寂しさよ。相方の肌が恋しい、ということでは決してないが。仕事のことに関して、相方についての悩みは消えない。
スケジュールの調整で思いがけず一日オフになる。休みが欲しい、あんなことやこんなことをしたい、と思いつつ、オフになったらなったで無為に時間だけが過ぎていく。
蒲団に仰向けになって、天井を見つつ、思っていたことは。
「あっちゃん、元気してるかな。ゲコは、車乗ってんのかな。無事に生きてんのか。雪、寒いんだろうな……」
二人の顔が浮かんでくる。久しぶりかもしれない。相変わらず笑ってんな。
一日は、ほんとに何為すことなく暮れていった。
窓の外が茜色に染まる。開けると、冷たい風が部屋に吹き込んだ。喧騒、街の息吹が乾いた空気の中に揮発している。
暮れなずむ街の、光と影の中、北風に向かってきっと面を晒した。
ロールパンのような雲が夕焼けに染まる。太陽は勿論西にある。オレンジの帯がぐるり東京の街を取り囲んでいた。
空の真ん中は既に藍色に染まりつつ。部屋を襲う北風は、まるで大したことはない。耳元でささやかに囁くだけで。
囁く、運んでくる。雪にも負けず風にも負けず、寒さにも暑さにも負けない仲間がいる。必死に、何かを「捨てる」ことなく頑張る仲間がいるんだ。
次に会ったときも、あいつらはきっと笑っているだろう。己の苦労とか、不安とか、苛立ちとか、そういったものを見せたりはしない。
恥ずかしい場面を思い出してしまった。自分一人だけ頑張ってきたようなことを、みんなの前で堂々叫んじまった。
あの頃に比べたら、幾らかましにはなっただろうか。
「まだまだだべ」
朝からラインはきてる。誘いのラインは全て断った。
誰にも会いたくない、わけじゃない。会わなきゃならないヤツがいて、そいつからのラインがきていないのだ。
こちらからすればいい。何度も何度も考えた。できないまま、暮れなずんでしまった。
「腐ったみかんだな」
例えが古いとよく言われる。田舎だから、TVプログラムも遅れているのだと。そうい輩には、
「ざけんな! 『タモリ倶楽部』だって関東時間でやってるし、テレ東だってリアリタイム(?)でみれるっつうの!」
ときっぱり返してやる。
東京に染まろうと頑張ってきた。そんなことばかり考えてやってきた。芸人として成功する=東京の人間になる、だった。
何と何がイコールで結ばれるのが正解なのか、まだわかっていない。
そんなことを意識する必要なんてないのかもしれない。何かを為した、その結果がイコールの先を見つけてくるのだろう。
今はやるべきことをやらねばならぬ。とにかく、メールを送った。元旦のことで話がしたい、と。すぐに返事がくるとは思わなかった。
結局、部屋の掃除も片付けも、借りてきたAVも観ないまま、オフが終わろうとしている。
もうシンデレラの魔法が解ける時間だ。ガラスの靴を落として逃げろ。
コンビニ弁当のゴミをテーブルの上に置き去りにして、住み慣れた蒲団に再び横になった。人生の三分の一は布団の中。今日に限っては三分の二を蒲団で過ごした。
眼鏡をかけたドクターニッシーと、眼鏡つながりであっちゃんをニッシーの隣に座らせてみる。きっと包茎に関しての忌憚のないトークが聞けるだろう。ニッシーは美容整形の先生なのだ。
相方からの返事を待つことなく、いつの間にやら眠りに落ちていた。
相方からの返事は翌日にきた。
それから、仕事の合間を縫って話し合いを重ねた。以前のように突っかかってくることはないが、どうも集中力を欠いているようだ。
「キタさん、最近ちょっとおかしんじゃね。まさか、アイドルと付き合ってんじゃねぇだろうな」
お返しというより自分をネタにして空気を和まそうと思ったのだが、無視された。冷ややかな視線にはもう慣れている。
ここんところ相方に元気がない。覇気がまるで感じられない。
マツケンが北村に「ダメを出した」という話を聞いた。
直接慰めるようなつもりは毛頭なかったが、元旦に向けて、仕事に集中していけばまた前向きになれるだろうがこの野郎! と思った。
そう簡単に以前の、アイドルと付き合う前の自然な雰囲気になるのは無理だろう。しかし、そう気長に待ってはいられない。
あっちゃんから手紙がきたのは、そんな十二月の、世にいうクリスマスイヴの日だった。
クリスマスイヴである。そりゃ何かを期待する。去年のことだって思い出す。局でたまたますれ違ったりしても(向こうが)目も合わせないけど。
郵便受けに封筒が入っていたときは、思わずはっとした。そんなはずはないと否定はした。茶封筒? とも一瞬思った。
否定は期待の裏返しでしかない。躊躇いはもしものときの命取りだ。期待を動作に出すことなく、逡巡なく取れ、さなくば死……。
宛名の「直江春一」の字を見た刹那、全てを理解した。
「様とかつけろよ」
期待と現実の落差が言葉になって迸った。差出人を見るまでもない。
「きったねぇ字だな」
手紙には近況と、「帰省」のときのことが書いてあった。すぐに返事を書き始めた。
『見る度に思うけど、あっちゃん、字きったねぇな。ひどすぎる。読みずらいし、なにより読みずらいし、とにかく読みずらい。なんとかしろ。
あの時のことはあっちゃんが謝ることじゃない。ほんとみんなには申し訳なかったと思ってる。
俺がガキだった。みんなにめちゃくちゃひどいこと言っちまって、本当に後悔してる。
本当に、ゴメン。あっちゃんからみんなに言っといてくれ、次にいったときは俺がみんなに謝るって。
雪、もうだいぶ積もったかい?
ニュースで見たんだけど、今年は雪少なめなんだって?
記録的な大雪が降ったのは一昨年だっけか。「雪の犠牲者」って言葉がテレビで流れる度にドキドキしてたよ。幸い町じゃ一度もなかったみたいだけど。俺もなんだかんだ気にしてるんだぜ。
あっちゃんも気をつけろよ、いい歳なんだから。
ゲコにもな。ま、あいつの場合は言っても意味ないだろうけど。
で、御雪舞の練習は順調なんか?
一月の十五日か。言われるまでもなく、俺もいけたらいきたいけどよ。実は十六日に大事なオーディションがあってさ、だからたぶん、』
手紙はそこで止まる。
「いけない」。その一言が、どうしても書けなかった。
「御雪舞か……」
最後に行われたのは今から二十二年前、小学校五年のとき。
その翌年、梅雨からの天候が不順で、記録的な凶作に見舞われた。農業に対する依存度が今以上に高かった町で、年明けに舞など舞っている体力はなかった。気力もなかった。
一度疲弊の極に達した町が元気を取り戻すまでにはそれ相応の年月が必要だったろう。
その七年後には町を飛び出し、そしてさらに十四年が経った。
その間、何度か声はあがるも実現には至らず、漸く二十二年目にして復活の目を見る。復活の中心にいるのがあっちゃんだった。
そして二十二年前、最後に舞を舞ったのが、小学校五年の「直江春一」だった。「御雪舞」に一方ならない思い入れがあるのは当然。
――最後に舞ったのが俺なら最初に舞うのも俺でありたい。あいつらと一緒に、成功させたい。
そう強く思っている。
現実的にはやはり無理だ。次の日のオーディションは春から始まる新番組のオーディション。
土曜八時、バリバリのゴールデン。今度はこっちが舞など舞ってられる状況じゃない。
舞が始まるのが大体夕方からだから、それから東京に帰ってくることなど不可能に近い。その日泊まって翌日の朝帰ってくる……。
いやいや、そもそもオーディションに参加するこが目的なんじゃない。合格しなけりゃ意味がない。
当然そのための準備をしなけりゃならないし、だいたい前の日だって仕事だろうが。
見ろ、いけないのは明々白々。「いけない」、そう書いて返事を出せば済むこと。そう書いて出さなきゃいけないことだ。
こっちでがんばることをみんな望んでいる。土曜のゴールデンに出るチャンスなんてそうそうあるもんじゃない。
オーディションに受かればみんなメチャクチャ喜んでくれる。無理して御雪舞に出るよりずっと……。
あいつらだって帰ってくるなんて思ってない。あっちゃんの手紙にそう書いてある。理屈の上でも気持ちの上でも、充分納得しているはずだ。
納得しているはずなのに、返事を出すことができない。書くことができない。
時間はまだ少しある。その時になれば、手紙を出すだろう。
書かなきゃいけない状況になれば、どうしたって書かなきゃいけないんだから。「いけない」って。
仕方ない。仕方ないっていうか、いかないでこっちでがんばるほうがいいんだから。みんなにとって、それが一番いいんだから……。
お役所よろしく面倒は後回しにして、見せかけのすっきり感で仕事に励んだ。
そして一週間、大晦日、カウントダウン!
「ゼロ!」
明けましておめでとう!
冴えなかった去年のことなんかとっとと忘れて新しい一年をがんばって最高の年にしようぜ!
恒例の年越しバラエティ、芸人やらタレントさんやらと、お客さんも一緒になって新しい年の幕開けを祝った。
胸の底から熱いものが込み上げてきた。
去年はいろいろなことがあった。辛いことのが多かったか。
それらをみんな切り捨てたわけじゃなく、「いい思い出」と「いい経験」という形で今後に活かしていくのだ。
相方のこと、地元の仲間たちのこと、自分のこと、全てを噛み分けてここから最高の人生にする、そのスタートの年!
そんな予感に胸膨らませていた。
今年の正月は忙しい。元旦朝一発目のネタ見せは上手くいった。というか、半分はご祝儀だろう。
そこから三が日スケジュールがびっしりだった。
睡眠、食事は移動中。東京だけじゃなく、地方にも飛んで三日間で九州から東北までを網羅する。四日五日のオフがあってその後沖縄と北海道にもいくことになっている。日本縦断、ぶらり途中下車……、できず。
正月二日の昼ごろ、収録が終わって楽屋に戻ると、そこにマツケンが待っていた。
「お疲れっす」
ハルの挨拶に返事もせず。雰囲気がいつもと違うことには気づいたが、それは忙しすぎるせいだと思った。
「『がずがず』の『える』が、死んだ。自殺だって……」
「な」
音になったのはそれだけだった。
一瞬、笑おうかと思った。ギャグかと思った。
咄嗟の機転でそれを望んだ。どっきりで隠しカメラが仕掛けられてて、バンと入り口が開いて死んだと聞かされた二人が「わぁー」とか言いながら出てきて……。
こなかった。仕掛け人のはずのマツケンも表情を変えない。
相方は頭を抱えて椅子に座ったまま蹲っていた。
二人とも、じっと床を見たまま動かない。床など目に入っていないかもしれない。
そんな二人を、恐ろしく冷静に見ている自分がいた。
ひょっとして、二人ともグルなのか。そんな考えが、いつまでも離れない。
『お笑い芸人〔がずあるがすえる〕の〔える〕、自宅マンションの屋上から飛び降りる』
「がずあるがずえる」、通称「がずがず」。「ある」と「える」のコンビで三、四年前までは超一線級のお笑い芸人だった。
「はるまげどん」を結成したころから徐々に頭角を現し、そして大ブレイク。一週間のうちで「がずがず」を見ない日がないという状態が暫く続いた。
遊び方から女性関係、傷害事件に借金に、そっちのほうでも話題にならない日がないくらい。とにかく凄まじい勢いだった。
しかし、絶頂期は長くは続かない。勢いが鈍ったと見えた途端、一気に落ちていった。
余りの我がまま勝手ぶりから業界人に敬遠され、芸人同士からさえ疎まれた。
仕事が減り、露出が減った。人々の記憶から徐々に消えていった。
ネット上に死亡説が流れてもワイドショーすら見向きもしない。芸人の間でさえ、実際生きているのか死んでいるのかわからない状態だった。
そして「自殺」。
生きてはいた。が、死んだ……。
「家族の話だと、年明けのカウントダウンが始まる直前に煙草を買いにいくつって部屋から出てったみたい。で、暫くしたら救急車とかがきて外が騒がしくなって……」
痛みをこらえるように、マツケンが声を絞り出す。こんなに痛そうなマツケンは初めてだ。「負」の感情にこれほど露なマネージャーは初めてだ……。
マツケンと「がずがず」はこの業界では同期だった。
「がずがずとタメをはれる芸人をマネージメントするのが俺の目標なんだよねぇ」
数年前、一緒に飲んだとき二人の前で顔を赤くしてそう言ったのを覚えている。嬉しそうに語るマツケンを見て、なんだかこっちが恥ずかしかった。
うちみたいに小さい事務所で申し訳ないけど。そう言って、二人をはっきり見て笑った。
がずがず全盛時代。まだまだ駆け出しのお笑い芸人にとって、そこは遥かに高い、目標だった。
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