福神漬

もうきんるい

第1話

その出会いは曖昧さの中での事だった。


冬とも春とも言えない時節。天候もはっきりとはしなかったし、時間帯も中途半端。明らかに昼食には遅いが、夕飯には早過ぎる。


友人からお勧めのカレー専門店を教えてもらったので行ってみる事にした。

幸いにも昼から夜まで休憩が無い店舗らしい。個人店らしいが、かなり独特なのだとか。


「いらっしゃいませ!」


入店してすぐ声をかけられる。

当たり前だが、出来ていない店が多いんだよなあ。

だが、接客以上に鼻についたのは。そう、文字通り鼻についた。

強い魚の香りだ。しかも、青魚っぽい。後はスパイス。フェンネルと⋯⋯レモングラスかな?多分レモンバームでは無い。

どちらもカレーには珍しくないのだが、やけに香りが充満している。まあ、どちらも魚介と相性が良いからなあ。当然なのかもしれないが、個人的に好きなハーブなので気づいただけかもしれないが、ちょっとテンション上がるな。

曖昧さの溢れた中、これくらいはっきりした香りを嗅ぐと目が覚める。意識が切り替えられるとでも言うか。今から食べるカレーがとても楽しみになってきた。


「ふむ⋯⋯色々あるが、看板メニューは鯖カレーか。まあ、香りからして妥当か」


一人呟きながらメニューを確認する。ポーク、ビーフ、チキン。まあ、順当だな。実は肉系カレーはマトンが一番好きなんだが、食べたかったらインドカレー店行くしな。

この店は欧風カレーの店だし。ナン無いです。俺はどっちも好き。給食のカレーも好き。

まあ、鼻腔をここまで刺激されてしまったら鯖カレーにするしか無いけど。メニューは一応確認しないとな。

何が売りなのか、曖昧さが欠片も感じられない。だって、店内に魚グッズがあちこち鎮座ましましておられるし。

テーブルクロスやグラスにはデフォルメされた可愛らしい魚たちが描かれ、柱時計や照明は各種お魚の形状をしたものばかり。こちらは、ややリアル志向。ギリギリ、グロテスク一歩手前。

「⋯⋯このグラス欲しいな。何処で売ってるのかな」

「ネットで検索してみて下さい」

「うわ!」

「ごめんなさい、驚かせてしまって。お冷です。注文が決まったら、そちらのボタンを押して下さい」

「あ、はい⋯⋯」


20歳くらいかな?活発そうな店員さんが笑いながら接客してくれる。

割と好みかも。これはラッキー。


(⋯⋯⋯⋯⋯⋯い、⋯⋯)


よし、やっぱり鯖カレーにしよう。


(⋯⋯し。⋯⋯⋯⋯ける)


「すみませーん、鯖カレー大盛りを。後、アイスハーブティーを」

「はい、かしこまりましたー」


あ、ボタン押すの忘れた。あるの解ってるのになあ。つい、ってヤツだ。


(⋯⋯くすくす)


メニューを見ると飲み物も中々充実していた。

俺が頼んだハーブティーも、フェンネルにレモングラス、レモンバーム、ローズヒップのブレンドだ。まあ、ぶっちゃけ女性向けかもしれないが好きだから頼んでしまった。

だってさあ、外で頼む時って大体ホットだけなんだよなあ。いや、ホットの方が美味いのは認めるけど冷たいのを飲みたい時もあるワケで。アイスがあるだけでテンションが上がる。温度とは反比例である。


「お待たせしましたー。鯖カレー大盛り、アイスハーブティーでーす」

「はい、ありがとうございます」


店員さんが可愛いのも素晴らしい。

こればかりは男の悲しい性というヤツだ。今日は腹が減っているから良いけど、状況によっては視線が胸とかにいってしまう時があるからなあ。絶対女性にはバレてるよな。でも仕方がないじゃないか、男の子だもん。


さて、改めてカレーをじっくり攻めていこうじゃないか。

カレールウの方には具材はほぼ見えない。しっかり溶かし込んでいるのかな。しかし、皿という括りで見ると、大きな具材が乗っている。

おそらくは鯖の唐揚げか竜田揚げ。更には骨せんべいが。どちらも黄金色の輝きを見せつけてくる。カレーに加えて、揚げた魚の胃袋を刺激する芳香。

これ絶対美味しいヤツだ。目眩がする程に暴力的だ。

だが落ち着け。焦るんじゃない。俺は腹が減っているだけなんだ。ここでがっつくのは勿体無い。この空腹すらスパイスとし、味わい尽くすのが俺の義務だ。

まず落ち着く為に福神漬けだ。友人からも、この店の福神漬けは絶対に食べろ、と言われている。

テーブルに置いてある瓶の蓋を開ける。ふわり、と漬物特有の香りとレモンの鮮烈さが漂う。


「レモンか、それに近いハーブが入っているのかな?ん、フェンネルシードも入ってるか?オリジナリティたっかいなあ。こういうのもあるのか」

(⋯⋯そうです。良く気付きました人の子よ)

「さっきから幻聴が⋯⋯。疲れてるのかな?」

(いいえ。幻聴ではありません。私は福神漬け。貴方の脳内に直接語りかけています⋯⋯)

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

(驚きで大声を上げなかったのは見事です、人の子よ。貴方も思うだけで、その考えは私に伝わります⋯⋯)


いや、理解するのに時間が必要でフリーズしてただけなんですが。むしろ、理解が追い付いていない。

落ち着こうとした筈が、追いつこうとしなければならない。むしろ、テンションが落ち込む。

どんな状況よ、これ。


(⋯⋯私と波長が合う人間は珍しいものですから。つい語りかけてしまいました。困惑するのも道理ですね。その不敬、許しましょう)

(いや、何様!?福神漬けがどうして、そんなに上から目線!?)

(少し考えてみて下さい⋯⋯。福神漬け、です。福の神、ですよ?)

(肉片かよ!?)


瓶の蓋を閉める。声は聞こえにくくなったが、何やら友人が憎くて仕方がない。何て店を紹介しやがった。神を喰えと言うのか。フェンリルに倣えってか。


(私にはフェンネルが入っています⋯⋯)

(なんでそこだけハッキリ聞こえるんだよ!)


とりあえず福神漬けは脇に寄せておこう。文字通り。

まずハーブティー。うん、美味い。フェンネルの柔らかい甘味とレモングラスの香り、ローズヒップの酸味が心地良い。レモンバームは弱めかな。


(私にはフェンネルが入っています⋯⋯)

(しつこいわ!)


さて、いよいよメインの鯖カレーだ。

一口目はルウのみを。

うん、複雑な旨みと香り。芯になっているのは、間違いなく鯖だ。多分、頭や中骨から旨みを抽出しているのだろう。


(神たる私を無視し、あまつさえ「しつこい」など。罰を与えなければならないでしょう)


何!?

罰も気になるが、福神漬けの瓶の蓋が勝手に空いたのがマジ怖ぇぇっ!


(裁かれよ!)

(⋯⋯⋯⋯)

(裁かれよ!)

(⋯⋯え?)

(あ、伝わらなかったかな?『鯖カレーよ』と『裁かれよ』を掛けて)

(神としてどうなの、それ!?)


ヤバい。さっきまで感じていたのとは違う方面でヤバい。

ちなみに鯖カレーは良い意味でヤバい。美味しい。


(意外と余裕ですね⋯⋯?)

(いや、肉片になってもバリバリ語りかけてくる神様マジ怖いです。現実逃避です、ありがとうございます)

(あ、その骨せんべい、バリバリとして美味しいですよ)

(あ、本当だ)


出汁ガラかな?一度煮てあるから思った以上に柔らかい。揚げてあるから歯応えはあるけど食べやすいな。食感のアクセントが面白い。


(あと、誤解があるようですが⋯⋯)

(実は神様じゃなくて悪魔的な何かでしたか?)

(いえ、間違いなく福の神です。ただ、肉片ではありません)


瓶の蓋がカタカタと抗議するように震える。

ホラーとコメディは紙一重って本当だったんだ!


(肝が据わってますねえ⋯⋯。まあ、説明しましょう。おそらく貴方は、私がバラバラにされて漬け込まれたと考えているでしょう)

(違うんですか?)

(ええ。まず福神漬けありき、です。その福神漬けを依代に召喚されたのが私です)

(⋯⋯何処から突っ込んで良いですか?)


神下ろしの術。ラノベやゲームで見かけた事はあるが。現実はこんなんか。とゆーか、生贄とか必要無かったのかな?


(多くの死体を用いております)

(さらっとホラーじゃねえか!)

(厨房の鍋に、沢山の死体が⋯⋯)

(鯖ですよね!?)

(正にサバト!)

(さっきから駄洒落ばっかりじゃねーか!本当に神様か!?)

(当然です!昔から言うじゃないですか!⋯⋯『笑う門には福来る』と)

(笑わせようとしてくれてたんですね!本当にありがとうございます!)


手段がおかしい。

いや、神の思考を人間が理解しようとするのが間違いなのか。

そっか。今までの駄洒落は神ギャグだ。高度とゆーか、高尚とゆーか、そうだ。神聖なんだ。真性につまらないワケじゃない。きっとそうだ。


(仕方がありません⋯⋯私たちの邂逅は突然過ぎました。今日いきなり解り合うのは難しいでしょう。次回を楽しみに⋯⋯)

(もう来ないよ!?)

(ふふ⋯⋯私は福の神。縁結びだってお手の物です)

(⋯⋯それが何か?)

(この店の店員さん、フリーですよ?)

(神様!一生付いていきます!)

(ふふ、崇め奉りなさい)

(ははーっ!)




気付くとカレーは食べ終わっていた。

瓶の中も空っぽだった。

その間の記憶が無い。どれだけ夢中だったんだろうか。


「はい、お釣りです。ありがとうございます」

「ご馳走様でした」

「ふふ、お客さん。脇目も振らずに食べてましたね。また来て下さいね」

「はい、また来ます」


可愛い店員さんの笑顔が眩しい。

あと、胸大きい。めっちゃ好み。

カレーも美味しかったし、通っちゃおうかな。




「(ありがとうございました。またのお越しを)」

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福神漬 もうきんるい @kansen

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