第2話 アナタの居ないハジマリ その1
手に感じる温かさが優しく私を包み込んでくれている。
あぁ、私は今、夢を見てるなぁ。
「......世で......ならず......キミの......てを、僕のものに......」
それに、またこの夢だ。
物心ついた頃からたまに見るこの景色。
私の手を握りながら必死にも幸せそうにも見て取れる様子で、きちんと聞き取れない何かを叫ぶ、誰ともわからない、多分男の人の夢。
この夢を見られているときは、その内容も意味もわからないのに、なぜか心が満たされる。
だからお願い、もう少しだけ、この幸せな気持ちのままで居させて。
目を覚まさせないで......。
ピピピピピピピピピピッ。
無情にも私とお布団の深い仲を阻害しようとする悪魔の鳴き声が聞こえてくる。
まだ大丈夫......。もう1回、さっきの幸せな夢の続きを、見させて......。
ぼんやりともう一度夢の世界に入りたい気持ちと、純粋に布団との愛を育みたいという気持ちが、その鳴き声の主である時計さんの頭を叩かせる。
あぁ、時計さん。叩いちゃってごめんなさい。でも、私の機嫌を損ねるうるさいあなたが悪いの......。だからせめて......あと、5分だけ......zzz。
「夕愛ちゃーん!そろそろ起きないと遅刻するわよ〜。下りてきてご飯食べましょー!」
再び夢の世界に入ろうと布団を被り直そうとしたとき、大好きなお母さんが私を呼ぶのが聞こえてきた。
大好きなお母さんとはいえ、この瞬間だけはちょっと嫌いになりそうになる。
だけどお母さんに呼ばれちゃったら起きるしかない。
「はぁい」
私は気だるげに返事をして布団との強い絆を渋々なげうち、2階にある自分の部屋から1階のダイニングへと移動する。
途中で洗面所に寄って顔を洗い、ダイニングに入るとエプロン姿のお母さんと、テーブルに座って新聞を広げるお父さんの姿が目に入った。
「おはよう、夕愛 (ちゃん)」
いつもと変わらない朝の景色と2人からの挨拶に、意識も半覚醒の寝ぼけ眼を擦っていつもと同じ挨拶を返して席につく。
「おはよぉ」
そうしたらすぐにお母さんが「はいどうぞ」といって朝ごはんを出してくれた。
いつもと同じメニュー。ハムエッグにトースト、それと牛乳が提供されている。
手を合わせて「いただきまぁす」と宣言してから、ゆっくりとモシャモシャと食べ始める。
お母さんも自分の分のご飯をテーブルに並べてエプロンを外すと、席についてすぐ話しかけてきた。
「夕愛ちゃん、今日は終業式だっけ?持って返ってこなきゃいけない荷物がいっぱいだったりしない?ちゃんと持って返ってこれそうかしら?」
そう、今日は終業式。
私、
終業式の日は学校に置いている荷物を全部持って返ってこないといけない。
私はこれがとても嫌だ。
私は一部の男子たちから学校でちょっとだけ嫌がらせされている。
教科書にハートマークとその男子たちの名前を勝手に書かれたり、気づかない間にかばんやお道具箱の中に、たくさん噛んだ跡が残ったストローが入れられていたりとか。
文字は鉛筆で書かれてるだけだから、ある程度は消しゴムで消せるんだけど、よく見たらわかっちゃうくらいの跡が残ってしまう。
ストローなんかは純粋に気持ち悪くて、見つけたときには泣いちゃったこともある。
それに文字は消しても、消している間に凄く惨めな気持ちになるし、嫌がらせを受けている自分の弱さが情けなくもなる。
何が嬉しくてこんな嫌がらせをするのか、私には本当にわからない。
男子たちに理由を聞いても、「お前がかわい過ぎるのが悪い」とか「仲良くなりたいだけ」だとか、本当に意味がわからない適当なことを言うだけで、本当のことを教えてくれはしない。
周りの子たちも、なぜか「あー、かわいそうだけど、しょうがないよー」とか、「彼氏を作ったらなくなるんじゃない?」とか、こちらも何を言ってるのか理解できないことだけ言ってきて、私のことを助けてはくれない。
ただ、私の昔からの大親友の2人だけは、気づいたときには助けてくれる。
だから私はまだ元気に学校に通うことができている。2人には本当に感謝してるし、ずっと大好きだ。
ともかく、そんな状況なわけで、意地悪された荷物を家に持ち帰って、万が一にでも両親に見られたりしたらと思うとすごく気が重くなる。
だから私は終業式の日が嫌いだ。荷物を持ち帰る風習が嫌いだ。
長く回想しちゃったけど、お母さんに聞かれたことに答えないと。
持って返ってくることはできるんだから、いつまでも子ども扱いしないでほしいよ、まったく!
「もちろん、ちゃんと持ってこれるよ!」
「......そう?でも、何か大変なこととか困ったことがあれば、お母さんとお父さんに相談してね?」
「そうだぞ、お父さんたちは何があっても夕愛のことを助けるからな!普段全然甘えてくれない夕愛のことだ。遠慮しているのかもしれないが、何でも俺たちに甘えるんだぞ!はっはっはっ!」
努めて明るく返したけど、お母さんの表情を見ると、私が何か隠していることには気づいているように見える。
でも、それに気づかないふりをして、私に気を遣ってくれる。
もしかしたらお父さんは何も気づいてないのかもしれないけど、いつもこうやって豪快に笑い飛ばして安心させてくれる。
そんな2人のことが、本当に大好きだ。
「うん、ありがとぉ!何かあったらお話するねぇ」といって朝のルーティンである2人との雑談と食事を終えて食器を片付けた後、2階の自分の部屋に戻って、さっと身支度をする。
私が通う小学校は制服があるので、それに着替える。
ある程度準備ができたころ、ピンポーンと軽快なベルの音が家の中に鳴り響く。
お母さんがでてくれたみたいだ。
毎朝のことなので、誰が尋ねてきたかは聞くまでもない。
それでもお母さんはいつも私に伝えてくれる。
「夕愛ちゃーん、
良い時間なのでそろそろ来ると思っていた。
さっき話した私を助けてくれる数少ない大親友の2人だ。
隣のおうちに住んでいて、昔からいつも一緒の2人は、毎朝私を迎えに来てくれる。
お母さんの呼びかけに「はぁい」とお返事して、階段を下りて玄関に向かう。
靴を履いて、両親に「いってきまぁす」と挨拶して、家を後にした。
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